2008年05月24日
北の世田谷美術館
江別の角山(かくやま)地区は札幌の東区と接し、この地区を走る真っ直ぐな国道275号線沿いに、ところどころ工場があるか、さもなくば畑が広がるだけの代わり映えのしないところである。江別の往復にここを通過しても、ここに都市秘境スポットがあるとは到底思えなかった。
ところがふと目にした江別の案内書に「北の世田谷美術館」の文字がある。角山地区に美術館とは、と行ってみることにする。ここで東京にある世田谷区の地名がここにあるのは、1945年の終戦直前に世田谷区からの入植者の一団がこの地区にやって来たことによる。国道沿いのバス停の名前も「世田ヶ谷」となっている。

このバス停から伸びる一本道を北西方向に向かって走ると、「北の世田谷美術館」の傾いた門柱が目に入り、かなり秘境の雰囲気である。牛舎を改装したと思われる建物の入り口のところに美術館の立派な表札がある。おそるおそる戸を開けて入ってみるのだが、誰もいない。絵が壁一面に展示されていて、美術館には違いないのだろうけれど、個人の住宅の雰囲気でもある。


この美術館は山形トム氏が描いた絵を展示している。後で現れた娘さんの話では、山形氏の父親が「エノケン」一座の役者で、山形氏も子役を勤めていた経歴の持ち主である。角山で以前は酪農、現在は畑作の農業を営む傍ら、北陽会に属し油絵を描いている。納屋にも絵が無造作に置かれていて、生活用具や農機具と一緒に牛や裸婦の絵がある空間は秘境の条件を満足している。

夫人の山形文子氏は農業の傍ら歌を詠み、その歌碑が敷地内に設置されている。歌碑に刻まれた歌からは、酪農業と向い合いながらの創作活動であるのが伝わってくる。短歌誌「個性」に拠って創作活動を続け、1983年には短歌集「江別酪農三家」を長谷川みよ子氏、丸山陽子氏らと共に出版している。


山形夫妻とは取材時に顔を合わす機会は無かったけれど、その後電話で取材の目的についての話をして、トム氏とは声の方で出会っている。
- by 秘境探検隊長
- at 00:23
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