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2006年12月28日

祝津の鰊御殿

 北海道の日本海側は、かって群来(くき)と呼ばれた鰊の大群が押し寄せ、鰊漁が栄えて鰊御殿と称された網元の家が各地に建てられた。小樽祝津の高島岬の丘の中腹に、移築された鰊御殿があり、料金(三百円)を払うと中を見学でき、過去の繁栄の跡を確かめることができる。

 この鰊御殿は一八九七年(明治三十年)西積丹の泊村に建てられたもので、建て主は青森県出身の田中福松という鰊漁で財をなした鰊大尽である。建物は一九五八年(昭和三十三年)に高島岬に移築され、小樽市に寄贈されている。一九六〇年(昭和三十五年)に北海道の民家では初めて道有形文化財の指定を受けている。

 建物の内部は、檜の太い柱と梁で広い空間が生み出されていて、二百人を超える人々がこの空間を共有して生活していたというから、当時の賑やかさが想像される。シーズンオフのこの時期には訪れる見学客もまばらで、これは秘境の館と、無理を承知の上でこじつけて見て回る。

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 この建物は北陸・東北地方の民家の切妻造となっていて、大屋根の中央に飛び出した煙出しが設けられている。この煙出しを下から見上げると写真のように梁が幾重にも重なって見える。その梁に、鰊漁のために使われた網とタモが架けられてあった。現在の漁業なら動力をつかって網の中の鰊を船に引き上げるところ、昔は人力でこの大きなタモで鰊を掬い上げたかと思うと、これはかなりの重労働であったと想像できる。漁業も昔は労働集約産業で、鰊御殿のスペースもそのために必要なものであったのだろう。

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 建物内の一部は写真の展示室にもなっていて、鰊漁繁栄時代の写真が並ぶ。よく見なかったけれど、鰊漁の盛んなりし頃の積丹地方が写真に収められている。現在ならデジカメで写真(というより画像データ)はどんどん個人のパソコンに蓄積されていくけれど、昔の写真は貴重なものであろうから、この種の写真のディジタル・アーカイブスが進められているのかも知れない。そのうち、この写真コーナーにはプリントされた写真の代わりに、大型のディスプレイ装置が置かれ、その画面で過去の写真を見るようになっているのではなかろうかと予想して、この建物の見学を終えた。

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