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2011年01月10日

今朝(1月10日)の一枚

熟語出て 愚公造山 雪の山

 成人の日である。相変わらずの雪模様で、朝の日課の雪かきである。家の前の雪を庭の空き地に運んでいて、日にちが経つにつれ、積み上げた雪が小山のようになっていく。愚公移山の言葉があるけれど、この雪山はさしずめ愚公造山である。

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昨年札幌市内のMデパートの幹部職を定年退職した知人との年頭挨拶の電話の中で、マンション住まいは雪かきの苦労がなくて羨ましいとの言葉でしたが、運動不足解消には最適と思っておりますから、プログの雪山は丁度良い大きさです。
今朝はこの雪山を前にして「愚公造山」と捻り出した爪句に捻り倒されました。
私が北竜町で初めてひまわり花粉採取に成功し、町興しのお手伝いをスタートした頃、いち早く着目して企業化支援を申し出て戴いたのが,今は亡き北海道電力相談役・戸田一夫氏でした。
私の自宅に直接お電話を戴き、白滝村の広大なひまわり畑で花粉の採取と研究のご依頼を受けて3年間通い、経過を北電本社の一室へ顕微鏡持参でご説明するなど、お陰様で此処まで続けてこられましたが、北海道にとっての重鎮を失った事は、私にとっても決定的な痛手であります。
その間戴いた多くの講演録や雑誌・記事などを纏めた資料フアイルを読み返して目に付くのが「愚直」の文字で、北電から贈呈いただいた「戸田一夫のことば」の遺稿集にも「愚公山を移す」の項目が載っております。
今でも「北海道は長期低迷から自力で這い上がる気概に欠けている」との厳しい見方を寄せられております。
見方によれば、戸田氏のご指摘の通り旧拓銀の破綻は、それほどに金融・産業構造へのダメージが大きかったとも言えますが、遺稿集の中の「ものを考えると言う頭の部分を中央に委ねており、折角の豊富な資源に恵まれながら生かしきれていない」と言う汚名の他にもヤッカイドウの揶揄は何としてでも返上する元年にしたいとの思いです。
今朝の「愚公造山」の爪句を目にした多くの北海道財界人は、きっと、戸田氏が、ことあるごとに引用したこの言葉をを想い出して年頭の気を引き締めたと思う次第です。

  • 伊東 裕
  • 2011年01月10日 12:28

 「愚公移山」(愚公、山を移す)は老三篇といわれる毛沢東の語録の一編です。他の二編は「為人民服務」(人民に奉仕する)、「記念白求恩」(ベイチューンを記念する)です。
 文化大革命直後中国を訪問した時、街中に溢れていたスローガンは「為人民服務」でした。「好々学習 天々向上」というのもよく見かけました。「愚公移山」は街中で見た記憶がありません。現在の中国でこれらのスローガンを見かけることはありません。完全に過去の話になってしまいました。
 戸田さんが「愚公移山」を引用しておられましたか。戸田さんの世代には、教訓的な言葉だったのでしょう。私にとっても、懐かしい言葉です。

  • 都市秘境作家
  • 2011年01月10日 14:38
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