2007年01月19日

小樽の小学校の二宮金次郎像

 秘境探検も追い求めるテーマがあると取材への行動に移り易く、発見の楽しみもある。札幌秘境探検の例でいうと“シェー・パンダ”像というのがあった。あちらこちらの公園に同じポーズ(漫画「おそ松くん」のキャラクター「いやみ」のお得意ポーズ)があり、これをテレビ局の取材班に加わって探して歩いた。

 小樽・石狩秘境探検でもこのようなテーマはないかと探していて、「二宮金次郎像」というのが浮かんで来た。戦前ほとんどの小学校にあったこの刻苦勉励・質素勤勉の権化のような人物の、薪の束を背負い、歩きながら本を読む姿の銅像である。

 しかし、太平洋戦争が激しくなり、金属不足の状況に遭遇した国家が、小学校のこれらの銅像の供出を命じて、この偉人像は学校の校庭から姿を消した。しかし、今回探検してみると金次郎像がかなり残っているのである。札幌の小学校にはほとんど見られないのに、小樽市内の学校には散見される。

 これは供出を免れたか、戦後に新しく作り直したかのどちらかなのだろう。札幌の小学校にほとんどなく、小樽の小学校に多いのは、戦後から拡大して来た札幌の多くの小中学校にはもともと金次郎像がなく、これに対して小樽の学校では歴史が古く、多くの金次郎像があったためなのだろう。また、伝統の学校では金次郎像を復元する動きが活発であったという理由も考えられる。

 ともあれ、小樽の小学校の庭に金次郎像を探しに行くことにする。国道5号線で張碓の町に入る付近の山側に張碓小学校がある。少し小高いところに校舎があり、車を乗り入れるとグラウンドの入り口のところに写真の金次郎像がある。二宮尊徳像のプレートがはめ込まれた台の上に置かれた、薪負い読書型の典型的金次郎像である。

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 小樽市内に入って、昨年閉校になった東雲町の堺小学校の金次郎像は前にもレポートしている。学校が閉校になって、グラウンドの脇に金次郎像が残っているのも、感慨深いものがある。閉校で金次郎像が残るより、金次郎像が供出されたとしても、学校が、つまりは生徒が残っている方がなんぼか希望が持てる。ただ、戦争はご免である。

 JR小樽駅の近くで5号線から697号線に入り少し山の方向に進むと、稲穂小学校がある。ここの金次郎像は写真のような草履を差し出している姿のものである。戦後の教育を受けている著者にはこの姿の物語を教えられていない。金次郎が家計を助けるため草履を売っているのか、それとも道行く人のために草履のサービスを行っているのか、はっきりしたことは分からない。

 この稲穂小学校は石原慎太郎東京都知事と弟の裕次郎が学んでいた小学校としても知られている。裕次郎記念館は小樽の港の方にある。稲穂小学校の名前は「実るほど 頭をたれる 稲穂かな」から名前が採られているらしい。これは金次郎の精神に通じるものである。

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 国道5号線を進んで、手宮の町に入り、小高いところに手宮小学校がある。学校の入り口に金次郎像がある。生憎の天候で写真を撮っても暗い写真にしかならなかった。ここから手宮の町を俯瞰した写真も風景が霞んで、再度来てよい写真をとろうと思いながらこの小学校を後にした。

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