2007年08月19日

江別河川防災ステーション

 石狩川と千歳川の合流点付近で、国道12号線が千歳川を跨ぐ新江別橋を越えて岩見沢方向に行くとすぐにこの建物が目に入る。広いパーキング場に、取材者だけの車が一台止まった状態で車を降りる。午前十時が開館時間で開館時間を少し過ぎてから、開いているのかと疑念を持ちながらの入館である。
 この三階建ての豪華な建物の役割はあまりはっきりしないのだが、備え付けのパンフレットには「水防資器材の備蓄、水防活動の拠点基地や災害時の避難場所として活用」とある。要は機材置き場と事務所と避難場所である。それならこんな立派な建屋でなくてもよいことになる。立派な建物になったのは「平常時においても、防災研修の場や河川情報の提供、川を題材とした歴史」その他の展示や「市民の憩いの場」の提供もあると説明は続く。

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 防災ステーションの名前があっても、一階は江別市の観光展示場といったところで、江別の焼き物やレンガの展示のショーケースが並んでいる。隅には土産物店があって、町村農場の乳製品なんかが並んでいる。店員に聞くと、江別市の観光協会が出している店だそうで、防災ステーションの活用を図るためで、ここでビジネスが成り立っている訳ではなさそうである。

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 二階に上がると石狩川の歴史に関する展示がある。現在でも近くに王子製紙江別工場があるけれど、これは紙の原木を雪解け水で水量を増した石狩川を利用して運び、江別工場のあたりで引き上げた歴史があって、引き上げ場所を「網場(あば)」と呼んだといった網場の模型についた説明を読む。その他、今でも行われている石狩川でのやつめうなぎ漁に使われる漁具「どう」の展示などもある。

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 二階にはかつて石狩川で活躍した外輪船の「上川丸」が展示されている。見るだけで内に入ることはできないけれど、北海道の陸路が整備されていなかった時代に石狩川が内陸部をつなぐ交通の動脈であって、このような外輪船が行き交っていたかと見応えのあるものである。しかし、この外輪船がこのステーションに展示されていることを知る人はほとんどいないだろう。

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 屋上に登ると現在の交通の大動脈国道12号線を通過する車の流れが目に入る。遠方には石狩川に架かる美原大橋が見える。防災ステーションのパーキング場には依然として取材者の車が一台止まっているだけである。

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 この防災センターは千歳川に接して建てられている。支笏湖に源を発する千歳川が、ここ石狩川の合流点で洪水の危険性を増す原因となるので、新しく水路を作って太平洋側に放水しようという「千歳川放水路」プロジェクトが、その環境破壊の問題点を指摘され中止に追い込まれた経緯がある。地図でみても、自然の清流美々川を破壊しそうなこのプロジェクトの筋の悪さが見えてくる。このプロジェクトの勧進元の北海道開発局の施設が千歳川の終点に建てられていて、同プロジェクトの秘境部分が頭を過ぎる。

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