Search


Archives

2010年11月30日

表情の見えない札幌水天宮の狛犬

 創祀は1884(明治17)年に久留米水天宮から分霊を受けたことによっており、1888(明治21)年に現在地に社殿を建てており、1952(昭和27)年宗教法人となっている。祭神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、安徳天皇、高倉平中宮、平二位時で、高倉平中宮は平徳子(建礼門院)、平二位時は平時子(二位の尼)である。この他に大國魂命、大己貴命、少彦名命が合祀されている。
 神社の説明板を読むと、御神徳として、安産、子供の守護、商売繁盛、水難火難除災招福、交通安全と祈念のカテゴリーが並ぶ。札幌の繁華街すすきのを考えると、水商売繁盛の祈念が多そうである。
 狛犬は一対あり、古そうであるけれど、作製年代は刻まれていない。阿吽の両狛犬は左右対称の同じポーズで、玉を抱えている。狛犬の尻尾は立っているデザインが多いなか、尻尾は身体に被さった感じで、その分下半身が大きくみえる。狛犬は貌を強調することもあって、頭でっかちなものが多いところ、水天宮の狛犬は頭部は比較的小さく見える。
 狛犬はかなり高い基礎と献台の上に置かれていて、見上げる角度で写真を撮ることになり、貌の表情を撮るのが難しい。阿形の狛犬は天に向かって吠えているようにも思える。狛犬をあまり高いところに設置するのは、狛犬を見たり写真を撮ったりすることには不都合である。

貌つきは 高き所で 不明なり

%E8%B2%8C%E3%81%A4%E3%81%8D%E3%81%AF%E3%80%80%E9%AB%98%E3%81%8D%E6%89%80%E3%81%A7%E3%80%80%E4%B8%8D%E6%98%8E%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

狛犬は 天に吠えたて 水天宮

%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%AF%E3%80%80%E5%A4%A9%E3%81%AB%E5%90%A0%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%A6%E3%80%80%E6%B0%B4%E5%A4%A9%E5%AE%AEA.jpg

今朝(11月30日)の一枚

深々と 赤実の房に 綿帽子

 昨日から雪が降り続いている。大雪の様相である。家の横のナナカマドの実も雪帽子を深々と被っている。この時期、気温はそれほど低くなく、湿っている雪は結構重い。この重い雪を受け止めた樹木は、雪の重みで枝が折れることもある。

%E6%B7%B1%E3%80%85%E3%81%A8%E3%80%80%E8%B5%A4%E5%AE%9F%E3%81%AE%E6%88%BF%E3%81%AB%E3%80%80%E9%9B%AA%E5%B8%BD%E5%AD%90A.jpg

阿形の狛犬が二匹居る西岡八幡宮

 創祀は1890(明治23)年に溯り、兵庫県からの開拓者が郷土の八幡神社からの分霊を祀り、1906(明治39)年に最初の社殿が建てられている。祭神は応神天皇、神功皇后(じんぐうこうごう)、比売大神(ひめおおかみ)の三神である。
 整備された境内には各種の石碑があり、社殿前に狛犬が控えている。狛犬の献台には昭和2(1927)年の年号が記されていて、古い部類の狛犬である。社殿に向かって右側が阿形の狛犬で、口を開けている。すると左側が吽形の狛犬ということになるのだろうが、この狛犬は口を半開きにして丈夫そうな歯を剥き出した造形で、吽形と言い難く、中途半端な阿形に見える。歯の彫りにこだわった石工の技の顕示かもしれない。阿形の狛犬が二匹で護る神社とも言えそうである。

見上げれば 歯並び丈夫 阿形犬

%E8%A6%8B%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%80%80%E6%AD%AF%E4%B8%A6%E3%81%B3%E4%B8%88%E5%A4%AB%E3%80%80%E9%98%BF%E5%BD%A2%E7%8A%ACA.jpg

歯を見せて 阿形が揃う 八幡宮

%E6%AD%AF%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%81%A6%E3%80%80%E9%98%BF%E5%BD%A2%E3%81%8C%E6%8F%83%E3%81%86%E3%80%80%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AEA.jpg

2010年11月29日

飼犬の雰囲気の瑞穂神社の狛犬

 創祀は1878(明治11)年に遡り、この地の開拓者により、札幌三吉神社の分霊を祀る祠が建てられた。この祠から、1894(明治27)年雁来神社が創建され、1959(昭和34)年に瑞穂神社に改名して宗教法人となっている。現在地に移ったのは1970(昭和45)年である。大己貴神(おおなむちのかみ)と少彦名神(すくなひこなのかみ)が祭神として祀られている。
 南郷通が豊平川を跨ぐところに水穂大橋がある。こちらの水穂は川の両側の白石区菊水の「水」と東区の苗穂の「穂」を組み合わせている。これに対して、社名の瑞穂は稲の育つ瑞々しい情景を表す言葉で、この地の水田の豊穣を願っての命名だろう。
 広くはない境内に狛犬が一対置かれている。昭和58(1983)年の奉納年の刻まれた狛犬は飼犬の雰囲気の表情をしている。貌の部分の毛の表現も、派手なものではなく、狛犬にしては抑えられたものである。丸い黒目の瞳が描かれているのも、狛犬を獅子より犬に近付けている。漫画かアニメに出てくる犬に似ていると思うにだが、正確な記憶ではない。
 頭と身体の比率は三頭身ぐらいで、成犬の一歩手前の犬の体形の感じもするけれど、神社に置かれる狛犬なら、成犬であろう。白っぽい石で造形され、目がパッチリとしていれば、狛犬とは無関係な童謡「花嫁人形」の歌詞の一節「目はパッチリと色白で」を口ずさみそうになる。

睨んでも 三頭身で ご愛嬌

%E7%9D%A8%E3%82%93%E3%81%A7%E3%82%82%E3%80%80%E4%B8%89%E9%A0%AD%E8%BA%AB%E3%81%A7%E3%80%80%E3%81%94%E6%84%9B%E5%AC%8CA.jpg

口ずさむ 目はパッチリと 色白で

%E5%8F%A3%E3%81%9A%E3%81%95%E3%82%80%E3%80%80%E7%9B%AE%E3%81%AF%E3%83%91%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%AA%E3%81%A8%E3%80%80%E8%89%B2%E7%99%BD%E3%81%A7A.jpg

今朝(11月29日)の一枚

冬将軍 奇襲攻撃 白き朝

 札幌の冬は一夜にして景観が変わる。未だ薄暗い外が雪明りで白く、昨日のものではない。いよいよ冬将軍の到来である。冬将軍とは、雪かき用具で戦うことになる。暗いうちからの戦いに一区切りで、明るくなった外の状況を窓から撮ってみる。

%E5%86%AC%E5%B0%86%E8%BB%8D%E3%80%80%E5%A5%87%E8%A5%B2%E6%94%BB%E6%92%83%E3%80%80%E7%99%BD%E3%81%8D%E6%9C%9DA.jpg

対照的な歯の豊滝神社の狛犬

 豊滝地区は東西に延びる国道の南北にあり、注意していないと国道から豊滝地区への入口を見過ごしてしまう。豊滝神社は豊滝小学校の近くで、国道の北側にある。旧称滝の澤神社で、創祀は1908(明治41)年で、簾舞にある花岡神社を分社している。国道230号の切り替え工事のため、1996(平成8)年に盤の沢橋側から現在地に神社を移し、豊滝神社と改称している。祭神は天照皇大神、大山祇命である。境内に山の神碑があり、山の神に天照大神を加えて祭神ともしている。
 狛犬は神社の移転の平成8(1996)年に奉納されているので、新しいものである。この一対の阿吽の狛犬は、よく見ると連想が色々出てくる。吽形狛犬は口を閉じるというより、その見事な歯を見せびらかしているようである。背景の八剣山が鋭い牙を天に向かって突き出しているのに見習って、並んだ歯を見せている連想も湧いてくる。
 これに対して、阿形狛犬は上下4本の牙はあるものの、歯無しである。石工が歯を彫るのを忘れたわけでもあるまい。手抜きかな、いや年寄りの狛犬で歯が抜けてしまったのを制作したつもりか、それなら入歯を作ってやらねば、等々と突っ込みをいれたくなる阿形犬である。

歯並びは 尾根の連想 八剣山

%E6%AD%AF%E4%B8%A6%E3%81%B3%E3%81%AF%E3%80%80%E5%B0%BE%E6%A0%B9%E3%81%AE%E9%80%A3%E6%83%B3%E3%80%80%E5%85%AB%E5%89%A3%E5%B1%B1A.jpg

歯の彫りを 石工(いしく)手抜きで 阿形犬

%E6%AD%AF%E3%81%AE%E5%BD%AB%E3%82%8A%E3%82%92%E3%80%80%E7%9F%B3%E5%B7%A5%EF%BC%88%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%8F%EF%BC%89%E6%89%8B%E6%8A%9C%E3%81%8D%E3%81%A7%E3%80%80%E9%98%BF%E5%BD%A2%E7%8A%ACA.jpg

2010年11月28日

探し当てた界川神社

 大都会には道路地図にも載っていない小さな神社がひっそりとある。これを見つけるのが事である。界川神社もそのような神社の一つである。ネットの情報から、双子山1丁目と見当をつけて探してみる。住宅街のはずれにある神社をみつける。予想したように狛犬は居なかった。手水所なのか、石製の水桶らしきものに雨水がたまり、イチョウの落ち葉が沈んでいる。イチョウの葉ごと氷になって、その上に雪が覆うのも間もなくだろう。

探し当て 小祠の社名 界川

%E6%8E%A2%E3%81%97%E5%BD%93%E3%81%A6%E3%80%80%E5%B0%8F%E7%A5%A0%E3%81%AE%E7%A4%BE%E5%90%8D%E3%80%80%E7%95%8C%E5%B7%9DA.jpg

イチョウ葉は 凍る雨水(うすい)と 手水桶

%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6%E8%91%89%E3%81%AF%E3%80%80%E5%87%8D%E3%82%8B%E9%9B%A8%E6%B0%B4%E3%81%A8%E3%80%80%E6%89%8B%E6%B0%B4%E6%A1%B6A.jpg

今朝(11月28日)の一枚

雪予想 アキグミの実の 萎みかな

 昨日の天気予報では荒れる一日だったのに、風はあるものの陽は差している。ただ、新聞の天気予報欄には、午後は雪マークが並んでいるので、油断はできない。道路脇に赤い実の残った小木がある。アキグミのようで、実は萎みかけている。

%E9%9B%AA%E4%BA%88%E6%83%B3%E3%80%80%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%82%B0%E3%83%9F%E3%81%AE%E5%AE%9F%E3%81%AE%E3%80%80%E8%90%8E%E3%81%BF%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

笑い狛犬の居る茨戸天満宮

 天満宮なので祭神は菅原道真である。北海道開拓期に、同じ郷里の開拓者が入植した地域では、創祀に際して郷里に神社からの分霊を受けたり、郷里の祖先を祭神にしたりする例が一般的である。これに対して、郷里の違う開拓者の入植地での創祀の場合、異なる祭神がかち合うので、妥協策として学問の神様の道真公を祭神に選ぶ場合がある。茨戸天満宮はその典型例のようである。
 境内は境界がはっきりしない広場で、鳥居、燈籠、狛犬で境内の体裁を整えている。特に見応えのあるものが置かれているのでもなく、ありふれた境内である。しかし、狛犬の方はユニークな貌つきである。阿形の狛犬は大きな口を開け、つぶれたような鼻が貌の中央に収まっていて、まるで笑っているかのようである。
 吽形も心持含み笑いをしているようである。後で丸い瞳を描き入れたようで、この目の玉が、吽形の狛犬の雰囲気を大きく変えてしまっている。前髪、あごひげ、たてがみを円や円弧で表現していて、お洒落な感じもする。献台に狛犬寄贈年が彫りこまれていて、1931(昭和6)年と読み取れる。

大口で 笑い貌(かお)なり 阿形犬

%E5%A4%A7%E5%8F%A3%E3%81%A7%E3%80%80%E7%AC%91%E3%81%84%E8%B2%8C%EF%BC%88%E3%81%8B%E3%81%8A%EF%BC%89%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%80%80%E9%98%BF%E5%BD%A2%E7%8A%ACA.jpg

愛嬌は 描き添え片目 吽形犬

%E6%84%9B%E5%AC%8C%E3%81%AF%E3%80%80%E6%8F%8F%E3%81%8D%E6%B7%BB%E3%81%88%E7%89%87%E7%9B%AE%E3%80%80%E5%90%BD%E5%BD%A2%E7%8A%ACA.jpg

2010年11月27日

稲荷神社が発祥の豊畑神社

 地図には神社と記されているけれど、出向いてみると朱塗りの鳥居に、狛犬ならぬ稲荷像があったので、これは稲荷神社が発祥であるらしい。大正時代の入植者が稲荷大神を祀り、1927(昭和2)年、現在地に社殿を造営し、伏見稲荷の分霊を祀っているので、稲荷社に由来している。
 境内は社名の書かれた石柱に鳥居と社殿の神社としての最低限のものがあるだけで、木の葉の落ちたこの時期、殺風景といえばいえる。鳥居と社殿の赤い屋根が、周囲の乏しい色を補っている。稲荷社には赤色はつきもので、この屋根の赤色は、神社の出自が稲荷社である歴史を補強しているように見えてくる。
 稲荷像には狛犬のような阿吽の形がはっきりしていないようである。大抵両方か一方の狐は何かを咥えている。咥えているものが願いを込めている対象物で、豊作を祈願する稲荷神社であれば、狐は稲穂や農業に関する道具などである。玉を咥えている狐が多いのは、玉で財宝をあらわして、富を祈念したためかな、と推測してみるけれど確かなことは調べていない。

稲荷社の 歴史補強か 赤き屋根

%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A4%BE%E3%81%AE%E3%80%80%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E8%A3%9C%E5%BC%B7%E3%81%8B%E3%80%80%E8%B5%A4%E3%81%8D%E5%B1%8B%E6%A0%B9A.jpg

玉咥え 小銭置かれて 富稲荷

%E7%8E%89%E5%92%A5%E3%81%88%E3%80%80%E5%B0%8F%E9%8A%AD%E7%BD%AE%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%80%80%E5%AF%8C%E7%A8%B2%E8%8D%B7A.jpg

今朝(11月27日)の一枚

念じるは 雲のちぎれて 消える空

 天気予報では、今日の天気は晴れ、明日からは雪混じりの荒れた天候になりそうである。雪の無い晴れた日は、これからは期待できそうもないので、今日は朝から神社の狛犬探しである。空にある雲が広がらないことを念じて、一枚撮ってみる。

%E5%BF%B5%E3%81%98%E3%82%8B%E3%81%AF%E3%80%80%E9%9B%B2%E3%81%AE%E3%81%A1%E3%81%8E%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%80%80%E6%B6%88%E3%81%88%E3%82%8B%E7%A9%BAA.jpg

農地に囲まれた生振神社の狛犬

 生振神社は1873(明治6)年宮城県からの入植者により小祠が建てられたのが始まりで、1903(明治36)年に神社として認められ、現在地には1908(明治41)年に移っている。祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、誉田別命(ほんだわけのみこと)、大物主命(おおものぬしのみこと)である。
 狛犬は2対あって、鳥居近くのものは古い狛犬の典型的なものである。体毛の表現は風車模様で、阿形犬は玉を口の内に含んでいる。玉を咥える作りというより、開いた口の中に石の玉を入れたか彫り出したようである。鼻の造作が大きい分、彫りの深い貌になって見える。制作年や石工の名前は無い。
 社殿近くの狛犬は、貌の造形が古典的なものをかなりデフォルメした感じである。漫画的な狛犬の貌と表現してもよいくらいである。黒目が生きていて、凄味の表現に成功しているけれど、何かしらユーモラスの感じがする。この一対の狛犬の方には石工の名前は無いものの、昭和10(1935)年9月の奉納の日付が見える。
 境内には石碑が並んでいる。そのうちの一つは「愛知県団体開拓百年記念事業の概要」のタイトルがあって、1894(明治27)年愛知県団体の入植とその後の経緯が記されている。愛知県団体とは抽象的団体名であるけれど、この地の開拓に前述の宮城県の入植者に愛知県の入植者も加わったのであろう。

口の内 舐める飴玉 玉の見え

%E5%8F%A3%E3%81%AE%E5%86%85%E3%80%80%E8%88%90%E3%82%81%E3%82%8B%E9%A3%B4%E7%8E%89%E3%80%80%E7%8E%89%E3%81%AE%E8%A6%8B%E3%81%88A.jpg

目の生きて 凄味はあれど 漫画貌

%E7%9B%AE%E3%81%AE%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%80%80%E5%87%84%E5%91%B3%E3%81%AF%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%A9%E3%80%80%E6%BC%AB%E7%94%BB%E8%B2%8CA.jpg


2010年11月26日

親子の狛犬が並ぶ樽川神社

 鳥居を前に林を後ろにして、入り口のシャッターの下りた小屋のような社殿がある。神社紹介の説明板を読むと、1887(明治20)年に樽川村への入植者が小祠を建立したのが神社の始まりで、1906(明治39)年には神社と認められている。祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)と豊受大神(とようけのおおかみ)である。石狩市の企業団地造成は石狩湾新港の開発と連動しており、その開発過程でこの神社も1972(昭和47)年に現在地に移っている。
 社殿の前に2対の狛犬が置かれている。親の一対の狛犬の横に、一対の子供の狛犬がそれぞれ親に寄り添うように置かれていて、阿形と吽形が親子のペアになっている。親子の狛犬は向きが逆で、子供の狛犬は頭を180°回転させた格好になっている。この貌と尻を同じ方向にむけるデザインは意表を突く珍しいもので、この狛犬を作った石工や関係者のユーモアが感じられる。

親犬が 口を開けば 子も阿形

%E8%A6%AA%E7%8A%AC%E3%81%8C%E3%80%80%E5%8F%A3%E3%82%92%E9%96%8B%E3%81%91%E3%81%B0%E3%80%80%E5%AD%90%E3%82%82%E9%98%BF%E5%BD%A2A.jpg

初冬の陽 貌尻(かおしり)陰で 子犬なり

%E5%88%9D%E5%86%AC%E3%81%AE%E9%99%BD%E3%80%80%E8%B2%8C%E5%B0%BB%EF%BC%88%E3%81%8B%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%8A%EF%BC%89%E9%99%B0%E3%81%A7%E3%80%80%E5%AD%90%E7%8A%AC%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

今朝(11月26日)の一枚

初冬画は 褐色絵具で 下地塗り

 寝ている間に雨が降ったようで、地面が濡れている。朝、明るくなるのがどんどん遅くなってきて、散歩の時間を取るのが窮屈になってきている。久しぶりに公園の遊歩道を歩いてみる。枝はすっかり裸になり、地上一面の褐色である。

%E5%88%9D%E5%86%AC%E7%94%BB%E3%81%AF%E3%80%80%E8%A4%90%E8%89%B2%E7%B5%B5%E5%85%B7%E3%81%A7%E3%80%80%E4%B8%8B%E5%9C%B0%E5%A1%97%E3%82%8AB.jpg

開かずの寺門を護る大覚寺の狛犬

 曹洞宗の大覚寺の開基は(明治37)年で、現在地に移ったのが(明治40)年である。禅宗の寺の典型的な造りで、寺門、山門、本堂が直線上に配置されている。この直線は東西に沿っていて、寺門は西を向いている。禅宗の寺では寺門は開かずの門で、ここからの人の出入りはない。この門が開くのは、新住職が初めて寺に入る時と、住職が亡くなった時に遺体が寺から出る時のみ、と聞いたことがある。
 この開かずの寺門を護るかのように、一対の狛犬が置かれている。神社に狛犬が居ても不思議ではないけれど、寺の狛犬は例が少なく、それも寺門のところに堂々と居座っているのは珍しい。神仏混淆が影響して寺に狛犬なのかな、と思ってみるけれど、この状況になった正確なところはわからない。
 狛犬は軟石造りで、彫りは簡素でその分力強さが表現されている。立っている尻尾がソフトクリームの形を連想させる。石工の名前や制作年に関した刻字は台座の部分に見当たらない。神社に奉納された狛犬であれば、献台の部分に奉納者の名前などが彫られてあるのが普通であれけれど、この一対の狛犬にはそれがない。氏子が神社に奉納した狛犬ではなく、最初から寺に納めるために制作されたためかもしれない。

開かず門 狛犬護りて 大覚寺

%E9%96%8B%E3%81%8B%E3%81%9A%E9%96%80%E3%80%80%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E8%AD%B7%E3%82%8A%E3%81%A6%E3%80%80%E5%A4%A7%E8%A6%9A%E5%AF%BAA.jpg

連想は ソフトクリーム 尻尾なり

%E9%80%A3%E6%83%B3%E3%81%AF%E3%80%80%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%80%80%E5%B0%BB%E5%B0%BE%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

2010年11月25日

鈴懸の木の名前になったプラタナスの実

 札幌の街路樹でお目にかかるプラタナスは鈴懸の木の別名がある。どうしてこの名前なのか気にもしていなかった。しかし、プラタナスの大きな落ち葉が街路に舞う季節になって、気になり調べてみる。木は高く成長し、実が鈴のように枝に懸っている様子からの命名と知る。ビルの傍で、高木のプラタナスの枝に小さく見える実を、望遠レンズを使って撮ってみる。ぼやけたような実の写真を拡大すると、丸い実の表面は毛で覆われていて、金属製でつるりとした鈴の感じからほど遠い。

ビル街に 鈴の下がりて プラタナス

%E3%83%93%E3%83%AB%E8%A1%97%E3%81%AB%E3%80%80%E9%88%B4%E3%81%AE%E4%B8%8B%E3%81%8C%E3%82%8A%E3%81%A6%E3%80%80%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BF%E3%83%8A%E3%82%B9A.jpg

毛が覆い 輪郭ボケて 鈴実かな

%E6%AF%9B%E3%81%8C%E8%A6%86%E3%81%84%E3%80%80%E8%BC%AA%E9%83%AD%E3%83%9C%E3%82%B1%E3%81%A6%E3%80%80%E9%88%B4%E5%AE%9F%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

今朝(11月25日)の一枚

陽の描く 人気の山の 影絵かな

 西野の平地を囲む山の裾野部分が、日の出前の光でシルエットとなっている。シルエットの高くなった部分は三角山である。冬を迎えて、登山する人は夏に比べて少なくなっていると予想されるけれど、人気の山の登山者は今日もいるだろう。

%E9%99%BD%E3%81%AE%E6%8F%8F%E3%81%8F%E3%80%80%E4%BA%BA%E6%B0%97%E3%81%AE%E5%B1%B1%E3%81%AE%E3%80%80%E5%BD%B1%E7%B5%B5%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

金属製の狛犬が護る三吉(みよし)神社

 神社の住所が中央区南1条西8丁目で、札幌市のダウンタウンの中心が、一般的に南1条西4丁目と考えられているので、都心部に一番近い神社といえそうである。神社の前に由来略記があるので読んでみると、1878(明治11)年、蝦夷の平定を行った坂上田村麿が創建した秋田太平山三吉神社からの分霊を祀ったのが創祀である。現在地に神社を移したのは翌年の1879年である。現在の祭神は、大巳貴神(おおなむちのかみ)、小彦名神(すくなひこなのかみ)、藤原三吉神(ふじわらみよしのかみ)、金刀比羅宮(ことひらぐう)に天満宮である。
 南1条通に面して鳥居が建っていて、鳥居の前の両横に狛犬が控えている。この一対の狛犬は金属製で、金属製の狛犬は穂多木神社のものがあるけれど、狛犬としては珍しい。金属製ということもあってか、身体の造形が滑らかで、石製に見られる鑿(のみ)の跡の躍動感が薄くなっている。金属製にした意図についてはわからない。

獅子舞の 口あけ獅子が 神社前

%E7%8D%85%E5%AD%90%E8%88%9E%E3%81%AE%E3%80%80%E5%8F%A3%E3%81%82%E3%81%91%E7%8D%85%E5%AD%90%E3%81%8C%E3%80%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E5%89%8DA.jpg

 境内に石柱があって、その表面に文字が彫りこまれている。この文字が何を意味するかわからない。社務所に出向いて聞いてみると、赤字のものは「天壌無窮(てんじょうむきゅう)」と教えられた。確かにこの漢字を当てはめると、そのような文字に見えてくる。意味は天地には果てがない、といったところである。しかし、他の石柱の文字らしきものについては、対応してくれた人はわからないとの答えである。

境内に 天壌無窮 文字のあり

%E5%A2%83%E5%86%85%E3%81%AB%E3%80%80%E5%A4%A9%E5%A3%8C%E7%84%A1%E7%AA%AE%E3%80%80%E6%96%87%E5%AD%97%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8AA.jpg

2010年11月24日

街路に散らばるプラタナスの落葉

 札幌の街路樹にプラタナスがある。和名ではモミジバスズカケノキ(紅葉葉鈴懸の木)と呼ばれていて、札幌駅から道庁にかけての道路に多く見られる。初冬に入っても、緑の残った葉が枝についていて、風が吹くと緑の葉のまま道路に落ちてくる。掃除が追いつかないみたいで、店の前の舗装道路に大きなカエデに似た葉がそこここに散らばっている。通行人は足元の落葉には気も留めず、足早にやってくる冬の使者に追われているかのように、大都会の歩道を急ぎ足で往来している。

店舗前 掃除逃れ葉 プラタナス

%E5%BA%97%E8%88%97%E5%89%8D%E3%80%80%E6%8E%83%E9%99%A4%E9%80%83%E3%82%8C%E8%91%89%E3%80%80%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BF%E3%83%8A%E3%82%B9A.jpg

落葉先 急ぐ人人(ひとひと) 大都会

%E8%90%BD%E8%91%89%E5%85%88%E3%80%80%E6%80%A5%E3%81%90%E4%BA%BA%E4%BA%BA%E3%80%80%E5%A4%A7%E9%83%BD%E4%BC%9AA.jpg

今朝(11月24日)の一枚

輝く実 樹身を飾り 初冬かな

 家の横にナナカマドの木があって、葉がすっかり散ってしまった後でも目を楽しませてくれる。特に、晴れた朝に、初冬の陽の光がナナカマドを輝かせる時間帯があり、この時はナナカマドが装身具をまとって立っているような趣である。

%E8%BC%9D%E3%81%8F%E5%AE%9F%E3%80%80%E6%A8%B9%E8%BA%AB%E3%82%92%E9%A3%BE%E3%82%8A%E3%80%80%E5%88%9D%E5%86%AC%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

菜洗神社境内の紅落葉

 菜洗神社は八紘学園の巨石庭園に隣接してある。鳥居と小さな祠のような社殿が狭い土地に配置されていて、注意を引くような神社ではない。しかし、この神社には見所がある。一つは、小さな社殿の前に無造作に置かれたような狛犬で、透かし彫りの施された渡道の名品である。もう一つは紅葉の季節の境内の景観である。散った紅葉が境内を埋め、境内横のイチイの巨木の下まで、紅色の落葉の絨毯を敷き詰める。狛犬の名品とこの期間限定の秋の景観は、都市の秘境と表現してよい。

名品の 狛犬かすみ 紅落葉(べにおちば)

%E5%90%8D%E5%93%81%E3%81%AE%E3%80%80%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%8B%E3%81%99%E3%81%BF%E3%80%80%E7%B4%85%E8%90%BD%E8%91%89A.jpg

イチイの木 樹肌目立ちて 紅飾り

%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%9C%A8%E3%80%80%E6%A8%B9%E8%82%8C%E7%9B%AE%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%A6%E3%80%80%E7%B4%85%E9%A3%BE%E3%82%8AA.jpg

2010年11月23日

獅子と牡丹の組み合わせの丘珠神社狛犬

 丘珠飛行場の近くの、苗穂丘珠通に面して境内がある。1882(明治15)年に作られた小祠が神社の始まりで、祭神は天照大神である。銅板引きの鳥居、狛犬、次に石造りの鳥居が並ぶ。阿形の狛犬の口元にむき出しの鋭い歯がリアルで、肉食恐竜のイメージである。献台の部分に花の絵が彫られている。狛犬を百獣の王獅子とすれば、対応する花は百花の王牡丹となる。獅子舞にも牡丹を探す獅子の演目があり、丘珠神社でも獅子舞が奉納される。

境内の 空横切りて 航空機

%E5%A2%83%E5%86%85%E3%81%AE%E3%80%80%E7%A9%BA%E6%A8%AA%E5%88%87%E3%82%8A%E3%81%A6%E3%80%80%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9FA.jpg

恐竜の 歯並ぶ獅子に 牡丹かな

%E6%81%90%E7%AB%9C%E3%81%AE%E3%80%80%E6%AD%AF%E4%B8%A6%E3%81%B6%E7%8D%85%E5%AD%90%E3%81%AB%E3%80%80%E7%89%A1%E4%B8%B9%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

今朝(11月23日)の一枚

赤けれど 寒気を増して ナナカマド

 都会の住宅街を流れる中の川は整備が進み、川と道路の間の狭い緑地にナナカマドが植栽されている。赤い房状の実だけになったナナカマドが、日の出前の冷えた大気の中にある。昨夜雨をもたらした雲の残りか、空は灰色で覆われている。

%E8%B5%A4%E3%81%91%E3%82%8C%E3%81%A9%E3%80%80%E5%AF%92%E6%B0%97%E3%82%92%E5%A2%97%E3%81%97%E3%81%A6%E3%80%80%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%83%89B.jpg

金属製の狛犬の居る穂多木神社

 社名が謎かけのような神社がある。穂多木と聞いて、最初は何からきた名前か思いもよらなかったけれど、今は無き、北海道拓殖銀行の行名から、「ほ=穂」、「た=多」、「ぎ(き)=木」の字を組み合わせている。したがって、祀ってあるのは同行の物故者である。北海道神宮の末社として、同境内に会社の神社を建てることができたほど、同行の影響力は強かった。銀行ということもあってか、狛犬は金属製で、経済力の誇示を感じるものである。

穂多木とは 行名秘めて 謎かけ名

%E7%A9%82%E5%A4%9A%E6%9C%A8%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%80%E8%A1%8C%E5%90%8D%E7%A7%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%80%80%E8%AC%8E%E3%81%8B%E3%81%91%E5%90%8DA.jpg

銀行が 出自の狛犬 金属製

%E9%8A%80%E8%A1%8C%E3%81%8C%E3%80%80%E5%87%BA%E8%87%AA%E3%81%AE%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%80%80%E9%87%91%E5%B1%9E%E8%A3%BDA.jpg

2010年11月22日

ようこそさっぽろ・花案内のブログ更新

 「ようこそさっぽろ」のサイトの花案内のコーナーの記事更新です。自分のブログなら、データがあれば即更新できますが、札幌市の公式ブログともなればチェックがあれこれと入って、原稿提出から2週間も後の公開では、案内の意図はずれ&時期はずれで、取材して書いた満足感がありません。

%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%9D%E3%81%95%E3%81%A3%E3%81%BD%E3%82%8D%E3%81%AE%E7%94%BB%E9%9D%A2A.jpg

今朝(11月22日)の一枚

気がつけば 茜(あかね)に染まり 窓の外

 今日は朝焼け空である。朝焼けの空は意外と変化が速い。外に出るために防寒などに手間取っていると、朝焼け色の最も印象的なところは消えている。茜色の空に気がついて、切り取る景色が限られるけれど、とりあえず窓からの撮影である。

%E6%B0%97%E3%81%8C%E3%81%A4%E3%81%91%E3%81%B0%E3%80%80%E8%8C%9C%EF%BC%88%E3%81%82%E3%81%8B%E3%81%AD%EF%BC%89%E3%81%AB%E6%9F%93%E3%81%BE%E3%82%8A%E3%80%80%E7%AA%93%E3%81%AE%E5%A4%96A.jpg

山鼻小学校の校木のカエデ並木

 米里行啓通に沿って、山鼻小学校の横にカエデ(楓)の並木がある。秋が深まると、見事な黄葉で、街の見所を作り出している。カエデは、1915(大正4)年同小学校の関係者が、京都嵐山からの苗木を植栽したものが、約1世紀を経て見事な大木の並木に成長し、同小学校の校木になっている。このカエデの葉は、道内で普通に見られるものより一回り小さく、幼児の掌の大きさである。並木から見る校舎には、開校132周年の文字があり、歴史のある小学校をカエデ並木が飾っている。

校木に カエデ育ちて 一世紀

%E6%A0%A1%E6%9C%A8%E3%81%AB%E3%80%80%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%83%87%E8%82%B2%E3%81%A1%E3%81%A6%E3%80%80%E4%B8%80%E4%B8%96%E7%B4%80A.jpg

山鼻を 飾る木の里 嵐山

%E5%B1%B1%E9%BC%BB%E3%82%92%E3%80%80%E9%A3%BE%E3%82%8B%E6%9C%A8%E3%81%AE%E9%87%8C%E3%80%80%E5%B5%90%E5%B1%B1A.jpg

2010年11月21日

玉を咥えた狛犬の居る苗穂神社

 苗穂の地名は、アイヌ語の「小さな沢」に由来する。神社の創建は1897(明治30)年で、札幌神社(現北海道神宮)から少彦名神の分霊を受けて祭神としている。境内は住宅街にあり、近くを環状通が走っている。鳥居が2基あり、その中間に狛犬が置かれている。典型的な狛犬姿には、玉を足で押える「玉取り」ポーズがある。これがまれに口で玉を咥えた形になったものがある。人間に遊んでもらって、投げたボールを咥えた格好に見えてくる。

苗穂の地 探し当てたり 千木(ちぎ)建屋

%E8%8B%97%E7%A9%82%E3%81%AE%E5%9C%B0%E3%80%80%E6%8E%A2%E3%81%97%E5%BD%93%E3%81%A6%E3%81%9F%E3%82%8A%E3%80%80%E5%8D%83%E6%9C%A8%EF%BC%88%E3%81%A1%E3%81%8E%EF%BC%89%E5%BB%BA%E5%B1%8BA.jpg

投げられた ボール咥(くわ)えて 得意なり

%E6%8A%95%E3%81%92%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%80%80%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%92%A5%EF%BC%88%E3%81%8F%E3%82%8F%EF%BC%89%E3%81%88%E3%81%A6%E3%80%80%E5%BE%97%E6%84%8F%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

今朝(11月21日)の一枚

約束は 晴れの一日 日の出かな

 朝の寒さが進むのと比例して、散歩の時間が少なくなっている。日の出の写真も窓越しの撮影である。葉を落とした木々が輪郭を作る山の端から、太陽が徐々に円形を完成させながら顔を出してくる朝は、日中の天気の良さを約束してくれる。

%E7%B4%84%E6%9D%9F%E3%81%AF%E3%80%80%E6%99%B4%E3%82%8C%E3%81%AE%E4%B8%80%E6%97%A5%E3%80%80%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%87%BA%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

狛犬の少ない北海道神宮

 起源は1869(明治2)年の明治天皇の詔(みことのり)で、翌年札幌神社として創祀された。祭神は大国魂神、大那牟遅神、少彦名神の開拓三神である。北海道神宮の名前になったのは1964(昭和39)年で、明治天皇も合祀している。北海道随一の大社であるにもかかわらず、神宮の狛犬は一対のみである。杉林で囲まれた表参道から外れたところにあり、札幌硬石製の白っぽい狛犬である。参詣者が広い境内で、この狛犬を目にすることはまずない。

七五三 杉の林で 宮参り

%E4%B8%83%E4%BA%94%E4%B8%89%E3%80%80%E6%9D%89%E3%81%AE%E6%9E%97%E3%81%A7%E3%80%80%E5%AE%AE%E5%8F%82%E3%82%8AA.jpg

硬石犬 威厳の貌(かお)で 大社なり

%E7%A1%AC%E7%9F%B3%E7%8A%AC%E3%80%80%E5%A8%81%E5%8E%B3%E3%81%AE%E8%B2%8C%EF%BC%88%E3%81%8B%E3%81%8A%EF%BC%89%E3%81%A7%E3%80%80%E5%A4%A7%E7%A4%BE%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

2010年11月20日

発寒神社の漫画の主人公のような白狛犬

 発寒神社は、JR発寒中央駅の横から北に延びる道路を挟んで、発寒小学校の向かいにあり、大きな鳥居が道路に面して建っている。この鳥居は本殿の正面に向いていないので、鳥居側は正面ではないのだろうけれど、道路の関係でこちらが境内の正面の雰囲気である。鳥居の横に狛犬が置かれている。制作年が平成17(2005)年の真新しいものである。白い花崗岩製で、手塚治虫の漫画「ジャングル大帝」の主人公の白ライオン・レオのようである。

神社横 鳥居が決めて 社の正面

%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E6%A8%AA%E3%80%80%E9%B3%A5%E5%B1%85%E3%81%8C%E6%B1%BA%E3%82%81%E3%81%A6%E3%80%80%E7%A4%BE%E3%81%AE%E6%AD%A3%E9%9D%A2A.jpg

漫画抜け 主人公居て 白ライオン

%E6%BC%AB%E7%94%BB%E6%8A%9C%E3%81%91%E3%80%80%E4%B8%BB%E4%BA%BA%E5%85%AC%E5%B1%85%E3%81%A6%E3%80%80%E7%99%BD%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3A.jpg

今朝(11月20日)の一枚

気になるは 天気の崩れ 焼けの空 

 今朝は朝焼けである。朝焼けの日は天気が崩れるとか耳にするけれど、この経験則は外れてほしいと思いながらの一日の始まりである。一日散歩切符を利用して、札幌近郊の神社の写真を撮りに行こうとしていて、なおさら晴れてほしい。

%E6%B0%97%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%AF%E3%80%80%E5%A4%A9%E6%B0%97%E3%81%AE%E5%B4%A9%E3%82%8C%E3%80%80%E7%84%BC%E3%81%91%E3%81%AE%E7%A9%BAA.jpg

石工名が刻まれた発寒神社の狛犬

 幕命で北海道開拓を命じられた移住者が、1856(安政3)年稲荷社を建立したのがこの神社の始まりで、祭神は豊受大神である。境内は函館本線の発寒中央駅の北側にある。社殿の正面は南向きで、函館本線に向いていて鳥居がある。この参道を挟んで、大耳を伸ばした特徴的な狛犬が鎮座している。狛犬の制作者の名前も刻印され、「札幌豊平町石工山崎岩吉」と読める。制作年は昭和3(1928)年である。狛犬の肌の線画の風車模様が印象的である。

正面が 裏参道の 気配なり

%E6%AD%A3%E9%9D%A2%E3%81%8C%E3%80%80%E8%A3%8F%E5%8F%82%E9%81%93%E3%81%AE%E3%80%80%E6%B0%97%E9%85%8D%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

風車(かざぐるま) 体に躍り 巻き毛なり

%E9%A2%A8%E8%BB%8A%EF%BC%88%E3%81%8B%E3%81%96%E3%81%90%E3%82%8B%E3%81%BE%EF%BC%89%E3%80%80%E4%BD%93%E3%81%AB%E8%BA%8D%E3%82%8A%E3%80%80%E5%B7%BB%E3%81%8D%E6%AF%9B%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

2010年11月19日

石匠作の狛犬が護る札幌護国神社

 中島公園内を流れる鴨々川の傍に境内が広がる。祭神は護国の神霊で、これまでの戦争の戦没者を祀ってある。1877(明治10)年の西南の役では、北海道から屯田兵が出兵しており、その戦病死者を祀ったのが神社の創祀で、以後日清、日露、太平洋戦争で斃れた兵士の霊が祭神となっている。社殿の前の門の両脇に置かれた狛犬は力強い造りで、阿形には「阿部獨海刻」が、吽形には「石匠中村」の文字が刻まれていて、石工達の名前なのだろう。

幾秋ぞ 斃れ護国の 神で居り

%E5%B9%BE%E7%A7%8B%E3%81%8B%E3%80%80%E6%96%83%E3%82%8C%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%80%80%E7%A5%9E%E3%81%A7%E5%B1%85%E3%82%8AA.jpg

護国では 石工も匠 刻字あり

%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%80%E7%9F%B3%E5%B7%A5%E3%82%82%E5%8C%A0%E3%80%80%E5%88%BB%E5%AD%97%E3%81%82%E3%82%8AA.jpg

今朝(11月19日)の一枚

氷点下 氷のレース お洒落なり 

 気温が下がると、大気中の水分が氷の結晶となって出現する。氷の結晶化のためにはきっかけになるものが必要で、枯葉の縁がその役目を果たしている。一度結晶が出来ると、そこを核として結晶が成長し、レースの縁取りに見えてくる。

%E6%B0%B7%E7%82%B9%E4%B8%8B%E3%80%80%E6%B0%B7%E3%81%AE%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%80%E3%81%8A%E6%B4%92%E8%90%BD%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

二名の石工の名前のある弥彦(伊夜日子)神社の狛犬

 新潟県からの入植者により、1912(明治45)年に新潟県の弥彦神社からの天之香具山命(あめのかぐやまのみこと)の分霊で創祀され、後に大宰府の天満宮からも菅原道真公の分霊を受け、祭神として祀るようになった。狛犬の盤台には大正13(1924)年の建立年と二名の石工、山崎鶴吉、武石新平の名前が刻まれている。この眼窩がくぼみ、耳を立てた貌の狛犬が札幌産狛犬の一つの流れを作っており、二人の石工はその源流に位置しているようである。

紅黄葉 朱塗りの鳥居 妍(けん)競い

%E7%B4%85%E9%BB%84%E8%91%89%E3%80%80%E6%9C%B1%E5%A1%97%E3%82%8A%E3%81%AE%E9%B3%A5%E5%B1%85%E3%80%80%E5%A6%8D%EF%BC%88%E3%81%91%E3%82%93%EF%BC%89%E7%AB%B6%E3%81%84A.jpg

力作に 石工(いしく)の二人 名を刻み

%E5%8A%9B%E4%BD%9C%E3%81%AB%E3%80%80%E7%9F%B3%E5%B7%A5%EF%BC%88%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%8F%EF%BC%89%E3%81%AE%E4%BA%8C%E4%BA%BA%E3%80%80%E5%90%8D%E3%82%92%E5%88%BB%E3%81%BFA.jpg

2010年11月18日

開拓期の空間が残る新琴似神社

 新琴似の地には1897(明治30)年屯田兵の第3中隊が入植し、これが同社の創祀につながっている。この第3中隊の中隊本部の建物は、境内に隣接して保存され、見学できる。中隊本部の周囲は、ほぼ開拓期の空間がそのまま残されていて、変貌する大都会札幌では珍しい。西5丁目樽川通に面して鳥居があり、鳥居から社殿まで長い参道が続く。社殿前の狛犬は、札幌で他にも目にするデザインのもので、耳と思われる部分を大きく強調している。

開拓期 有りし空間 今残り

%E9%96%8B%E6%8B%93%E6%9C%9F%E3%80%80%E6%9C%89%E3%82%8A%E3%81%97%E7%A9%BA%E9%96%93%E3%80%80%E4%BB%8A%E6%AE%8B%E3%82%8AA.jpg

大耳(おおみみ)を 伸ばす相貌 同種あり

%E3%81%9F%E3%81%A6%E3%81%8C%E3%81%BF%E3%82%92%E3%80%80%E8%B7%B3%E3%81%AD%E4%B8%8A%E3%81%92%E5%A7%BF%E3%80%80%E5%90%8C%E7%A8%AE%E3%81%82%E3%82%8AA.jpg

今朝(18日)の一枚

遂に見た 花名のいわれ シモバシラ(霜柱)

 シモバシラ(霜柱)と名前のついた花を山野草専門の園芸店から購入して庭に植えておいた。この花名は、霜ができる気温になると、茎を通して吸い上げられた水分が、零下の気温で凍りつき、茎を破って氷の塊を露出させことに由来している。

%E9%81%82%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%81%9F%E3%80%80%E8%8A%B1%E5%90%8D%E3%81%AE%E3%81%84%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%80%80%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%90%E3%82%B7%E3%83%A9%EF%BC%88%E9%9C%9C%E6%9F%B1%EF%BC%89B.jpg

菜洗神社の透かし彫りの名品

 菜洗神社は鳥居と社殿はあるものの、催事が行われている神社には見えない。「菜洗」は神社と共に千葉県からやって来ている。神社に隣接して、オンコの大木と巨石を集めた八紘学園の創始者栗林元二郎ゆかりの庭園がある。神社がここにあるのも、八紘学園との関係の線上にある。狭い境内に置かれた狛犬は、強調した巻き毛に透かし彫りの玉を配して見応えのあるものである。玉の内にさらに玉がある手の込んだもので、狛犬の名品である。

菜洗は 人に知られず 渡道名

%E8%8F%9C%E6%B4%97%E3%81%AF%E3%80%80%E4%BA%BA%E3%81%AB%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9A%E3%80%80%E6%B8%A1%E9%81%93%E5%90%8DA.jpg

名品は 巻き毛に玉の 透かし彫り

%E5%90%8D%E5%93%81%E3%81%AF%E3%80%80%E5%B7%BB%E3%81%8D%E6%AF%9B%E3%81%AB%E7%8E%89%E3%81%AE%E3%80%80%E9%80%8F%E3%81%8B%E3%81%97%E5%BD%AB%E3%82%8AA.jpg

新川皇大神社の猫がモデルのような狛犬

 西区と北区の境を流れる新川は、琴似川と琴似発寒川が合流した流れである。その合流点近くで川を跨ぐ西陵橋があり、橋の近くに神社がある。住宅街の一画にある境内は、緑がなく、催事を行う施設のみといった感じである。狛犬は奉納年が平成7(1995)年と記されていて、新しいものである。デザインは現代風なのか、身体の各部分の毛が簡略化されていて、牙は飛び出していても、犬(獅子)よりは猫をモデルにしているように見えてくる。

緑なく 住宅街に 催事場

%E7%B7%91%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%80%80%E4%BD%8F%E5%AE%85%E8%A1%97%E3%81%AB%E3%80%80%E5%82%AC%E4%BA%8B%E5%A0%B4A.jpg

牙あれど 猫がモデルか 現代犬

%E7%89%99%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%A9%E3%80%80%E7%8C%AB%E3%81%8C%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%8B%E3%80%80%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E7%8A%ACA.jpg

2010年11月17日

祥龍寺に同居する狛犬と仁王

 寺の境内で狛犬を見ることはないけれど、例外的にお寺の狛犬がいる。手稲区にある曹洞宗の古刹の祥龍寺には、狛犬が境内にいる。どうして狛犬がここにいるのかは聞いていないのでわからない。軟石に彫られた狛犬は、稚拙ともいえるけれど、反面味がある。献台に奉納年として大正6(1917)年7月と記されていて、御歳90歳を超している。同寺には立派な山門があり、木彫りの仁王像が安置され、狛犬に比べるとプロの手によるものである。

禅寺で 面(おもて)に出るは 弱気貌

%E7%A6%85%E5%AF%BA%E3%81%A7%E3%80%80%E9%9D%A2%EF%BC%88%E3%81%8A%E3%82%82%E3%81%A6%EF%BC%89%E3%81%AB%E5%87%BA%E3%82%8B%E3%81%AF%E3%80%80%E5%BC%B1%E6%B0%97%E8%B2%8CA.jpg

山門の 仁王すごんで 怒り顔

%E5%B1%B1%E9%96%80%E3%81%AE%E3%80%80%E4%BB%81%E7%8E%8B%E3%81%99%E3%81%94%E3%82%93%E3%81%A7%E3%80%80%E6%80%92%E3%82%8A%E9%A1%94A.jpg

今朝(17日)の一枚

寒菊は 耐寒性を 誇示し咲き

 花の影も無くなった庭に、寒菊が咲き残っている。夜の気温は既に氷点下になっているとも報道されていて、この寒さで咲いているとは、その耐寒性に改めて感じ入る。菊の花の先にホオズキの赤い実が、焦点はずれで写っている。

%E5%AF%92%E8%8F%8A%E3%81%AF%E3%80%80%E8%80%90%E5%AF%92%E6%80%A7%E3%81%AE%E3%80%80%E4%BA%8B%E4%BE%8B%E5%92%B2%E3%81%8DA.jpg

鎮守の森の面影の残る琴似神社

 開拓のための屯田兵村は、屯田兵の居住地と、パブリックな場所としての中隊本部(役場)、子弟の学校、神社が組み合わさっている。琴似神社の辺りは、そのパブリック空間が現在にもつながっていて、西区役所、琴似小学校がある。神社の周囲の鎮守の森の名残が境内にあり、木々が手入れされている。秋には紅黄葉が境内を飾っている。立派な社殿の近くに置かれた狛犬は、鳥居近くの一対と同じ系統の造りのようで、力強さが表現されている。

屯田の 偉業を伝え 大社なり

%E5%B1%AF%E7%94%B0%E3%81%AE%E3%80%80%E5%81%89%E6%A5%AD%E3%82%92%E4%BC%9D%E3%81%88%E3%80%80%E5%A4%A7%E7%A4%BE%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

狛犬が 見つめ続けて 紅黄葉

%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%8C%E3%80%80%E8%A6%8B%E3%81%A4%E3%82%81%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%81%A6%E3%80%80%E7%B4%85%E9%BB%84%E8%91%89A.jpg

屯田の歴史の記憶が残る琴似神社

 JR琴似駅から国道5号までの通りには「開拓の歴史のみち」の名前が付けられ、この道路に面して西区役所の向かいに琴似神社がある。この地に入った屯田兵は亘理(わたり)伊達家の藩士達で、1875(明治8)年、藩祖臥牛(がぎゅう)城主伊達籐五郎成実を祭った武早(たけはや)神社から始まっている。大きな神社で、鳥居の近くに一対の花崗岩製の狛犬が置かれていて、太い曲線を主体に構成した身体造形で、力強さの表現を試みている。

開拓の 歴史の道に 鳥居立ち

%E9%96%8B%E6%8B%93%E3%81%AE%E3%80%80%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AE%E9%81%93%E3%81%AB%E3%80%80%E9%B3%A5%E5%B1%85%E7%AB%8B%E3%81%A1A.jpg

太き線 力表現 体曲線

%E5%A4%AA%E3%81%8D%E7%B7%9A%E3%80%80%E5%8A%9B%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%80%80%E4%BD%93%E6%9B%B2%E7%B7%9AA.jpg

2010年11月16日

本格派の狛犬が護る手稲神社

 手稲神社の社殿は東向きにあり、朱塗りの鳥居が東側の参道の入口にあるので、ここが神社の正面になるのだろう。参道の入口の所に社務所があり、ご神木の福松(福待つ)の名の黒松がある。参道を登って行くと、せのび(世のび)石の身長を計る石板や、新しい狛犬がある。社殿の両脇には本格派の狛犬が置かれている。神明造りの社殿は立派で、内部の両脇の柱は龍が巻き付いた派手な装飾で、天井全面に種々の花の絵が描かれている。

社殿脇 護る狛犬 本格派

%E7%A4%BE%E6%AE%BF%E8%84%87%E3%80%80%E5%AE%88%E3%82%8B%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%80%80%E6%9C%AC%E6%A0%BC%E6%B4%BEA.jpg

外に獅子 花と龍あり 社殿内

%E7%A4%BE%E6%AE%BF%E5%86%85%E3%80%80%E8%8A%B1%E3%81%A8%E9%BE%8D%E3%81%82%E3%82%8A%E3%80%80%E7%8D%85%E5%AD%90%E3%81%AF%E5%A4%96A.jpg

今朝(11月16日)の一枚

落葉群れ おばけカボチャが 庭飾り

 庭に、拾ってきたお化けカボチャを置いてみた。草花が消えて殺風景になった庭の飾りとしては良いのだが、いずれは処分しなければならないので、少々面倒な気持ちにもなっている。落葉の上には白いものが見え、昨夜降った雪だろう。

%E8%90%BD%E8%91%89%E7%BE%A4%E3%82%8C%E3%80%80%E3%81%8A%E3%81%B0%E3%81%91%E3%82%AB%E3%83%9C%E3%83%81%E3%83%A3%E3%81%8C%E3%80%80%E5%BA%AD%E9%A3%BE%E3%82%8AA.jpg

首のない狛犬の居る手稲神社

 神社の境内はJR手稲駅と国道5号の中間にある。最初、札幌神社の遥拝所として創建され、1899(明治32)年手稲神社となっている。祭神は札幌神社、後の北海道神宮と同じ3神に、他の神を合祀している。鳥居が南側と東側にあり、南側の鳥居をくぐると、ずんぐりとした狛犬と顔を合わせる。狛犬は首が無く、貌が胴体に直接ついている。目はギョロ目で、大口を開け参詣者を脅かそうとしているのだろうが、その体型、風貌でおかしみがある。

遥拝所 この社の創祀 手稲の地

%E9%81%A5%E6%8B%9D%E6%89%80%E3%80%80%E3%81%93%E3%81%AE%E7%A4%BE%E3%81%AE%E5%89%B5%E7%A5%80%E3%80%80%E6%89%8B%E7%A8%B2%E3%81%AE%E5%9C%B0A.jpg

胴体に 首なき貌の 面白さ

%E8%83%B4%E4%BD%93%E3%81%AB%E3%80%80%E9%A6%96%E3%81%AA%E3%81%8D%E8%B2%8C%E3%81%AE%E3%80%80%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%95A.jpg

2010年11月15日

カウンターのぞろ目とアクセス10万回

 ブログに設定されているアクセス・カウンターがぞろ目になった時の画面をコピーしている。うまくいったり、しくじったりである。

 今回は9並びのぞろ目が出る画面をコピーしようと、パソコンの前で待機状態に入る。どうにか9のぞろ目の現れた画面を取り込むことができた。それがどうした、と言われると一言もないのだが、まあ突っ込みは無しということで。

%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC99999A.jpg

 9が5つぞろ目で並べは、カウンターの次の表示は100000となる。10万である。拙ブログも10万アクセスの大台に乗ったか。祝10万アクセスを大文字でブログに掲載したいところだけれど、文字を大きくする方法を知らない。

%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC100000A.jpg

 まったく関係のない話ではあるけれど、今日は旧暦で坂本龍馬の誕生日(天保6年11月15日(1836年1月3日))であり、命日(慶応3年11月15日( 1867年12月10日))でもある。

軟石利用が目立つ南線(みなみせん)神社

 神社自体は小規模ながら、社名が軟石に大きく彫込まれていて、由緒ありそうな神社である。鳥居の傍に石碑があり、「町村農場発祥之地」の文字が見える。札幌農学校二期生の町村金弥がこの地に牧場を開き、やはり札幌農学校を卒業した長男の敬貴が牧場を発展させ、その後江別に移っている。狛犬は比較的小ぶりで、社殿の両脇に控えている。狛犬も軟石作りで、阿犬は玉を取り、吽犬は子供を足元であやしている、典型的な相貌のものである。

軟石の 社名つながる 酪農史

%E8%BB%9F%E7%9F%B3%E3%81%AE%E3%80%80%E7%A4%BE%E5%90%8D%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%8B%E3%80%80%E9%85%AA%E8%BE%B2%E5%8F%B2A.jpg

小兵でも 風格ありて 軟石犬

%E5%B0%8F%E5%85%B5%E3%81%A7%E3%82%82%E3%80%80%E9%A2%A8%E6%A0%BC%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%A6%E3%80%80%E8%BB%9F%E7%9F%B3%E7%8A%ACA.jpg

今朝(11月15日)の一枚

試し撮り 明けの明星 東空

 寒くなって来ると、朝カメラを抱えて外に出るのが億劫になる。まだ薄暗い外に目をやると、東の空に明るい星が一つ見える。明けの明星といわれている金星である。窓越しに、手持ちの望遠レンズでうまく撮影できるものかと試し撮りである。

%E8%A9%A6%E3%81%97%E6%92%AE%E3%82%8A%E3%80%80%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%AE%E6%98%8E%E6%98%9F%E3%80%80%E6%9D%B1%E7%A9%BAB.jpg

蜂須賀公が祭られる雨竜神社

雨竜町の町史は、1891(明治22)年に公爵三条実美、侯爵蜂須賀茂韶、侯爵菊亭修季らが道庁より雨竜原野1億5千万坪の貸与で始められた華族農場に端を発している。この開拓の経緯で、雨竜神社の祭神には蜂須賀家政が加えられている。国道横の鳥居から入ると、長く続く参道を通って、手入れの行き届いた社殿に達する。二対の狛犬のうち、黒ずんだ石の一対の方の阿形の狛犬は、牙と歯がしっかりと彫り込まれていて、力の入った作である。

祭神に 華族農場 史を残し

%E7%A5%AD%E7%A5%9E%E3%81%AB%E3%80%80%E8%8F%AF%E6%97%8F%E8%BE%B2%E5%A0%B4%E3%80%80%E5%8F%B2%E3%82%92%E6%AE%8B%E3%81%97A.jpg

歯も揃い 元気な貌の 雨竜犬

%E6%AD%AF%E3%82%82%E6%8F%83%E3%81%84%E3%80%80%E5%85%83%E6%B0%97%E3%81%AA%E8%B2%8C%E3%81%AE%E3%80%80%E9%9B%A8%E7%AB%9C%E7%8A%ACA.jpg

「龍」の字が残る雨竜神社

 国道275号で雨竜町に入り、少し走ると道路脇に朱塗りの鮮やかな鳥居が見える。車を停めて石碑の社名を読むと雨龍神社である。地図では雨竜神社で、神社も町名も「竜」の字を当てている。この神社の参道は長く、鳥居の彼方にまた鳥居が見える。明治期の華族農場設立で、雨竜町には蜂須賀農場が創立された経緯があり、1898(明治29)年に設立された神社の境内は広いのかもしれない。狛犬は二対あって、二対とも力作の部類に入るだろう。

朱の鳥居 つられて認む 「龍」の文字

%E6%9C%B1%E3%81%AE%E9%B3%A5%E5%B1%85%E3%80%80%E3%81%A4%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A6%E8%AA%8D%E3%82%80%E3%80%80%E3%80%8C%E9%BE%8D%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%96%87%E5%AD%97A.jpg

シンプルな 造形生みて 力作なり

%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AB%E3%81%AA%E3%80%80%E9%80%A0%E5%BD%A2%E7%94%9F%E3%81%BF%E3%81%A6%E3%80%80%E5%8A%9B%E4%BD%9C%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

2010年11月14日

屯田兵が制作した江部乙神社の狛犬

 江部乙神社は、JR江部乙駅の横を通過し、ほぼ東西に走る道道564号沿いにある。訪れた時、氏子達であろうか、境内清掃を行っている。この神社が名前を知られているのは、境内のユニークな狛犬によっている。神社の境内にあるから狛犬と確認されるけれど、他の場所では、動物をモチーフにして想像を逞しくして創作された彫刻と思われるだろう。狛犬に「佐々原一夫」の作者名があり、この地に入植した屯田兵で、子孫は石材店を営んでいる。

氏子らの 清掃歴史 引き継がれ

%E6%B0%8F%E5%AD%90%E3%82%89%E3%81%AE%E3%80%80%E6%B8%85%E6%8E%83%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%80%80%E5%BC%95%E3%81%8D%E7%B6%99%E3%81%8C%E3%82%8CA.jpg

制作は モダン感覚 屯田兵

%E5%88%B6%E4%BD%9C%E3%81%AF%E3%80%80%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3%E6%84%9F%E8%A6%9A%E3%80%80%E5%B1%AF%E7%94%B0%E5%85%B5A.jpg

今朝(11月14日)の一枚

赤実房 雪の予感や ナナカマド

 朝日は隠れたままで、気温が低い。この冷え込みでは雪が近そうである。中の川沿いのナナカマドはすっかり葉を落とし、枝が赤い房状になった実でしなっている。食べ物が無くなった時季には、この実は野鳥の最後に残った餌になる。

%E8%B5%A4%E5%AE%9F%E6%88%BF%E3%80%80%E9%9B%AA%E3%81%AE%E4%BA%88%E6%84%9F%E3%82%84%E3%80%80%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%83%89A.jpg

珍しい社名の烈々布(れつれっぷ)神社

 社名にある、烈々布の地名には諸説があるようだ。アイヌ語で「プ」は川を意味するので、「レツレッ・プ」で川に関するアイヌ語が語源だろう、という解説を読んだ。この地名は現在ほとんど無くなって、神社名か丘珠川に架かる烈々布橋ぐらいにしか見ることはない。神社は丘珠空港通に面して、隣が栄小学校である。神社の始まりは1889(明治22)年に遡る。狛犬は彫りの深い貌で、あご鬚も豊かで、人でいえば外国人といった感じがする。

珍しき 名に桜見て 烈々布

%E7%8F%8D%E3%81%97%E3%81%8D%E3%80%80%E5%90%8D%E3%81%AB%E6%A1%9C%E8%A6%8B%E3%81%A6%E3%80%80%E7%83%88%E3%80%85%E5%B8%83A.jpg

彫深き 貌(かお)の連想 外国人

%E5%BD%AB%E6%B7%B1%E3%81%8D%E3%80%80%E8%B2%8C%EF%BC%88%E3%81%8B%E3%81%8A%EF%BC%89%E3%81%AE%E9%80%A3%E6%83%B3%E3%80%80%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BAA.jpg

稲荷像が鎮座する「豊川稲荷」札幌別院

 稲荷は神社に祭られているけれど、仏教にも関係する。東海地方豊川の地の曹洞宗円福山妙厳寺に祀られる守護神に従う神獣は白狐の稲荷である。同山開祖の寒厳禅師が宋から帰国する海上で、稲荷に乗った神に助けられたと伝えられている。札幌別院の石段を登った2階は社殿になっていて、内を覗くと稲荷像がある。阿吽の狛犬に似て、一方の狐は口を開け玉を咥え、片方は口を閉じている。社殿の1階部分は曹洞宗玉宝禅寺の祖院である。

社殿内 着飾る神獣 白狐

%E7%A4%BE%E6%AE%BF%E5%86%85%E3%80%80%E7%9D%80%E9%A3%BE%E3%82%8B%E7%A5%9E%E7%8D%A3%E3%80%80%E7%99%BD%E7%8B%90A.jpg

玉咥(くわ)え 阿の声出すか 稲荷像

%E7%8E%89%E5%92%A5%EF%BC%88%E3%81%8F%E3%82%8F%EF%BC%89%E3%81%88%E3%80%80%E9%98%BF%E3%81%AE%E5%A3%B0%E5%87%BA%E3%81%99%E3%81%8B%E3%80%80%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E5%83%8FA.jpg

2010年11月13日

ドングリ目の狛犬が控える新栄寺大師堂

 狛犬は神社の付属物かと思っていると、寺にも狛犬が置かれていたりする。成田山札幌別院新栄寺は北海道三十三観音霊場九番札所に指定されている大師堂があり、堂の前に狛犬が控えている。大師堂でお大師さんのブロンズの立像があり、狛犬はお大師さんを先導しているかのようである。狛犬は大きな目鼻と口で顔の造作が単純化されている。むき出した目で強面に作ろうとしたのに、ドングリ目になってしまい、厳めしさが消えたようである。

明王も 狛犬も居て 大師堂

%E6%98%8E%E7%8E%8B%E3%82%82%E3%80%80%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%82%82%E5%B1%85%E3%81%A6%E3%80%80%E5%A4%A7%E5%B8%AB%E5%A0%82A.jpg

ドングリ目 大師と同行(どうぎょう) 新栄寺

%E3%83%89%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E7%9B%AE%E3%80%80%E5%A4%A7%E5%B8%AB%E3%81%A8%E5%90%8C%E8%A1%8C%EF%BC%88%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%8E%E3%82%87%E3%81%86%EF%BC%89%E3%80%80%E6%96%B0%E6%A0%84%E5%AF%BAA.jpg

薬用植物園のセンニンソウの実

 毎年秋になると、北13条通のイチョウの黄葉を見るため構内に立ち寄り、各年の色づき具合の比較などをする。イチョウ並木に面して薬学部の建物があり、建物の裏手に同学部付属の薬用植物園がある。イチョウ並木を見に訪れた市民が、ここまで足を運ぶことはまずないだろう。その薬用植物園のフェンスのところに面白い形をした実がある。センニンソウの実のようである。構内の黄葉も見事であるけれど、秋の植物の見どころは小さな実にもあり、黄葉をバックに写真を撮ってみる。

薬用の 植物の実か フェンス埋め

%E8%96%AC%E7%94%A8%E3%81%AE%E3%80%80%E6%A4%8D%E7%89%A9%E3%81%AE%E5%AE%9F%E3%81%8B%E3%80%80%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B9%E5%9F%8B%E3%82%81A.jpg

秋を撮り センニンソウの 実が躍り

%E7%A7%8B%E3%82%92%E6%92%AE%E3%82%8A%E3%80%80%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%81%AE%E3%80%80%E5%AE%9F%E3%81%8C%E8%BA%8D%E3%82%8AA.jpg

散り残る 葉を輝かせ 朝日かな

 朝日が、八重桜の枝に残った葉を輝かせている。春にこぼれんばかりの花を付け、秋には黄葉を楽しませてくれたこの木も、冬の入口では枝に残る葉も数えるほどである。今朝も外は寒そうで、室内の窓から散り残った葉を撮ってみる。

%E6%95%A3%E3%82%8A%E6%AE%8B%E3%82%8B%E3%80%80%E8%91%89%E3%82%92%E8%BC%9D%E3%81%8B%E3%81%9B%E3%80%80%E6%9C%9D%E6%97%A5%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

新品然とした三里塚神社と狛犬

 美しが丘地区を貫く国道36号に面して大きな鳥居があるけれど、境内と社殿は国道からかなり入ったところにある。鳥居が国道脇の市有地にあるため、厳密には公共の土地を宗教施設が使用していることになり、問題点が指摘された新聞記事を読んだことがある。1896(明治28)年に旧地名三里塚に創建されたものが、現在の場所に移されていて、社殿も狛犬も新品然としている。狛犬は開いた口や目鼻の朱塗りが鮮やかで、化粧直後の感じである。

旧地名 社名に残り 三里塚

%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%8C%E3%80%80%E6%96%B0%E7%A4%BE%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8A%E3%80%80%E4%BD%8F%E5%AE%85%E5%9C%B0A.jpg

狛犬の 口内化粧 朱の目立ち

%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%AE%E3%80%80%E5%8F%A3%E5%86%85%E5%8C%96%E7%B2%A7%E3%80%80%E8%B5%A4%E7%9B%AE%E7%AB%8B%E3%81%A1A.jpg

2010年11月12日

新栄寺の愛染明王を守る狛犬

 ススキノのはずれにある成田山札幌別院新栄寺の境内に愛染明王の像が安置されていて、狛犬が明王像を守るように両脇に控えている。この石像の傍らに、札幌染洗工業組合による愛染明王の説明板がある。真言密教において、愛欲を司る仏身で、特に水商売に関わる人たちの信仰を集めるとのことである。歓楽街ススキノに置かれている理由も十分である。名前の響きから染物関係者の信仰も集めていることから、染洗工業組合の名前が出てくる。

愛欲を 司る仏身 憤怒顔

%E6%84%9B%E6%AC%B2%E3%82%92%E3%80%80%E5%8F%B8%E3%82%8B%E4%BB%8F%E8%BA%AB%E3%80%80%E6%86%A4%E6%80%92%E9%A1%94A.jpg

身を伸ばし イチョウの大木(おおき)に 並びたり

%E8%A6%8B%E7%BF%92%E3%81%86%E3%81%AF%E3%80%80%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6%E5%A4%A7%E6%9C%A8%E3%80%80%E8%BA%AB%E3%82%92%E4%BC%B8%E3%81%B0%E3%81%97A.jpg

今朝(11月12日)の一枚

街灯の またたき残り 曇り空

 窓の外に東の空が赤くなって来たのでカメラを持って外に出てみる。室内から急に外に出たせいか、外気温がかなり低く感じられる。下の方に見える街の灯はまだ灯っているのが見える。朝焼けも少しばかりで、今日も朝から曇り空である。

%E8%A1%97%E7%81%AF%E3%81%AE%E3%80%80%E3%81%BE%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%81%8D%E6%AE%8B%E3%82%8A%E3%80%80%E6%9B%87%E3%82%8A%E7%A9%BAA.jpg

古民家レストランの紅黄葉

 北大の南門近くに古い木造の家が並んでいる。その一つがレストランになっている。店の経営者は時々変わるようで、店名から中華料理だったり和風料理だったりする。最近新しくしたらしい門燈には「ぶあいそ」の文字がある。レストランで無愛想とは意表をつくネーミングと思うけれど、これは「武相荘」という由緒ある名前からきているらしい。後で調べると、もつ鍋料理の店のようである。この古民家の庭の紅黄葉が見事で、店名は変わっても木は毎年見事な色を見せてくれる。

「ぶあいそ」の 文字の門燈 黄葉(きば)照らし

%E3%80%8C%E3%81%B6%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%9D%E3%80%8D%E3%81%AE%E3%80%80%E6%96%87%E5%AD%97%E3%81%AE%E9%96%80%E7%87%88%E3%80%80%E9%BB%84%E8%91%89%EF%BC%88%E3%81%8D%E3%81%B0%EF%BC%89%E7%85%A7%E3%82%89%E3%81%97A.jpg

古民家と 紅葉貸りて レストラン

%E5%8F%A4%E6%B0%91%E5%AE%B6%E3%81%A8%E3%80%80%E7%B4%85%E8%91%89%E8%B2%B8%E3%82%8A%E3%81%A6%E3%80%80%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3A.jpg

紅黄葉の見事な西野神社

 境内が西区平和の手稲右股通に面してあり、近くを琴似発寒川が流れている。氏子は平和、福井、西野の各地区にまたがっていて、大きな神社である。神社は1885(明治18)年の小祠が始まりで、豊玉姫命を主祭神として他に2神を祭ってある。境内は整備が行き届いていて、大木があり、紅葉が見事である。狛犬の方は年季物で、石肌の模様が消えたり、傷が入っていたりしている。吽型の狛犬にいたっては、鼻がそげ落ちている。参拝客の人影のない境内で、あちらこちらと撮ってみた。

人の無き 社殿を飾り 紅黄葉

%E4%BA%BA%E3%81%AE%E7%84%A1%E3%81%8D%E3%80%80%E7%A4%BE%E6%AE%BF%E3%82%92%E9%A3%BE%E3%82%8A%E3%80%80%E7%B4%85%E9%BB%84%E8%91%89A.jpg

吽犬(うんけん)の 鼻のそげ落ち 年季物

%E5%90%BD%E7%8A%AC%EF%BC%88%E3%81%86%E3%82%93%E3%81%91%E3%82%93%EF%BC%89%E3%81%AE%E3%80%80%E9%BC%BB%E3%81%AE%E3%81%9D%E3%81%92%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%80%80%E5%B9%B4%E5%AD%A3%E7%89%A9A.jpg

2010年11月11日

棘を従えたハリギリ(針桐)の冬芽

 ハリギリは高木で、成木の幹の樹皮は堅い襞で覆われている。これが若木になると、幹は滑らかで、所々に鋭い棘がある。針桐の名前はこの棘によっている。別名にセンノキ(栓の木)がある。冬に向かって、若木の幹に付いている葉の葉柄の部分が落ちると、そこに冬芽となる部分が顔を出す。出来たての冬芽はまだ緑色が残っていて、その部分は棘で守られるようにしてある。冬が進行するにつれて、丈夫な外皮で覆われた冬芽になり、冬芽が頭で棘が両腕を広げたように見えてくる。

葉の落ちて 顔出す冬芽 棘守り

%E8%91%89%E3%81%AE%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%81%A6%E3%80%80%E9%A1%94%E5%87%BA%E3%81%99%E5%86%AC%E8%8A%BD%E3%80%80%E6%A3%98%E5%AE%88%E3%82%8AA.jpg

両腕の 棘を広げて 冬芽かな

%E4%B8%A1%E8%85%95%E3%81%AE%E3%80%80%E6%A3%98%E3%82%92%E5%BA%83%E3%81%92%E3%81%A6%E3%80%80%E5%86%AC%E8%8A%BD%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

草地に囲まれた山口神社

 手稲山口の地名は、開拓期に山口県からの入植者があったことによっている。神社は道央新道に沿ってあり、道路に面した朱塗りの鳥居からかなり奥まったところに社殿がある。境内といっても草地が広がるだけで、大木とか、古い石碑のようなものはない。狛犬が置かれていて、境内の体裁をかろうじて保っているといった感じである。神社は1885(明治18)年の遥拝所に始まっていて、天照大神と豊受大神を祭ってある。狛犬は、社格が昇格した記念に1943(昭和18)年に奉納されている。

狛犬が 建屋社殿と 教えたり

%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%8C%E3%80%80%E5%BB%BA%E5%B1%8B%E7%A4%BE%E6%AE%BF%E3%81%A8%E3%80%80%E6%95%99%E3%81%88%E3%81%9F%E3%82%8AA.jpg

守備範囲 見通しの効く 平地なり

%E5%AE%88%E5%82%99%E7%AF%84%E5%9B%B2%E3%80%80%E8%A6%8B%E9%80%9A%E3%81%97%E3%81%AE%E5%8A%B9%E3%81%8F%E3%80%80%E5%B9%B3%E5%9C%B0%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

今朝(11月11日)の一枚

雨打たれ 寝るホオズキの 実の赤さ  

 昨日は強い雨が続いて、庭のホオズキが寝てしまっている。ホオズキを切り取って室内の飾りにすることもできるけれど、それも最終的には捨ててしまうことになる。朽ちるまでの間に目を楽しませてもらい、庭で朽ちるのを見守っている。

%E9%9B%A8%E6%89%93%E3%81%9F%E3%82%8C%E3%80%80%E5%AF%9D%E3%82%8B%E3%83%9B%E3%82%AA%E3%82%BA%E3%82%AD%E3%81%AE%E3%80%80%E5%AE%9F%E3%81%AE%E8%B5%A4%E3%81%95A.jpg

上手稲神社のご神木のイチョウ

 上手稲神社は小高いところにある。境内の下の西野屯田通から石段か坂の参道を登ると、見晴らしの良い境内に達する。小さな神明造の社殿から離れて、イチョウの古木がある。太い幹にしめ縄が巻かれていて御神木である。ご神木の移植の簡単な説明板があるだけで、ご神木のデータがないので古いイチョウの大木としかいいようがない。移植時に枝を大幅に切断したらしく、幹が目立つ御神木である。新しく寄進されて狛犬がご神木をバックに配置され、景観がアンバランスである。

移植時の 姿を残し 御神木

%E7%A7%BB%E6%A4%8D%E6%99%82%E3%81%AE%E3%80%80%E5%A7%BF%E3%82%92%E6%AE%8B%E3%81%97%E3%80%80%E5%BE%A1%E7%A5%9E%E6%9C%A8A.jpg

狛犬と 銀杏が見せて 新旧比

%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%A8%E3%80%80%E9%8A%80%E6%9D%8F%E3%81%8C%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%81%A6%E3%80%80%E6%96%B0%E6%97%A7%E6%AF%94A.jpg

2010年11月10日

五角柱のある江南神社

 北区屯田地区の東15丁目屯田通に面して、屯田開拓顕彰広場がある。腕を空に向かって挙げている屯田兵や馬の銅像がある。この広場に接して、江南神社の境内がある。この地に入植した屯田兵とその家族が氏子になった神社である。境内には珍しい5角柱があり、5祭神の名前が刻まれている。狛犬は造形が稚拙な感じの反面、親しみの持てる風貌である。吽像は鼻が一部欠けていて、痛みのせいか、口をへの字に閉じているように見える。

狛犬と 同じ素材か 五角柱

%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%A8%E3%80%80%E5%90%8C%E3%81%98%E7%B4%A0%E6%9D%90%E3%81%8B%E3%80%80%E4%BA%94%E8%A7%92%E6%9F%B1A.jpg

鼻欠けて 痛さ堪(こら)えて への字口

%E9%BC%BB%E6%AC%A0%E3%81%91%E3%81%A6%E3%80%80%E7%97%9B%E3%81%95%E5%A0%AA%EF%BC%88%E3%81%93%E3%82%89%EF%BC%89%E3%81%88%E3%81%A6%E3%80%80%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%AD%97%E5%8F%A3A.jpg

狛犬が一番前で見張る札幌村神社

 歴史の車の回りかたでは、現在の札幌市の中心部になっていたかもしれないかつての札幌村に1899(明治32)年に創立された神社である。村の名前を採って、札幌神社の社名を申請したところ、北海道神宮の前身の札幌神社と同名になることから許可されず、社名に「村」の一字を加えている。祭神は、明治天皇を除けば、北海道神宮のものと同じである。狛犬は鳥居の前に控えていて、境内の一番前で見張りをしている番犬のようにも見える。

狛犬は 神社番犬 道路脇

%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%81%AF%E3%80%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E7%95%AA%E7%8A%AC%E3%80%80%E9%81%93%E8%B7%AF%E8%84%87A.jpg

口ひげに カールの見えて お洒落犬

%E5%8F%A3%E3%81%B2%E3%81%92%E3%81%AB%E3%80%80%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E8%A6%8B%E3%81%88%E3%81%A6%E3%80%80%E3%81%8A%E6%B4%92%E8%90%BD%E7%8A%ACA.jpg

メインストリート沿いの紅葉

 北大のメインストリートは、北8条のクラーク会館から北18条のエルムトンネルの上までの、南北に延びる長さ約1300mの通りである。通りの丁目はついていないけれど、西8丁目通に対応する。北大の13条通のイチョウ並木は札幌の秋の景観として有名になっていて、並木は西5丁目通からこのメインストリートまでの東西約350mの距離である。メインストリートは並木にはなっていないけれど、紅葉の季節にはこの通りの紅黄葉は古河記念講堂などの建物と重なり、見応えがある。

散る前に 講堂飾る 一仕事

%E6%95%A3%E3%82%8B%E5%89%8D%E3%81%AB%E3%80%80%E8%AC%9B%E5%A0%82%E9%A3%BE%E3%82%8B%E3%80%80%E4%B8%80%E4%BB%95%E4%BA%8BA.jpg

新建屋 黄葉木に 小雨空

%E6%96%B0%E5%BB%BA%E5%B1%8B%E3%80%80%E9%BB%84%E8%91%89%E6%9C%A8%E3%81%AB%E3%80%80%E5%B0%8F%E9%9B%A8%E7%A9%BAA.jpg

今朝(11月10日)の一枚

大移動 枝から地面 木の葉かな

 朝から冷たい雨である。昨夜か続く風雨で、落葉が芝生を覆っている。ソメイヨシノの桜の葉が枝に少し残るだけで、紅黄色は庭木から消えている。季節が進行すれば、落葉に代わって白い絨毯が庭を埋め、庭の情景は一変する。

%E5%A4%A7%E7%A7%BB%E5%8B%95%E3%80%80%E6%9E%9D%E3%81%8B%E3%82%89%E5%9C%B0%E9%9D%A2%E3%80%80%E6%9C%A8%E3%81%AE%E8%91%89%E3%81%8B%E3%81%AAA.jpg

稲荷の代わりに狛犬の居る星野稲荷神社

 小樽市と札幌市の市境界の小樽市星野町にある神社で、国道5号から少し南に入ったところの小高いところに境内がある。神社の始まりは1897(明治30)年で、祭神は豊受稲荷大神であるので稲荷神社である。稲荷神社でも稲荷(狐)像はなく、狛犬が置かれている。境内面積は1400坪と広く、鳥居は立派なのだが、神社は小屋のような鞘堂の中にある。狛犬の方は1938(昭和13)年に奉納されていて年季物のようで、石の表面の粗さが目立つ。参道や境内は落葉で埋め尽くされていた。

鞘堂が 銅張り鳥居 彼方見え

%E9%9E%98%E5%A0%82%E3%81%8C%E3%80%80%E9%8A%85%E5%BC%B5%E3%82%8A%E9%B3%A5%E5%B1%85%E3%80%80%E5%BD%BC%E6%96%B9%E8%A6%8B%E3%81%88A.jpg

年を経て 稲荷狛犬 肌の荒れ

%E5%B9%B4%E3%82%92%E7%B5%8C%E3%81%A6%E3%80%80%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E3%80%80%E8%82%8C%E3%81%AE%E8%8D%92%E3%82%8CA.jpg

2010年11月09日

紅葉が足を向かせる南門

 北大の南門はいつも閉まっていて開かずの門である。道庁から真っすぐ北に延びる西6丁目通が北大のキャンパスに突き当たるところに南門があり、道庁と北大で分断されるこの道路に車の流れは少ない。徒歩か自転車であれば、南門の通用門を通り抜けることができる。南門に向って歩いてくると、構内の紅葉が遠目にも見事である。南門の表札も入れ、通用門からこの紅葉を撮ってみる。表札横に揮毫者の名前が記されていて、法学者の第11代学長今村成和(しげかず)の名前がある。

開(あ)かず門 通用門で 紅葉(もみじ)撮り

%E9%96%8B%EF%BC%88%E3%81%82%EF%BC%89%E3%81%8B%E3%81%9A%E9%96%80%E3%80%80%E9%80%9A%E7%94%A8%E9%96%80%E3%81%A7%E3%80%80%E7%B4%85%E8%91%89%EF%BC%88%E3%82%82%E3%81%BF%E3%81%98%EF%BC%89%E6%92%AE%E3%82%8AA.jpg

紅葉に 席を譲りて エルム園

%E7%B4%85%E8%91%89%E3%81%AB%E3%80%80%E5%B8%AD%E3%82%92%E8%AD%B2%E3%82%8A%E3%81%A6%E3%80%80%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%A0%E5%9C%92A.jpg

今朝(11月9日)の一枚

ルピナスは 昨夜の雨の 記録帳

 ルピナスの葉は雨滴が溜まりやすい構造である。花の盛りには、立ち藤の別名がある通り花茎が真っすぐに立ち上がり、マメ科特有の藤の花に似た花をたくさんつける。庭の花も終わり、茎は刈り取られて残った葉に、昨夜の雨の跡が見える。

%E3%83%AB%E3%83%94%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%81%AF%E3%80%80%E6%98%A8%E5%A4%9C%E3%81%AE%E9%9B%A8%E3%81%AE%E3%80%80%E8%A8%98%E9%8C%B2%E5%B8%B3A.jpg

見晴らし抜群の星置神社

 国道5号から星置通が分かれる交差点の南側の小高いところに、星置神社の境内がある。かなり急な石段を登って鳥居のある場所に出る。ここから真っすぐ北に延びる星置通と星置の市街地を見下ろすことができ、見晴らしは抜群である。星置の地は、最初広島県佐伯郡、後に山口県、富山県、青森県からの入植者により開拓が進められ、神社の始まりは1887(明治20)年である。本殿は小さいけれど、両脇に控える狛犬は大きい。吽型の雌狛犬の子供の狛犬も母親と同じく口を閉じている。

星置の 街が広がり 鳥居下

%E6%98%9F%E7%BD%AE%E3%81%AE%E3%80%80%E8%A1%97%E3%81%8C%E5%BA%83%E3%81%8C%E3%82%8A%E3%80%80%E9%B3%A5%E5%B1%85%E4%B8%8BA.jpg

親子とも 口を閉じたり 吽型犬

%E8%A6%AA%E5%AD%90%E3%81%A8%E3%82%82%E3%80%80%E5%8F%A3%E3%82%92%E9%96%89%E3%81%98%E3%81%9F%E3%82%8A%E3%80%80%E5%90%BD%E5%9E%8B%E7%8A%ACA.jpg

2010年11月08日

新旧の狛犬が並ぶ上手稲神社

 神社は西野屯田通に面して、小高いところにあり、背後に宮丘公園が広がっている。1876(明治9)年に創建され、祭神は最初須佐之男命、後に天照大神を合祀している。神明造の社殿の両脇に古い狛犬が鎮座している。社殿の前庭には、西区の大手製菓会社寄贈の新しい狛犬が配置されている。新旧の狛犬を比べると、阿吽の像で雌雄が逆になっている。古いものは阿型が子犬をあやしている雌であるのに対して、新しいものは吽型の足元に子犬が居る。対の狛犬の足元には玉がある。

新旧の 狛犬並び 上手稲

%E6%96%B0%E6%97%A7%E3%81%AE%E3%80%80%E7%8B%9B%E7%8A%AC%E4%B8%A6%E3%81%B3%E3%80%80%E4%B8%8A%E6%89%8B%E7%A8%B2A.jpg

雌阿犬(めすあけん) 子犬をあやし 威嚇顔

%E9%9B%8C%E9%98%BF%E7%8A%AC%EF%BC%88%E3%82%81%E3%81%99%E3%81%82%E3%81%91%E3%82%93%EF%BC%89%E3%80%80%E5%AD%90%E7%8A%AC%E3%82%92%E3%81%82%E3%82%84%E3%81%97%E3%80%80%E5%A8%81%E5%9A%87%E9%A1%94A.jpg

今朝(11月8日)の一枚

庭の菊 色もそこそこ 曇り空

 晩秋で庭の花も多くは姿を消して、残っているのは菊の花である。曇り空で、晴れた日に見られる花の色の輝きは消えている。それでも菊は秋を代表する色の一つで、色の存在感がある。曇り空ではあるけれど、風のない朝である。

%E5%BA%AD%E3%81%AE%E8%8F%8A%E3%80%80%E8%89%B2%E3%82%82%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%9D%E3%81%93%E3%80%80%E6%9B%87%E3%82%8A%E7%A9%BAA.jpg

オニグルミの葉痕が顔を出す季節

 冬が近づき、葉や葉柄が幹から落ちると痕が顔を出す。葉痕である。この葉痕は動物の顔に似ていたりして、見たり写真に撮ると面白い。葉痕のうちでもオニグルミのものが一番秀逸である。晩秋で葉が落ちる時季には、オニグルミの葉痕も出来たてで、形が整っていない。角度によっては人の顔のようにも見えてくる。葉痕は葉がすっかり落ちて、雪が積もる時季になると、形も整ってくる。冬芽がしっかり伸びてくると葉痕と一緒になり、オニグルミには成長した猿の顔が並んでくる。

葉柄の 落ちて顔出す 子猿顔

%E8%91%89%E6%9F%84%E3%81%AE%E3%80%80%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%81%A6%E9%A1%94%E5%87%BA%E3%81%99%E3%80%80%E5%AD%90%E7%8C%BF%E9%A1%94A.jpg

口を開け 話す人かと オニグルミ

%E5%8F%A3%E3%82%92%E9%96%8B%E3%81%91%E3%80%80%E8%A9%B1%E3%81%99%E4%BA%BA%E3%81%8B%E3%81%A8%E3%80%80%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%9FA.jpg

2010年11月07日

謎の社殿の平岸天満宮

 神社は天神山緑地に接していて、平岸通に面して参道がある。参道の坂の入口のところに平岸天満宮と三吉神社の碑が左右にあり、祭神がそれぞれ三吉霊神と菅原道真である。天満宮の方が先に創建されていて、1903(明治36)年に始まっている。本殿から飛び出でた入口部分は、前につんのめったような傾斜の屋根になっていて、どうしてこの角度なのか謎である。阿型の狛犬の方は、これ以上は開かないだろうと思われる大口で、口に顔の他の造作がついている感じの造りである。

社殿口 屋根の傾き 不思議なり

%E7%A4%BE%E6%AE%BF%E5%8F%A3%E3%80%80%E5%B1%8B%E6%A0%B9%E3%81%AE%E5%82%BE%E3%81%8D%E3%80%80%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

大口に 目鼻がついて 道真犬

%E5%A4%A7%E5%8F%A3%E3%81%AB%E3%80%80%E7%9B%AE%E9%BC%BB%E3%81%8C%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%80%E9%81%93%E7%9C%9F%E7%8A%ACA.jpg

今朝(11月7日)の一枚

暖かき 秋に遅れる 紅葉(もみじ)かな

 今年(2010年)は夏の猛暑で海水温が高くなり、その影響で秋の冷え込みが遅れて、紅葉も例年より遅くなっている。この新聞の記事が目に留まった日は、11月も1週間過ぎていて、自宅の庭をはじめ、近所の紅葉の見ごろが続いている。

%E6%9A%96%E3%81%8B%E3%81%8D%E3%80%80%E7%A7%8B%E3%81%AB%E9%81%85%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%80%E7%B4%85%E8%91%89%EF%BC%88%E3%82%82%E3%81%BF%E3%81%98%EF%BC%89%E3%81%8B%E3%81%AAB.jpg

工学部前のイチョウの黄葉

 毎年黄葉の季節は北大の13条通のイチョウ並木が気になる。今年(2010年)は、イチョウ並木の黄葉の最も見ごろな時を逃してしまって、加えて曇り空では写真を撮るのも今一気分が乗らない。それでも並木の端から道路を渡った工学部前のイチョウを撮ってみる。イチョウの木の向こうの工学部の玄関のところに幕が張られている。「祝 鈴木章名誉教授 ノーベル化学賞受賞おめでとうございます」の文字が読める。今年のイチョウの黄葉は、鈴木先生の受賞を祝っているように見える。

曇り空 黄葉くすみ 工学部

%E6%9B%87%E3%82%8A%E7%A9%BA%E3%80%80%E9%BB%84%E8%91%89%E3%81%8F%E3%81%99%E3%81%BF%E3%80%80%E5%B7%A5%E5%AD%A6%E9%83%A8A.jpg

黄葉の 彼方祝賀の ノーベル賞

%E9%BB%84%E8%91%89%E3%81%AE%E3%80%80%E5%BD%BC%E6%96%B9%E7%A5%9D%E8%B3%80%E3%81%AE%E3%80%80%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9EA.jpg

旧永山武四郎邸の母子像

 永山武四郎は薩摩の人で、北海道長官、第7師団長、貴族院議員を務めていて、屯田兵の父の呼び名もある。武四郎の旧邸宅が永山公園内に保存されていて、自由に見学できる。木造の屋敷の玄関の上がり部分に、石膏の母子像がある。制作者や作品名がなく、どうして軍人の邸宅に、母子像があるのかわからない。母親の方は子供を抱く上半身が裸で、これも軍人の旧邸宅には場違いな感じである。母子像の向こうの壁に、軍服姿のこの屋敷の主の写真があって、こちらを見ている。

場違いは 軍人屋敷 母子の像

%E5%A0%B4%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%AF%E3%80%80%E8%BB%8D%E4%BA%BA%E5%B1%8B%E6%95%B7%E3%80%80%E6%AF%8D%E5%AD%90%E3%81%AE%E5%83%8FA.jpg

母子像を 見る人のいて 武四郎

%E6%AF%8D%E5%AD%90%E5%83%8F%E3%82%92%E3%80%80%E8%A6%8B%E3%82%8B%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%84%E3%81%A6%E3%80%80%E6%AD%A6%E5%9B%9B%E9%83%8EA.jpg

2010年11月06日

今朝(11月6日)の庭の紅葉

 久しぶりに晴れた朝で、庭の紅葉が輝いているので、撮ってみる。朝日の射す時間帯が、紅葉の色が一番冴える。それにしても、11月に入ってもう6日を数える。

%E5%BA%AD%E3%81%AE%E7%B4%85%E8%91%891%E3%83%BB10%E3%83%BB11%E3%83%BB06B.jpg

 紅葉を眺めて、写真を撮っている分にはよいのだが、道路に面した紅葉は落ち葉が道路に散乱し、これは所有者の責任で掃除をせねばならず、仕事が増える。落ち葉は一度には片付かなくて、毎日落ちてくるので、下手すると毎日道路掃除である。それをブログ子がするのか、との突っ込みはご勘弁を。

%E5%BA%AD%E3%81%AE%E7%B4%85%E8%91%892%E3%83%BB10%E3%83%BB11%E3%83%BB06B.jpg

社殿の新しい相馬神社

 相馬神社は天神山緑地の一番高いところにある。天神山と山の呼び名があるけれど、標高85mの小高い丘である。神社は岩手県水沢伊達家からの入植者によって、札幌神宮の遥拝所として創建されている。社殿は2007年に、創建100周年記念事業として改修されて新しくなっている。新しい社殿を年季の入った狛犬が見守っている。阿型の狛犬は、歯が抜けているわけではないけれど、歯の無い口を開けているようで、カールしたような鬣(たてがみ)と相まって厳めしさからほど遠い。

新しき 社殿の色は 秋の色

%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%8D%E3%80%80%E7%A4%BE%E6%AE%BF%E3%81%AE%E8%89%B2%E3%81%AF%E3%80%80%E7%A7%8B%E3%81%AE%E8%89%B2A.jpg

年を経て 厳めしさ消え 相馬犬

%E5%B9%B4%E3%82%92%E7%B5%8C%E3%81%A6%E3%80%80%E5%8E%B3%E3%82%81%E3%81%97%E3%81%95%E6%B6%88%E3%81%88%E3%80%80%E7%9B%B8%E9%A6%AC%E7%8A%ACA.jpg

紅葉の映る林檎園日記碑

 天神山緑地には、かつて平岸の地でのリンゴ栽培を記念するため、リンゴに因んだ歌碑と文学碑がある。歌碑の方は石川啄木のもので、啄木が想いを寄せた橘智恵子を詠んだ歌「石狩の都の外の 君が家 林檎の花の散りてやあらむ」が刻まれている。文学碑は、久保栄の戯曲「林檎園日記」で、その第二幕の冒頭の一節が彫られている。久保には「火山灰地帯」の代表作がある。文学碑の御影石の表面に天神山の紅葉が映り込んでいて、リンゴの木ではないけれど、文学碑を引き立てている。

紅葉が 碑面も見よと 文学碑

%E7%B4%85%E8%91%89%E3%81%8C%E3%80%80%E7%A2%91%E9%9D%A2%E3%82%82%E8%A6%8B%E3%82%88%E3%81%A8%E3%80%80%E6%96%87%E5%AD%A6%E7%A2%91A.jpg

石鏡 紅葉映し 天神山

%E7%9F%B3%E9%8F%A1%E3%80%80%E7%B4%85%E8%91%89%E6%98%A0%E3%81%97%E3%80%80%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E5%B1%B1A.jpg

2010年11月05日

ポインセチアと巨大クリスマスツリー

 毎年11月に入るとクリスマス商戦がスタートで、サッポロファクトリーのアトリウムにトドマツの巨大クリスマスツリーが飾られる。この時季、広い店内を飾る花は観葉植物のポインセチアで、赤い葉に白い葉を交えて、年末に向けての華やぎを演出している。祝日の文化の日は、このクリスマスツリーの点灯式が行われる。点灯式を見るために集まった大勢の客が見守る中で、3万5千個の電飾の花が咲き、光の変化を楽しめる。この時ばかりは、華やかなポインセチアも影が薄くなる。

電飾花 生花に勝り 文化の日

%E9%9B%BB%E9%A3%BE%E8%8A%B1%E3%80%80%E7%94%9F%E8%8A%B1%E3%81%AB%E5%8B%9D%E3%82%8A%E3%80%80%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%AE%E6%97%A5A.jpg

赤き葉が 花園演出 アトリウム

%E8%B5%A4%E3%81%8D%E8%91%89%E3%81%8C%E3%80%80%E8%8A%B1%E5%9C%92%E6%BC%94%E5%87%BA%E3%80%80%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0A.jpg

永山公園の小雨の中の紅葉

 サッポロファクトリー内の写真を撮る目的で出向いてみると、開店まで少し時間がある。この商業施設の北側には永山公園があり、公園の紅葉を撮ってみる。小雨模様で、公園横のアスファルトの道路が濡れていて、落ち葉が路面に貼り付いている。晴天の下での紅葉とは趣が異なり、雨に濡れた紅葉は色が落ち着いている。園内に「旧永山武四郎邸」の看板があるように、この公園は屯田兵の父の呼び名もある永山武四郎の旧邸が保存され、その庭と周囲の緑地が公園に整備されている。

秋小雨 落ち葉貼り付け 公園路

%E7%A7%8B%E5%B0%8F%E9%9B%A8%E3%80%80%E8%90%BD%E3%81%A1%E8%91%89%E8%B2%BC%E3%82%8A%E4%BB%98%E3%81%91%E3%80%80%E5%85%AC%E5%9C%92%E8%B7%AFA.jpg

永山邸 落葉飾り 文化財

%E6%B0%B8%E5%B1%B1%E9%82%B8%E3%80%80%E8%90%BD%E8%91%89%E9%A3%BE%E3%82%8A%E3%80%80%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1A.jpg

平岸小学校のリンゴを手にする乙女像

 本田明二作の「みのり」と作品名のあるこの女性像は、平岸通に面した平岸小学校の校庭にある。像の横に平岸地区とよひら“ふるさと再発見”委員会による説明があり、「平岸開基110年を記念して建てられ、昭和55年9月に除幕。背景のリンゴの木と清楚な乙女像は北方に生きた人の強さと知性を示し、往時のリンゴ園をしのばせる。」と書かれている。清楚な乙女というより、逞しい女性といった感じである。像の向こうに平岸小学校の校舎が見え、開校121年の文字が見えている。

逞しき 乙女手にする リンゴの実

%E9%80%9E%E3%81%97%E3%81%8D%E3%80%80%E4%B9%99%E5%A5%B3%E6%89%8B%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%80%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%81%AE%E5%AE%9FA.jpg

リンゴ園 消える歴史の 小学校

%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B4%E5%9C%92%E3%80%80%E6%B6%88%E3%81%88%E3%82%8B%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AE%E3%80%80%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1A.jpg

2010年11月04日

サッポロファクトリーのクリスマスツリー点灯式

 文化の日に、サッポロファクトリーのアトリウム内に飾られた巨大クリスマスツリーの点灯式があるというので見にゆく。この催しは今年(2010年)で18回目で、ノールウェーから国内唯一のサンタランドに認定されている広尾町から贈られた、高さ15m、樹齢40年のトドマツがイルミネーションで飾られている。点灯の瞬間をみようと大勢の客がアトリウムに詰めかけていて、声を合わせてのカウントダウンでツリーが点灯されると、ケータイやカメラでの撮影が一斉に始まる。

群衆の カウントダウン 灯の点り

%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%84%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%EF%BC%91A.JPG

見上げれば 光の乱舞 アトリウム

%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%84%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%EF%BC%92A.jpg

晩秋の元町小学校の「希望」像

 元町小学校の前を歩いていて、鳩を抱いた児童が空を指指している彫刻が目に留った。作品名の「希望」が台座のところに見える。制作者は川田静子で、全道展会友であると名盤に記されている。作品名や児童の像であることから、これは小学校の依頼で制作されたもののようである。児童が片手で指さす方向に、ちょうどナナカマドの赤い実があって、制作者が意図していない、景観の中の彫刻の配置になっている。作品名を「実りの秋」とした方が、晩秋のこの時季には合っている。

児童抱く 鳩が希望の 徴(しるし)なり

%E5%85%90%E7%AB%A5%E6%8A%B1%E3%81%8F%E3%80%80%E9%B3%A9%E3%81%8C%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%81%AE%E3%80%80%E5%BE%B4%EF%BC%88%E3%81%97%E3%82%8B%E3%81%97%EF%BC%89%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

指の先 赤き実のあり ナナカマド

%E6%8C%87%E3%81%AE%E5%85%88%E3%80%80%E8%B5%A4%E3%81%8D%E5%AE%9F%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8A%E3%80%80%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%83%89A.jpg

2010年11月03日

初雪の天神山の黄葉とナナカマドの実

 初雪の後で、天神山の日本庭園に行ってみる。ここは2008年3月で閉鎖した天神山国際ハウスと抱き合わせになった庭園で、手入れは行き届いている。海外の滞在客に、春の桜、秋の紅葉を見せるために設けられていて、園内の紅葉は見応えがある。小さな滝があり、汲み上げた水が滝水となって落ちるところに池がある。池の底に、散った紅葉が見える。初雪が残り、雪をバックに黄葉と緑葉があって、葉を落としたナナカマドの赤い実が点のように見え、晩秋の景観を構成している。

黄と緑 赤点加え 雪天神

%E9%BB%84%E3%81%A8%E7%B7%91%E3%80%80%E8%B5%A4%E7%82%B9%E5%8A%A0%E3%81%88%E3%80%80%E9%9B%AA%E5%A4%A9%E7%A5%9EA.jpg

晩秋の 主役黄葉 ナナカマド

%E6%99%A9%E7%A7%8B%E3%81%AE%E3%80%80%E4%B8%BB%E5%BD%B9%E9%BB%84%E8%91%89%E3%80%80%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%83%89A.jpg

晩秋の相馬神社のご神木

 天神山に桜や紅葉を見にゆくと、天神山緑地の一番高いところにある相馬神社まで足を延ばす。境内にご神木のシバグリがあり、季節によりその風格がどのように変化するのか確かめている。推定樹齢300年、幹直径120cm、樹高10mの巨木は、境内に初雪が残る晩秋に緑の葉を残している。周囲の木々は既に紅葉し、落葉が進んでいる。ご神木は枝が四方に伸びて、カメラには収まりきらない。四手(しで)の下がったしめ縄のかけられた黒ずんだ幹と、周囲の紅葉を入れた写真を撮ってみる。

初雪に 緑を残し ご神木

%E5%88%9D%E9%9B%AA%E3%81%AB%E3%80%80%E7%B7%91%E3%82%92%E6%AE%8B%E3%81%97%E3%80%80%E3%81%94%E7%A5%9E%E6%9C%A8A.jpg

ご神木 四手(しで)の白さに 黒き幹

%E3%81%94%E7%A5%9E%E6%9C%A8%E3%80%80%E5%9B%9B%E6%89%8B%EF%BC%88%E3%81%97%E3%81%A7%EF%BC%89%E3%81%AE%E7%99%BD%E3%81%95%E3%81%AB%E3%80%80%E9%BB%92%E3%81%8D%E5%B9%B9A.jpg

晩秋の朝日の中のキンシバイ(金糸梅)

 キンシバイは、秋が深まって初雪を見る頃でも、葉は青々としていて、黄色の花が数輪枝に残っている。花の散った後の実も見えている。朝日とキンシバイを組み合わせた写真を、どのようにして撮ろうかと考えていた。太陽の方向の角度では、日光が近くの家で遮られる。しかし、この家は東と西の窓にカーテンを下ろしていないようで、時刻と角度を調整すると、窓を通過した朝日が、キンシバイの咲いているところまで到達する。窓に輝く太陽とキンシバイが同じ写真に収まった。

窓抜けた 朝日光らす 金糸梅

%E7%AA%93%E6%8A%9C%E3%81%91%E3%81%9F%E3%80%80%E6%9C%9D%E6%97%A5%E5%85%89%E3%82%89%E3%81%99%E3%80%80%E9%87%91%E7%B3%B8%E6%A2%85A.jpg

初雪に 朝日と木花 収まりて

%E5%88%9D%E9%9B%AA%E3%81%AB%E3%80%80%E6%9C%9D%E6%97%A5%E3%81%A8%E6%9C%A8%E8%8A%B1%E3%80%80%E5%8F%8E%E3%81%BE%E3%82%8A%E3%81%A6A.jpg

2010年11月02日

旧永山邸での爪句集の校正

 爪句集9集目の「爪句@北海道の駅-道央冬編」の校正ゲラ刷りを受け取りに共同文化社にゆく。ついでに、同社の向いにあるサッポロファクトリー内の写真を撮ろうとしたら、未だ開店前である。そこで、隣の永山公園と旧永山邸内の写真を撮る。
 旧永山邸内にはブログ子一人であったので、赤絨毯の上で校正ゲラ刷りに目を通し、窓の外の黄葉を見て、ほんの一瞬、この屋敷の主の気分に浸った。

%E7%88%AA%E5%8F%A5%E9%9B%86%E6%A0%A1%E6%AD%A3%E3%83%BB%E6%B0%B8%E5%B1%B1%E9%82%B8A.jpg

晩秋の上野幌神社

 雪印種苗園芸センターからJR上野幌駅に向かうため、国道274号と並行の道を歩いていると、小高いところに鳥居が見える。上野幌神社である。石段を登り境内に入ってみると、初雪の上に晩秋の木々の落ち葉が一面にある。境内の碑文を読むと、上野幌の地に開拓民が入ったのは1885(明治18)年で、この地の開拓の歴史につながる神社である。大きな玉を抱いていて、頭でっかちなせいか、境内の狛犬は人懐こそうな座敷犬のように見えてくる。

石段を 登り初雪 落ち葉なり

%E7%9F%B3%E6%AE%B5%E3%82%92%E3%80%80%E7%99%BB%E3%82%8A%E5%88%9D%E9%9B%AA%E3%80%80%E8%90%BD%E3%81%A1%E8%91%89%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

大玉に 大きな頭 座敷犬

%E5%A4%A7%E7%8E%89%E3%81%AB%E3%80%80%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%A0%AD%E3%80%80%E5%BA%A7%E6%95%B7%E7%8A%ACA.jpg

処女会?

 平岸郷土資料館を覗いていたら、「処女会の人たちが教室で」というキャプションのある女性の集合写真が目についた。若手の男性の組織の青年団に対応する女性の組織らしいのだが(この辺の歴史には疎い)、現代の語感からは、うむ、という感じである。現代ではこのような名前のついた会なら、A系のものと間違われそうである。

%E5%87%A6%E5%A5%B3%E4%BC%9A%E5%86%99%E7%9C%9FA.jpg

2010年11月01日

盾のように見えるアロカシア・アマゾニカ

 園芸用の草花に観葉植物のグループに入るものがある。形の面白いもの、色が楽しめるもの、緑の雰囲気に浸れるもの等々とある。アロカシア属は熱帯アジアの植物であり、園芸品種としてアマゾニカと名前のついたものが出回っているようである。豊平公園の緑のセンターで見たこの植物は、印象に残る模様の葉を広げていた。葉脈というより枝が翼を出して、それがつながったように見える。デザインを施した盾のようでもあり、草自身か傍にある花を葉の盾で守るかの如くでもある。

熱帯の 葉の威容見せ アロカシア

%E7%86%B1%E5%B8%AF%E3%81%AE%E3%80%80%E8%91%89%E3%81%AE%E5%A8%81%E5%AE%B9%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%80%80%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%82%A2A.jpg

葉の盾が 守る花見え 植物園

%E8%91%89%E3%81%AE%E7%9B%BE%E3%81%8C%E3%80%80%E5%AE%88%E3%82%8B%E8%8A%B1%E8%A6%8B%E3%81%88%E3%80%80%E6%A4%8D%E7%89%A9%E5%9C%92A.jpg

菊まつりと書店の爪句豆本

 恒例の「さっぽろ菊まつり」が札幌地下街のポールタウン、オーロラタウン、地下鉄大通駅のコンコースで始まった。その初日(10月31日)に写真を撮りに地下街に出向いてみる。地下街の通路に並べられた、丹精の込められた各種の仕立ての菊花の集団を、カメラに収める。ただ花の写真を撮るだけでは芸がないかと、紀伊国屋書店オーロラタウン店に陳列されていた自著の「爪句@思い出の都市秘境」を、幾冊か表紙が見えるように棚の上に並べ、菊の花と一緒に写真を撮ってみた。

我が本を 棚に並べる 菊祭り

%E6%88%91%E3%81%8C%E6%9C%AC%E3%82%92%E3%80%80%E6%A3%9A%E3%81%AB%E4%B8%A6%E3%81%B9%E3%82%8B%E3%80%80%E8%8F%8A%E7%A5%AD%E3%82%8AA.jpg

地下街で 菊花と豆本 並べ撮り

%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E8%A1%97%E3%81%A7%E3%80%80%E8%8F%8A%E8%8A%B1%E3%81%A8%E8%B1%86%E6%9C%AC%E3%80%80%E4%B8%A6%E3%81%B9%E6%92%AE%E3%82%8AA.jpg