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2008年05月18日

飛鳥山

 山の定義がよくわからないのだが、国土地理院の地図に三角点の標高が記されていて、そこに「山」の呼び名がついていると山と言ってよいようである。こうなると山は必ずしも高くはない。因みに日本で一番低い山は大阪市の天保山(標高4.5m)であるといわれ、これで町興しを進めている。

 江別市の飛鳥山公園内の小高いところにある「殉没忠魂碑」の傍に「三級基準点」がある。この場所は飛鳥山と呼ばれているので、ここは山といってもよい。その標高値というと17.5mで、同様の類の低山では日本で15番目、北海道では4番目にランクされるそうである。それでも江別では一番高い山となる。

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 この山(丘)の高い所には前述の忠魂碑の他にも「開村記念碑」、旧競馬場史跡標柱、伊藤音二郎の歌碑等が設置されている。ここには江別神社の前身の飛鳥山神社があり、神社のお祭りに奉納競馬が行われていて、1928年には公認の地方競馬場が設けられ、賑わった。この競馬場はここから元江別の方に移された後、戦争のため1938年には中止されていて、史跡標柱の他に旧競馬場を思い起こさせるものはなにもない。

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 伊藤音二郎は屯田兵の息子として江別に生まれ、上京して口語短歌運動に加わり、江別に帰郷後も短歌を作り続けた歌人である。歌碑には「石狩の原に 一すぢ雪のみち 晴れりや 馬橇の鈴が つづいた」の歌が彫られている。音二郎の歌碑の周りには、丁度遠足にでも来ているのだろう、児童の集団が敷物を広げて座ったり弁当を食べたりしていた。

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 現在、この丘も含めて一帯は飛鳥山公園になっている。ここを訪れた時は春で、丘の斜面には芝桜が咲いていて、丘の下の方には野球場やグラウンドを見下ろすことができた。また、王子特殊紙の工場の煙突もすぐそこにある感じで目に入ってきた。

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