2013年07月05日

跨線橋とつながった駅舎の南小樽駅

列車待つ 娘の連れは スマホなり

 最近は乗り物とスマホは切っても切れない関係にある。列車待ちでも列車の内でもスマホ利用に余念がない。南小樽駅のホームの椅子に娘が一人で座っていて列車待ちである。手にはスマホがあって、一人のようでもスマホという連れが居る。


%E5%88%97%E8%BB%8A%E5%BE%85%E3%81%A4%E3%80%80%E5%A8%98%E3%81%AE%E9%80%A3%E3%82%8C%E3%81%AF%E3%80%80%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%9B%E3%81%AA%E3%82%8AA.jpg

comments

コメントを入力してください
爪句の特徴・魅力は幾つもありますが、中でも擬人化はその最たるものと思っております。
「列車待つ娘の連れはスマホなり」は時代背景を捉えた好例と思いますが、無人駅・静狩駅の構内踏切りを作句した「遮断機が駅員になり無人駅」についても言えることで、古くは芭蕉の「奥の細道」の冒頭文「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」では、過ぎ去る月日とか年さえも擬人化している明快な先例と思います。

  • 伊東 裕
  • 2013年07月07日 11:24

 芭蕉がカメラを持って旅したらどんな句を詠んだでしょうか。本人が居ないので、できることは芭蕉の句に写真を合わせるぐらいでしょうかね。

  • ブログ子
  • 2013年07月07日 12:13

コメントを入力してください
今日は7月7日、七夕。
芭蕉が古今の名句「荒海や佐渡に横たう天の川」を詠んだ日に因み、2010年9月5日作の壮大な爪句を想い出しました。
   「天空に 落とす陽の石 雲波紋」
青空に広がる雲の波紋成因を例えて、太陽を小石に、壮大な天空を小池にそれぞれ見立てて生じた波紋と詠んだのは、爪句のもう一つの肝を潰す魅力です。
そのほかにも、これに類した壮大な句が印象深く思い出されます。
   「毬の棘 大きくなりて 夏を刺し」

  • 伊東 裕
  • 2013年07月07日 17:21

 いや~伊東さんの方が作句者より過去の句を覚えていますね。写真、句、文章の三つを揃えることになると、やはりどれかに力点が置かれて作品が作られる時期があります。今はパノラマ写真に時間を使っていて、駅といった同じようなテーマですと、爪句はひたすら説明的なものになり、自分でも凡作が並んでいることだ、と思う時があります。

  • ブログ子
  • 2013年07月07日 17:52
comment form
comment form