2008年05月19日

下の月小学校跡

 千歳川沿いに上の月、中の月、下の月の地名がある。旧夕張鉄道の駅名にも下の月駅があり、1980年に閉校になるまで下の月小学校があった。この小学校の開校は1949年で、学校は31年間しか続かなかったので、短い校史の小学校である。その学校跡を見にゆく。

 夕張鉄道が廃止され、その線路跡が空知南部広域農道(きらら街道)となっている。この道と千歳川に挟まれるような位置関係で下の月地区に小学校跡がある。千歳川の土手近くに防風林の一部が残されたような場所があり、その木立の下に「江別市立下野月小学校」のレンガ造りの門柱が残されている。江別が市になってからの小学校が、校舎も無くなっているから、この学校の薄命ぶりが伝わってくる。

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 門柱の近くには生徒達が製作したと思われるセメント像が残っている。テーマは先生と生徒のようである。その他、ブランコ用の鉄製の支持が錆付いたまま残されている。これらの残されたものが無ければ、ここに小学校があったとは想像もできない。

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 ただ、下の月小学校の名前は今も使われているようで、学校跡に接した道路に避難場所の指示として「旧下の月小学校グラウンド」とあった。しかし、大都会のように建物が密集している訳でもなく、農地が広がり農家も点在する場所で、ここが避難場所に指定されている理由が理解できなかった。

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 この辺りの千歳川の堤防工事が現在進行形で進められていて、工事事務所が小学校跡の近くに設けられていた。江別揚水機場も新しいもののようで、その脇に新しそうな水天宮の神社や「早苗別開発の碑」があった。ここで早苗別川は千歳川に流れ込む小河川で、この川にはホタルが生息している。このホタルのため、早苗別川の改修には特別な工法が採用されていて、ホタル工法と呼ばれている。市街地にある四季の道の夏のゾーンで、ホタルの生育環境を保護しようとする活動と重なる。

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