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2015年11月16日

S52稚内港北防波堤まで延びていた宗谷本線

 北海道とサハリン(樺太)を結ぶ鉄道連絡船が運行していた時代、稚内駅から線路が稚内港の北防波堤まで延びていた。稚内駅の構内仮乗降場の扱いの「稚内桟橋駅」が設けられ、乗客は北防波堤のドームを歩いて連絡船に乗り込んだ。桟橋駅までの線路の記憶を留めるため、稚内駅舎の正面に線路と列車止めがある。列車止めの先を歩いて北防波堤のドームに達する。エンタシス状の柱40本に支えられた高さ14 m 、長さ427 mのドームは現在見ても圧巻である。宗谷本線を走ったSLの動輪がドーム近くに置かれている。

列車止め 過去の賑わい ここで止め


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動輪や 記憶の風化 抗したり


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2015年11月15日

S52ガラス張りの駅舎の日本最北端の稚内駅

 稚内駅は日本最北端の駅ということで、駅に降りるだけの目的で鉄道ファンが訪れる。ホームから改札口の通路入口に看板があり、北緯45度25分03秒の数字が見える。駅は赤道と北極のほぼ2等分の角度上にある。因みに日本最南端のモノレール駅は那覇市の赤嶺駅である。ホームは1面1線でこの先に線路は無く、ホームから線路の終端が見える。4代目の現駅舎「キタカラ」は2012年に全面開業している。ガラス張りのホールで旅行客が列車を待っている。ホールには流政之の彫刻「KANE POPPO」が新しく設置された。

ホームには 最北端の 列車止め


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新駅舎 鐘持つ人や カネポッポ


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(パノラマ写真 2012.9.17)

S51稚内市の都心部にある南稚内駅

 稚内市は稚内港を取り巻く細長い街である。その表玄関の駅が南稚内駅で、昔は駅の位置はずれてはいたけれど、ここが稚内駅であった。この駅の北に位置する現在の稚内駅は稚内港駅であった。日本最北端の駅として観光地になっている稚内駅の方が知名度が高いけれど、南稚内駅の方が本家の駅となる。有人駅で地元市民に良く利用されている雰囲気である。ホームに出てみると2面3線で跨線橋がある。島ホームは屋根付きである。ホームから駅の北側に抜ける出口はない。魚の形の木板に筆字の駅名看板が駅舎の壁にある。

この駅が 表玄関 稚内


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線路北 最北端の 駅控え


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2015年11月14日

S50海沿いと内陸部との線路の転換点の抜海駅

 宗谷本線は抜海駅の付近で海に近づく。抜海駅から直線で西に1.5 kmほど行くとそこは日本海である。海に突き出した抜海岬に抜海漁港があり、抜海の集落は港の周囲にある。少し内陸に入る駅の周囲には集落はない。抜海駅と横書きの駅名看板のある駅舎の壁に「ようこそ抜海駅へ」の文字のある看板が見える。日本海からの強い風に対応して玄関に風除室がある。駅舎内は椅子4脚と一人用ソファーがあった。ホームは2面2線で列車交換可能駅である。映画「南極物語」のロケの駅であり、ホームのプランターの花に心が和む。

海風を 二重の引き戸 防ぎたり


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駅名板 貝殻製で ロケの駅


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2015年11月13日

S49錆びた外壁でも小奇麗な室内の待合所の勇知駅

 駅の所在地は稚内市抜海村上ユーチで最後の部分は片かな表記である。片かなの駅名は都合が悪かったのか、漢字の「勇知」表記にしてある。語源はアイヌ語の「イオチ(蛇の多いところ)」である。車掌車改造の待合所が設置されているものの、外壁の塗装が剥げ落ちてみっともない姿である。それを少しでも繕うかのようにプランターや鉢の花が並べられている。待合所内は掃除が行き届いており、ガラス窓に飾りが目に入る。ホームは土盛りの1面1線の棒線駅である。なお、現在は待合所の外壁は新しく塗り直されている。

錆壁を 花で繕い 勇知駅


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小奇麗な 待合所内 意外なり


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S48ホームから兜沼が見える兜沼駅

 駅名の兜沼は駅近くにある沼で、形が兜に似ていることから命名されている。しかし、航空写真で沼の形を見て、どう見ると兜の形なのか首を捻る。駅の西側の沼の近くに兜沼公園オートキャンプ場がある。駅舎正面右寄りに玄関があり、腰折れの三角形庇がある。兜をイメージしてこの形にしたのかもしれない。駅舎内には椅子が4脚あり掃除用具が置かれている。ホームは2面2線で構内踏切がある。ホームから兜沼が見えるのだが、伸びた夏草で沼の景色が遮られ、あまりよく見えない。駅近くに「兜沼郷土資料室」がある。

兜沼 庇兜似 駅舎なり


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兜沼 一部が見えて 駅ホーム


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年11月12日

S47豊富の隣駅で語呂の良い徳満駅

 徳満駅の辺りでは宗谷本線と国道40号は並行して北に延びる。駅は国道からわずかに西に入ったところにある。駅待合所はプレハブで、壁に掲げられている木の駅名看板がなければ工事現場の詰め所と間違う。待合所の傍にあるトイレも工事現場の仮設トイレの趣である。狭い待合所内には椅子が4つあり座布団も敷かれている。牛の置物があり、この辺りが酪農地帯であると教えているようだ。ホームは土盛りの1面1線で、真っ直ぐな線路が延びている。隣駅の「豊富」にこの「徳満」で有人駅時代には人気の乗車券であった。

狭き小屋 小さな牛の 置かれたり


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徳満ちて 豊富通じ 隣駅


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S46原野と温泉郷の観光の町の豊富駅

 豊富町の表玄関の駅である。町名は石炭や泥炭、石油や天然ガスの地下資源が豊富であることから命名された。地下資源には温泉もあり、わずかに油を含む泉質で「油風呂」とも呼ばれている。豊富温泉郷とサロベツ原野を組み合わせた観光の町である。駅前は広場になっており、玄関フードのある平屋の駅舎がある。駅舎内の観光案内所にサロベツ原野でロケが行われたNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」で使用された防寒具が飾ってある。ホームは2面2線でホーム間に跨線橋がある。ホームから駅の西側には出られない。

案内所 売りのサロベツ ロケ地なり


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牛乳の 宣伝背負い 乗車口


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(パノラマ 2013.8.12)

2015年11月11日

S45通過する特急を入れて撮影した下沼駅

 駅名は地名からで、地名はアイヌ語の「パンケ・トウ(下の沼)」を意訳している。パンケトウは阿寒湖の近くにもある。車掌車改造待合所が置かれ、1面1線のホームがあり、この路線の同様な構造の他の駅と大きく異なる点が見つからない。時刻表から特急が通過する時刻に居合わせたので、特急を入れたパノラマ写真を撮ってみた。同様の写真撮影をしているカメラマンが写り込む。待合所内の時刻表には下りと上りでそれぞれ4便が記載されていて、この規模の駅では比較的多い本数である。テーブルに駅ノートがあった。

通過する 特急狙いて 駅ホーム


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下沼は 猫が見てよと 駅ノート


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S44歴史的に道北鉄路の要衝だった幌延駅

 幌延駅は宗谷本線の拠点駅である。歴史的には留萌駅から日本海に沿って北上する羽幌線の終着駅で、道北の鉄路の要衝の駅であった。羽幌線は1987年に廃止された。駅前に広場がありバス停もある。有人駅で鉄道の他にバスの乗車券販売も行われている。ホームは2面2線で、ホーム間の移動は跨線橋を利用する。ホーム側の駅舎の壁にトナカイの絵の切り抜きが並べられている。これは同町にトナカイ観光牧場があるためである。北緯45度の町の看板もある。しかし、核廃棄物処理研究の深地層研究センターの文字はない。

幌延は 駅舎も示す 拠点駅


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(パノラマ写真 2013.8.12)

緯度の町 トナカイ迎え 駅ホーム

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2015年11月10日

S43過疎化が駅景観を似通わせる例の上幌延駅

 上幌延駅は牧草地と原野の中に車掌車改造待合所があり、土を盛った1面1線のホームがある。似たような駅が何か所も現れてくると、異なる記述にするのが難しい。過疎化は風景を似たようなものに変えていく。車掌車待合所はどれも煙突がついている。待合所内に入って見ると、かつては使われた煙突の差し込み口がある。しかし、ストーブなどはもう使われていない。壁にある時刻表を見ると下り方面2便、上り方面3便しかなく、これでは暖房装置を取り付けことは考えられない。待合所の木製ベンチに駅ノートがあった。

駅景観 似通ってきて 過疎化なり


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駅ノート 煙突穴と 同時撮


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年11月09日

S42道北の夏の景観の中にある南幌延駅

 南幌延駅付近では宗谷本線と道道256号が近くで並行に走っている。256号から分かれて線路に直角の道が延び、踏切がある。踏切のところから木製のスロープとデッキのホームがつながる。道路を挟んで上り方向に待合所がある。待合所があるのでそちらに時刻表や料金表があり、1面1線のホームには駅名看板のみで駅施設としては最小限である。ホームから赤い屋根の建物が見え、この建物横には獣魂碑があった。待合所内は板張り板敷で木製ベンチがあり除雪用具などが置かれてある。木製の除雪用具が目に留まった。

目に入れる 道北の夏 木のホーム


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雪かきの 木の用具あり 待合所


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S41塗装が剥げて無残な姿の駅待合所の安牛駅

 駅名(地名)に漢字の「牛」が付くのを見かける。アイヌ語の「ウシ(所)」に漢字の「牛」を当てはめている。駅名にある「安」の方はアイヌ語の「ヤシ」(網引き)で、近くの天塩川に遡るサケを捕る網引きを言っている。駅前に道道256号から分かれた道路はあるものの人家はなく、牧草地と原野のなかに安牛駅の車掌車改造待合所がある。待合所の塗装は剥がれ、無残な姿を晒している。この手の待合所は外見も内部も似たり寄ったりで、待合所内の壁にある時刻表を見ると上り3便、下り3便である。ホームは1面1線である。

道止まり 駅待合所 無残なり


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安牛は 鮭に由来の 地名なり


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年11月08日

S40周囲の集落が消えた中に残った雄信内駅

 駅名と町名(地域名)が同じ漢字でも読みが異なる場合がある。札幌の昔の月寒(つきさっぷ)駅と地区名の「つきさむ」、室蘭本線の稀腑(まれっぷ)駅と稀腑(まれふ)町などがある。雄信内も駅名は「おのっぷない」町名は「おのぶない」である。駅前は0.3 kmの道道302号になっているが周囲の集落は消えている。辛うじて残った感じの駅舎は、北海道の典型的駅舎の姿を残している。駅舎内には木製ベンチがあり、駅作業員のものと思われる自転車があった。ホームは2面2線で構内踏切のある列車交換可能駅である。

自転車が 列車を待つか 駅舎内


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駅名標 雄信内(おのっぷない)見て ホームかな


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S39物置と間違うプレハブ待合室のある糠南駅

 糠南駅は牧草地と原野の中にあり、周囲に人家は見えない。中問寒糠南線踏切から上り方向に木製デッキのホームの駅が見える。踏切から線路に沿って少し歩き木製スロープを上り1面1線のホームに立つ。ホームに物置かと思えるプレハブ小屋がある。戸を開くと、待合室になっている。除雪用具やスコップ、ゴミ箱と並んで座る場所があるけれど、人一人が座れば満室状態の待合室である。ご本尊のような時刻表があるので見ると、上り方面2便、下り方面3便で、停車しない普通列車が多い。この駅は秘境駅の名前に値する。

本尊は 時刻表なり 秘境駅


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人一人 満室となり 待合所


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年11月07日

S38駅前広場の赤ポストが印象的な問寒別駅

 漢字の音訓読みが混じった駅名で、正しく読むのが難しい。駅名になった地名はアイヌ語の「トイ・カム・ペッ(土が覆う川)」に由来し、漢字を当てはめる時、「トイ」に訓読みで「問」、他は音読みの漢字が用いられた。隣駅の歌内駅とそっくりの車掌車改造待合所が旧駅舎跡に設置されている。駅前広場があり付近に民家がある。駅前の赤いポストが印象的で、待合所同様利用されることは少ないだろう。ホームは1面1線の棒線駅である。待合所内は横長木製ベンチがあり、座布団も用意されていて、清掃が行き届いている。

赤ポスト 利用者居るか 駅広場


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座布団が 来客待ちて 待合所


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S37宗谷本線の典型的な車掌車改造待合所の歌内駅

 宗谷本線は北に行くにつれて車掌車改造待合所が多くなる。車掌車はヨ3500形で、歌内駅と隣駅の問寒別駅の例では塗装も同じである。駅の構造も似ているとなれば、句も文章も同工異曲にならざるを得ない。駅名は異なるので駅名の由来にこだわると、旧駅名はアイヌ語の「ウッ・ナイ(細い脇川)」に「宇戸内」の漢字が当てはめられ、似た音の「歌内」となったらしい。旧駅舎が取り壊されてそのコンクリート基礎の上に待合所が置かれている。ホームは1面1線である。待合所内にトイレがありドアに「便所」の文字がある。

車掌車に 庇(ひさし)をつけて 待合所


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トイレには 便所の表示 昔風


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年11月06日

S36化石のデザインのマンホール蓋から見える天塩中川駅

 中川町の表玄関になる天塩中川駅は道路から東に少し入ったところにある。駅を正面に見る道路にマンホールがあって、蓋のデザインに首長竜とアンモナイトが描かれている。中川町で見つかった化石で、化石で町の知名度を高めようとしている。町名に天塩を冠して駅名にしているのは、奥羽本線に中川駅が既に存在したことによる。木造平屋の駅舎内は大きな石油ストーブを囲んで据え付け椅子がある。化石に関する展示等を期待したが見当たらない。ホームは2面2線の列車交換可能駅で、ホームの南側に構内踏切がある。

駅舎見る 道路で発見 化石なり


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客無くも 電柱列車を 待ちにけり


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S35中川町の資料館と一体になった駅舎の佐久駅

 中川町佐久の集落は宗谷本線と天塩川に挟まれてほぼ南北に広がっている。駅前の通りを西に2区画行くとそこは天塩川となる。佐久はアイヌ語の「サク(夏)」に当て字をしていて、咲来駅と同様、この辺りは夏が生活に深くかかわっていたようだ。駅舎は中川町の施設「佐久ふるさと伝承館」と一緒になっている。古い生活用具や農器具、馬橇などが展示されている。大きな鉄釜と木製蒸留装置があり、これはハッカの生産に用いられた。ホームに出てみると2面2線で列車交換が出来る駅で、ホームの南側に構内踏切がある。

佐久駅は ふるさと伝承 資料館


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伝承館 外に2面の ホームあり


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年11月05日

S34彫刻家砂澤ビッキと縁の深い筬島駅

 難読の駅名である。アイヌ語に漢字を当てはめているけれど、元のアイヌ語には諸説がある。それにしても何故こんな読みの難しい漢字を用いたのか疑問が残る。駅の住所は音威子府村大字物満内(ものまない)小字筬島で、音威子府駅から6.3 kmの集落らしきものが無い所に駅がある。ホームは土を固めた1面で、棒線1線である。車掌車改造の駅待合所があり、外壁は新しく塗り替えられている。待合所の内には故砂澤ビッキのポスターがある。駅近くの筬島小学校の廃校舎が同木彫作家のアトリエ跡兼作品展示場である。


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筬島で 列車行き先 不明なり

ポスターに 彫刻家居て 待合所


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年11月04日

S33天北線の記憶の残る音威子府駅

 北海道で一番小さな村が売りの音威子府の駅はかつては天北線の分岐駅として鉄道の要衝であった。駅舎内には人気の立食い蕎麦屋と並んで「天北線資料室」がある。天北線は音威子府から興浜北線への接続する浜頓別駅経由で南稚内駅までつながっていた。資料室の路線図を見ると、興浜北線を含め随分長い路線が廃止になった歴史があり、現在も路線の廃止は続いている。音威子府は宗谷本線の拠点駅で、有人駅である。ホームは2面3線で跨線橋がある。島式ホームには屋根が架かっており、木製SLのオブジェがある。


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天北線 記憶詰まりて 資料室

木製の SLオブジェ ホーム上


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S32夏の通り道に由来する難読駅名の咲来駅

 この駅名は最初は読めない。難読駅名はアイヌ語に漢字を当てはめているためで、この駅名(地名)もその典型例である。そのアイヌ語は「サク・ル」で「夏の通り道」を言っている。同じアイヌ語に「札弦(札鶴)」の漢字を当てはめた駅が釧網本線にある。枝幸町歌登中央を起点とする総延長25.4 kmの道道220号の終点にある駅である。土を固めたホーム1面に棒線の駅である。駅の東側には鉄道防風雪林が延びさらに東側に国道40号が線路と並行にある。ホームの下り方向の端に駅待合室がある。待合室には除雪用具があり、L字の木製ベンチに造花が置かれてある。ベンチの上の駅ノートも目に入る。


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棒線は ここでは夏の 通り道



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利用客 読むことありや 駅ノート

2015年11月03日

S31変わった形の屋根の待合所の天塩川温泉駅

 駅の住所は中川郡音威子府村字咲来(さっくる)で、1956年の開業時は南咲来仮乗降場だった。乗降場から徒歩約10分の天塩川温泉があったので、仮乗降場名を天塩川温泉として、駅昇格で現在の駅名になった。木製デッキのホームの1面1線の駅である。線路と交差する道路があり、その踏切近くからホームへのスロープがある。スロープを上ったところに変わった形の屋根の駅待合室がある。待合室には8脚の椅子と小上がりのような部分があり、横にもなれる造りである。温泉に入浴した後の休み処といった感じである。

待合所 温泉文字の 目立ちたり

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温泉に 誘われ降車 畑なり


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S30秘境駅の分類にいれてもよい豊清水駅

 周囲に人家の無い、牧草畑の近くにある駅である。国道40号から分かれた道路を行くと駅前に通じる短い道路があり、道路の先の高いところに階段付きの駅舎がある。秘境駅の表現が当てはまる駅である。駅舎壁に縦書きの駅名板がある。駅舎の一部分が区切られていて狭い待合室になっている。木製ベンチがありトイレもある。秘境駅なら鉄道ファンのための駅ノートがあるかと見回してもそれらしきものはない。ホームに出てみると島式ホームの1面2線である。列車交換が行われる駅で、そのため冬期間は保線要員が常駐する。

豊清水 駅名(えきな)縦書き 駅舎壁


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二線あり 列車交換 秘境駅


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2015年11月02日

S29天塩川の蛇行地内に位置する恩根内駅

 蛇行した天塩川が取り囲む土地に恩根内の集落があり、集落の東端に恩根内駅がある。駅のすぐ東に線路と並行して国道40号が延びる。しかし、駅から直接国道につながる道路はない。かつての木造駅舎が取り壊され、車掌車改造駅舎が置かれ、さらに簡易駅舎に変遷して来ている。駅舎はマンサード風の屋根の四角の建屋で、駅名がなければ駅舎とは思われない。駅舎とホームの間には砂利敷の広場があり、紋穂内駅と同様木材の出荷駅として機能していた頃は規模の大きな駅だった名残である。駅舎内に役者絵が貼ってあった。

昔日の わずかの名残 砂利ホーム


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役者絵が 客を睨んで 駅舎内


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S28外壁の塗装の傷みが激しい紋穂内駅待合所

 紋穂内とは変わった地名である。アイヌ語の「モム ポ ナイ(川尻に原野のある川)」が転訛したと言われている。林業が盛んだった時代には、周辺で産出した木材の出荷駅として規模が大きく、木造駅舎もあった。現在は車掌車改造の待合所がかつての駅舎跡に置かれている。ホームは1面の1線のみである。待合所の外壁は塗装がひび割れていて保守の手抜きが伺える。それでも待合所内は整理整頓が見て取れる。木製ベンチがあっても、駅ノートは置かれていなかった。ここから稚内駅まで似た車掌車改造待合所が現れる。

駅名に ひび割れかかり 紋穂内


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予想より 整理整頓 為されたり


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年11月01日

S27宗谷本線の田園地帯の典型的な駅の初野駅

 市街地を離れると宗谷本線は似たような駅が多い。田園地帯に、木製デッキのホーム1面の棒線駅であり、真っ直ぐな線路が延びる。駅の周囲には鉄道防風雪林があり、直線道路が線路を横切る踏切近くに駅がある。初野駅はそんな典型的な駅の一つである。駅待合所がそれぞれ異なるのでパノラマ写真を見て駅を当てるような場合、駅名標を除けば待合所が有力な手がかりとなる。初野駅の待合所は木製ホームの下り方向(北側)の端近くの道路に面したプレハブ小屋である。待合所のドアからホームへの木製スロープが見える。

典型の 棒線駅に 出合いたり


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プレハブに 折り鶴下がり 初野駅


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(パノラマ写真 2013.8.12)

S26美幸線を記憶する時計塔のある美深駅

 美深駅舎は名士バスのバスターミナルと同居する立派な建物である。建物の中央に鐘付きの時計塔があり、「美幸の鐘」の文字が見える。これは美深駅がかつて美幸線の起点駅であったことを記憶するものである。美幸線は全線が開通する前に廃止となった。有人駅で駅舎内には物産品販売コーナーや「美深町交通ターミナル文庫」と銘打たれた図書コーナーがある。ホームに出ると2面2線でホーム間の移動は跨線橋を利用する。丁度列車が入って来たところで列車と駅舎を撮る。この角度では高い時計塔が隠れて写らない。

美幸線 鐘に記憶の 美深駅


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この位置で 時計塔消え 駅ホーム


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(パノラマ写真 2013.8.12)

2015年10月31日

S25駅の字が抜けた待合所のある南美深駅

 士別市を過ぎ稚内方向に向かう宗谷本線は、同様に北に向かって流れる天塩川の下流に向かって右側(東か北)に線路があり、一度も天塩川を越えることはない。線路の南側を流れる天塩川への支流を越え、道路と交差する踏切の傍に南美深駅がある。木製デッキのホームの棒線駅で、この辺りの駅は大体同じような造りである。踏切の傍に外壁が緑色に塗られた鉄板張りで、内壁が板張りベニヤ板の床の待合所がある。「南美深待合所」と駅の字が抜けた看板の待合所内にベンチは無く、丸椅子が2脚申訳け程度に置かれている。

待合所 南美深と 駅字抜け


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目に見えぬ 大河天塩は 駅南


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S24鉄道ファンの訪れることのなさそうな智北駅

 智北駅は田園地帯にある駅で、同様な両隣駅の智恵文駅、南美深駅とはそれぞれ2.1 km、2.3 kmの距離である。集落の無いところで区間距離の短い駅を設けた理由が不明である。駅名は智恵文の北にあることに由来する。道道252号が宗谷本線を横切る踏切の近くに駅がある。プレコンのデッキのホームの棒線駅である。ホームの上にプレハブの待合所がある。待合所の内には木製ベンチがあり、ごみ箱や除雪用具も置かれ、清掃が行き届いている。駅ノートがなかったので、鉄道ファンが訪れることはあまりないようである。

待合所 読むものもなく 智北駅


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この辺り 棒線駅の 続きたり


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(パノラマ写真 2013.8.13)

2015年10月30日

S23駅前にレンタサイクルが置かれた智恵文駅

 停車場線は駅前の道路で大抵短い。道道292号智恵文停車場線は道道252号美深名寄線交点から智恵文駅までの長さ100 mの道路である。道路の行き当たりに智恵文駅の車掌車改造待合室がある。土を盛ったホーム1面の棒線駅で、旧駅舎を取り壊したコンクリート跡がある。ホームの名所案内に智恵文沼つり場が駅の北1kmのとこにあると書かれている。沼は天塩川の蛇行部分が取り残されたものらしい。待合所内はベンチがあり、暖房用のヒータも備え付けられていて、トイレもある。駅前にレンタサイクルが置かれている。

ベンチ上 観光マップの チラシ有り


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駅舎跡 車掌車置かれ 新駅舎


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2015年10月29日

S22待合所壁に人目を惹く年代物の看板がある北星駅

 日進駅を過ぎると宗谷本線は天塩川に沿うように延びる。北星駅は天塩川の東で森林が迫ってくる辺りにある。線路を横切る道路の踏切からホームが見えるのだが、道路から駅に行く道に迷う。道路からホームへの砂利道の途中に、草丈のあるヒマワリや夏草に隠れるように駅待合所がある。かなり年季物の木造待合所で、「毛織の北紡」の赤地に白文字の看板が壁にあって目を惹く。ホームは下り方面にスロープのある木製デッキで、棒線駅である。駅名になっている北星は、地形等に関わる特段の理由で命名されてはいない。

星印 会社のロゴ見え 待合所


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夏草が 待合所消し 駅ホーム


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(パノラマ写真 2013.8.13)

2015年10月28日

S21「日進月歩」からの命名地名が駅名になった日進駅

 木製デッキのホームの棒線駅である。少し高いホームと地面の間のスロープが上り(名寄)方向にある。ホームにプランターの花が並べられていて、駅近くの住民が手入れしているようである。駅待合所は上り方向の踏切の近くにある。待合所の中は砂利敷で木製の長いベンチが壁に造り付けである。その他目に留まるものは壁の時刻表やポスター、除雪のためのママさんダンプしかない。駅ノートが壁に吊り下げられていて、鉄ちゃんが訪れるようである。駅名になっている地名は「日進月歩」から採られているとは特色ある命名である。

砂利土間に 意表を突かれ 待合所


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駅名は 日進月歩 由来なり


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(パノラマ写真 2013.8.13)

S20マンサード風飾り屋根の駅舎の名寄駅

 名寄市の国道40号(大通)南7丁目の交差点から東側の道に入ると名寄駅前広場になる。駅舎は変わったデザインで、マンサード風の飾り屋根があり中央は時計塔になっている。かつては名寄本線、深名線の起点駅でもあったが、両線とも廃止され、宗谷本線の拠点駅のみとして残った。駅員が配置されており、窓口業務が行われている。ホームに出てみると単式と島式の2面3線である。ホーム間を移動する跨線橋がある。駅舎につながる単式ホームには屋根が架けられている。島式ホームの跨線橋出口のところに風除室がある。

特急の 時刻案内 拠点駅


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飾り屋根 マンサード風 名寄駅


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(パノラマ写真 2013.8.13)

2015年10月27日

S19停車車両で図る2両余りのホーム長の東風連駅

 風連駅から北東方向に位置する東風連駅は田畑に囲まれた駅である。ホームはプレコンのデッキで下り(稚内)方向の端にホームに上がる階段がある。写真撮影の時丁度1両のワンマン列車がホームに入ってきて停まる。写真で見るとホームの長さは列車2両分ぐらいである。ホームからプレハブの待合所が見える。待合所は造り付けの木製ベンチがあり、座布団も用意されている。待合所に取り付けられている時刻表には往復8便の時刻が記されている。待合所の前に自転車が置かれていて、列車の利用客のものだろう。

待合所 窓から見える 稲穂かな


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一両で ホーム半分 塞ぎたり


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S18「風夢」くんが駅前広場のマンホールの蓋にある風連駅

 国道40号から折れ総延長70 mの道道328号風連停車場線の突き当りに風連駅がある。駅前は広場になっていて、マンホールの蓋が目に付く。デザインは風連町のマスコット「風夢」くんで夢の風を運ぶ少年である。現在は名寄市と合併しているので、このマスコットキャラクターは地区のものである。駅舎は玄関上に明り取りのアーチがあり、壁に風連駅の大文字がある。ホームに出て見ると2面2線で跨線橋がある。跨線橋と並行して駅の東西をつなぐ人道橋がある。人道橋から駅構内の様子がわかりパノラマ写真を撮る。

駅を撮る 人見下ろして 人道橋


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駅前で 路面に隠れ 風夢くん


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(パノラマ写真 2013.8.13)

2015年10月26日

S17米どころに合った名前の瑞穂駅

 瑞穂駅は士別市多寄町にある駅である。士別市は米作りが盛んなところで、北海道を代表する「きらら」、「ほしのゆめ」、「ななつぼし」等の品種が生産されている。瑞穂とはみずみずしい稲穂を意味するから、ここにこの名前の駅があるのは場所柄に合っている。木製デッキの1面ホームの棒線駅で、ホームの南側に待合所がある。待合所の前に、地域の住民が手入れしているのであろう、比較的大きな花壇がある。待合所からも見え地域の気配りが感じられる。待合所の駅名標が白地に青文字で、通常のものと逆の色配置である。

花壇あり 目楽しませて 待合所


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米どころ 瑞穂の名前 似合いたり


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(パノラマ写真 2013.8.13)

S16屋根のデザインが目を惹く待合所のある多寄駅

 名寄の地名が知られているので、多寄も正しく読めるが、名寄を知らないと多寄を正確に発音できるかどうか。アイヌ語の「タイ・オロ・オマ・ペツ」(森の中に入る川)が転訛したものとネットで知る。この川とは天塩川のことだろうか。天塩川の東側に道道850号、さらにその東に国道40号が直線状に延びていて、下士別、多寄、瑞穂をつなぐ宗谷本線も南北に直線で延びる。駅の西側に多寄の集落があり、駅から見通せる。プレコンのホームの1面1線の棒線駅で、ホーム傍に造り付け4席の椅子のある待合所がある。

ガラス戸に 集落を見て 待合所


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待合所 屋根に目がゆき 多寄駅


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(パノラマ写真 2013.8.13)

2015年10月25日

S15寛げる雰囲気の待合所のある下士別駅

 下士別駅は単式ホーム1面の棒線駅で、東六線駅や北剣淵駅と同じ造りである。ただ、ホームが木製デッキではなくコンクリート板を並べたプレコン製である。ホームの多寄(稚内)方向の端にスロープがあり、スロープを降りたところに駅待合所がある。木造の待合所は板敷の床で、ベンチが三方の壁に取り付けられてある。ベンチには座布団があり、横になって休むこともできる。待合所内は整理整頓が行き届いていて、これは近隣の住民が行っているのだろう。待合所の壁に駅ノートがビニール袋に入れられ吊る下がっていた。

休息を 誘う座布団 待合所


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プレコンの ホームから撮る 下士別


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(パノラマ写真 2013.8.13)

S14顔の黒い羊サホークが迎えてくれる士別駅

 士別市は「羊のまち」として名が通っている。「羊と雲の丘」や「めん羊牧場」の観光施設がある。国道40号から西に分かれる長さ0.4 km道道297号の突き当りに士別市の表玄関士別駅がある。この道道の士別駅が見える歩道のところに彩色のマンホールの蓋があり、肉用のサホークがデザインされている。士別駅は有人駅で規模が大きい。ホームに出てみると単式と島式の2面3線である。跨線橋でホーム間を移動する。駅舎の壁やホーム看板にサホークの絵があり「羊のまちサホークランド」の看板文字が目に入ってくる。

顔黒き 羊出迎え 駅ホーム


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駅前の 歩道にサホーク 士別駅


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(パノラマ写真 2013.8.13)

2015年10月24日

S13モノクロ写真で待合所の寂れが強調される北剣淵駅

 宗谷本線は剣淵駅から士別駅までほぼ北方向に延びる直線線路で、両駅のほぼ等距離のところに北剣淵駅がある。駅の周辺には水田と畑が広がる。北剣淵駅は木製デッキのホームに棒線の1線のみの駅である。ホームの周囲は鉄道防風雪林になっている。駅待合所は士別(稚内)方向のホームのスロープを降りたところにある。傷み方が相当進んだ待合所である。木の長椅子が取り付けられていて、板壁に時刻表と料金表、ポスター等が貼られている。カメラの設定が狂って白黒写真になったため待合所の寂れ方が強調されて写る。

モノクロで 寂れ倍加の 待合所


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上下線 見事直線 北剣淵


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S12「絵本の里」で知られる町の表玄関の剣淵駅

 剣淵駅は剣淵町の表玄関の駅である。剣淵町は「絵本の里」を標榜しており、絵本の館の施設がある。駅前の通りのマンホールの蓋には物語りの情景がデザインされている。駅舎前の広場が駐車場になっており、駅舎横に駐輪場もあり、かなりの台数の自転車が駐輪している。駅舎内は玄関からホームへの通路部分と待合室があるけれど、これといって目を惹くものもない。ホームは対面式の2面2線で跨線橋がある。ホームには駅名板と並んで観光案内の看板があり、絵本の館、剣淵温泉、レークサイド桜岡の文字が見える。

シンプルな 絵本の里の 駅舎なり


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駅名の 横に見どころ 案内板


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(パノラマ写真 2013.8.13)

2015年10月23日

S11鉄道防風雪林に囲まれた木製デッキホームの東六線駅

 駅名から地名に東六線があるかと思っていたらこれは旧地名で、現在の駅住所は剣淵町東町である。以前は基線があり、その東側六線と言われていたようである。駅ホームは木製デッキの1面で棒線である。ホームからは鉄道防風雪林が目隠しになっていて周囲が見渡せないけれど、農耕地帯の中にある駅である。プレハブ小屋の駅待合所が踏切の近くにある。待合所の入口上部に「東六線乗降場 待合室」の駅名板が取り付けられていて、駅に昇格する前の乗降場の名残を留めている。鉄道ファンが待合所の写真を撮っていた。

棒線が 通り抜けたり 板デッキ


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乗降場 駅名に付き 待合所


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2015年10月22日

S10裏表、左右対称の造りの和寒駅

 和寒とはアイヌ語で「アツ・サム」(ニレの木の傍)に由来する。その和寒町の市街地で道道48号と99号がV字形でつながっている。V字の底から直線を延ばしY字を形作る道路が国道90号の下をくぐって和寒駅に達する。駅舎は正面とホーム側が対称で半円のアーチ状の明り取りがある。駅舎内には据え付けの椅子があるだけで、設備らしいものは無い。ホームに出てみると2面3線で、跨線橋がある。跨線橋とは別に駅の東西をつなぐ人道橋が跨線橋と並行してある。和寒駅から隣駅の東六線駅までは直線線路である。

左右花 対称形の 駅舎なり

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突き抜ける 直線線路 和寒駅


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(パノラマ写真 2013.8.13)

2015年10月21日

S9三浦綾子の小説で知られる塩狩駅

 三浦綾子の小説「塩狩峠」に描かれた、当時の鉄道院職員長野雅夫の殉職の駅で知られている。キリスト教徒の長野は、駅近くの塩狩峠で連結器が外れ暴走しかかった客車の下に身を投げて列車を止めた。駅近くに長野の顕彰碑と塩狩峠記念館・文学碑がある。駅構内は千鳥式の2面2線で、駅舎前のホーム部分は線路面と同じ高さで、駅舎が階段付きで高くなっている。何かの理由で駅舎前のホームが削り取られたように見える。駅舎内は中央に四角のベンチがあるだけで、天井の煙突があっても客のストーブ用ではないようだ。

小説を 思い起こして 駅舎内


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片ホーム 高さの無くて 千鳥式


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S8シンプルなデザインの駅舎の蘭留駅

 この駅(地区)の名前もアイヌ語から来ている。アイヌ語の「ラン ル」(下る道)に漢字を当てはめている。国道40号から折れ西の道の行き止まりに駅がある。駅舎を正面から見ると、長方形の中央部にガラス戸の玄関を設け、その上に庇を取り付けた形である。線路に沿った鉄道林の緑を背景に、駅舎の白い壁が浮き出して見える。ホームは千鳥式の2面2線である。ずれたホームの間に構内踏切がある。上り方向に旭川紋別自動車道の陸橋が見えている。この自動車道は線路を過ぎた所の比布JCTで道央自動車道とつながる。

蘭留駅 緑に浮き出 白四角

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パノラマで 千鳥のホームを 比較撮り


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2015年10月20日

S7廃屋のような待合所のあった北比布駅

 北比布駅は畑の中にある。田園地帯に延びる道道520号から折れ、北西方向に少し行くと駅ホームが見えてくる。ホームの北側の端に廃屋然とした駅待合所がある。この待合所は2014年10月23日に解体されて新しくなり、ブロック積みの旧い待合所の様子はもう写真でしか見ることができない。ホームは板張りの1面1線で棒線となっている。駅の様子を撮った写真に幾人かの人が写っているのは駅取材のグループで、パノラマ写真で人数が増えて写っている。中に比布町役場の職員も居て、駅の観光資源化を話していた。

廃屋然 待合所なり 北比布


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2015年10月19日

S6ピップエレキバンのCMで有名になった比布駅

 比布駅はピップエレキバンのテレビCMで全国的に知られた。2015年に同駅舎を建替えるニュースが流れ、前記CMに出演した樹木希林の名残を惜しむコメントが新聞やテレビで報道された。アイヌ語のピプあるいはピピ(沼あるいは石の多いところ)が語源と言われている。木造平屋で壁が薄桃色に塗られていた駅舎は解体されてしまった。駅前広場があり、特産品のイチゴをデザインしたトイレがあり、観光で町を盛り立てて行こうという意図が見える。ホームは2面2線で跨線橋がある。列車交換が行われる駅である。

ホームにて 列車交換 写したり


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比布駅 テレビCM 語り草


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2015年10月18日

S5旧待合所は解体されてしまった南比布駅

 宗谷本線は北永山駅を過ぎ石狩川を越える辺りからほぼ北に直線で延びる。その直線線路の南から南比布駅、比布駅、北比布駅と続いている。これら三駅の駅舎や待合所は2014年に解体されていて、以前の姿を見ることはできない。南比布駅の待合所はホームの南端横にある木造、トタン屋根の小屋で、2013年8月の取材時には既に傾いていた。待合所は2014年10月30日に解体された。板デッキのホームと棒線1線の駅である。駅の北側に国道40号があり、線路は国道の下を通過する。駅の周囲には水田地帯が広がる。

待合所 写真に残り 南比布
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国道を 潜りて線路 北に延び


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2015年10月17日

S4稔った稲穂の水田の中の北永山駅

 水田地帯が広がる永山町に北永山駅のホームがある。駅施設としては木製デッキのホームに1線の棒線が通過している。ホーム上に待合所があり、三脚とカメラを持った先客が居る。鉄道写真を撮っているようだ。パノラマ写真で待合所内部全体を写したい旨を言って、しばらく待合所の外に出てもらい撮影する。待合所は造り付けの木製ベンチがあり、三方に大きな窓があり、広がる畑を窓越しに見ることができる。ホームに出ると旭川方面には石狩川の支流に架かる鉄橋が見え、稚内方面には線路を横切る道路の踏切がある。

鉄写真 撮る人の居て 待合所


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目にするは 稔る稲穂の ホームなり


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(パノラマ写真 2014.8.23)

2015年10月16日

S3ホームに電子閉そく表示看板がある永山駅

 国道39号の永山2条20丁目の交差点から永山駅までの200 mが永山停車場線(道道331号)で、この短い道路を遮るように永山駅舎がある。駅舎は古い木造平屋の建物で、玄関上部の板の駅名看板が目立つ。ホームは相対式の2面2線で、跨線橋がある。パノラマ写真を拡大して行くと、2番乗り場の跨線橋の傍に「電子閉そく開始」の赤文字の看板があるのが確認できる。永山駅以北(下り方向)は特殊自動閉塞式(電子閉塞)であることの表示である。スタフ(通表)交換による閉塞方式はほとんど見られなくなった。

道塞ぎ 道道起点 駅舎なり

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看板の 電子閉そく 見つけたり


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(パノラマ写真 2014.8.23)

2015年10月15日

S2回送電車のみの電化駅の新旭川駅

 札幌の副都心の駅の新札幌と同様の地位を新旭川駅が占めているかと思っていると、そうではないようだ。一応、旭川と新旭川間は電化されているが、電車で客を運ぶことはなく、回送電車のみが運行している。駅舎は古い木造のもので、駅前に自転車と自動車が置かれてあり、通勤や通学者のもののようである。駅舎前の道路のマンホールの蓋に、旭川の市の木「ななかまど」と市章がデザインされている。ホームは2面3線で跨線橋がある。この駅から北に路線を進行すると、政和小学校付近で宗谷本線と石北本線に分岐する。

駅舎前 マンホール蓋に ナナカマド

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客乗せぬ 近郊駅の 電化なり


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(パノラマ写真 2014.8.23)

2015年10月14日

S1高架下に駅待合室のある旭川四条駅

 国道12号は札幌市北1条西3丁目から始まり、旭川市4条通6丁目・7丁目交差点で終わる。その終点から国道39号が始まり4条通を18丁目まで進むと宗谷本線の高架下を抜ける。高架下に大きな駅名の看板がある旭川四条駅の待合室がある。待合室には据え付けの椅子がかなり並べられてある。高架のホームは対面式の2面2線である。市街地の高架駅であるため、ホームは目隠し防音壁で囲まれ、見晴しが利かず殺風景である。駅待合室の向かいに「ぽっぽや」の看板の鉄道グッズの店がある。鉄ちゃん経営の店らしい。

JR(じぇいあーる) ロゴを付けずに 駅看板

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高架駅 殺風景な ホームなり


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2015年10月13日

S0道内最多の乗入路線のある新装の旭川駅

 旭川駅を始終点にする路線は函館本線、宗谷本線、石北本線、富良野線の4路線で、これは3路線の札幌駅より多い。2011年に高架駅として全面開業し、1898年の開業時から数えて4代目の駅舎が完成。新しく駅南口が出来て、それに伴って新しい市街地が形成されて来ている。南口と北口をつなぐ広いコンコースが東西に二本あり、西側には安田侃氏の彫刻が設置されている。ホームは4面7線で屋根があっても自然採光を取り入れた構造になっている。新駅舎に接してイオンモールの巨大商業施設が2015年に開業した。

化粧した 石彫のあり 新駅舎


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(パノラマ写真 2013・11・16)

特急と 普通車並び 新ホーム


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(パノラマ写真 2012・9・16) 

2013年06月19日

526・日本最北端の列車止め

北帰行 ここが終わりか 列車止め

 線路が列車止めで終わっていると、終着駅であることを実感する。稚内駅の列車止めは線路が駅舎を貫いて、駅前広場にある。日本最北端の駅に降りた客は、列車止めのある広場から稚内港北防波堤ドームに歩いて行く。(2012・9)
 


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(パノラマ写真)