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2015年04月18日

HPFhito94:起業の原点が札幌にあるソフトブレーン創業者の宋文洲君

 宋文洲君(学生時代から知っていて“君”付けて呼んでいたので)と会ったのは宋君が北大工学部の資源開発工学科の博士課程在学中である。1990年3月に博士課程修了で91年3月には同学科で博士号を取得しており、その頃が彼との出会いの最初の時期である。筆者はその頃「いんふぉうぇいぶ」なる小冊子を発行していて、同誌Vol.6,No.2(1991 April)に宋君に一文を寄稿してもらった。題は「A先生へ」でA先生とは筆者のことである。
 宋君と一番最近に会ったのは2015年の4月、札幌のホテルでの経済界倶楽部の講演会である。講演のテーマは「今でも変だよ 日本の営業 ~日本の営業は未だ世界に通じない~」というものであった。肩書はソフトブレーン株式会社創業者とあり、経営の第一線からは退いていた。宋君に現在の職業を聞くと無職との答えで、強いて言えば経済評論家かな、と言っていた。
 講演前に会場ロビーでパノラマ写真撮影となる。大学を離れて色々な事があったであろうが、四半世紀前の北大生時代や札幌で企業した頃の雰囲気と変わっていない感じである。宋君の札幌に関する感想は、四半世紀経っても街がほとんど変化していないというものである。中国では数年経つと、別の都市かと思われるほどの変わりようなのに、日本と中国のこの差が印象的であるとの感想は、筆者も同感である。
 宋君は1963年生まれで、中国山東省栄成市出身である。瀋陽市の東北工学院(現東北大学)を卒業後、中国の公費留学生として北大の資源開発工学科大学院に進学している。博士論文の研究は有限要素法による地下の解析といったもので、研究で開発した手法をパッケージソフトにしたものを売る「ソフトブレーン」を大学院修了後札幌で創業している。宋君の企業人としての成功の原点は札幌にある。
 講演では札幌での起業に際してのエピソードなどもふんだんに出てくる。起業の当初は入社希望者も居らず、どこにも就職できそうもない社員を雇った話など出てくる。これは話を面白くするためのところがあり、実際は筆者の研究室の修士課程修了者の七田真之君を入社させている。七田君は大手の企業に内定していたのに、宋君の勧誘で将来どうなるかわからない出来たばかりの会社に自分の将来を賭けたのだから、宋君の人心掌握術は大したものである。
 七田君について補足的に書いておくと、彼はその後ソフトブレーンの中国展開に関連して中国に滞在したりして、宋君が会長になった時2代目の社長になっている。年月が流れてある時突然七田君が筆者の前に現れ、医者の道に進みたいと、相談のような話しになる。色々な医学部を受験して、現在は群馬大学大学院医学系研究科脳神経再生医学分野の学部生になっているのをネットでみつけた。IT企業の社長から医学の学生とは、これまた生き方の大転換である。
 宋君は自分でも言うように営業が得意で、企業で責任ある立場にある北大の先輩たちを尋ねて、自社製品を売り込み、これが会社の発展につながっていく。2000年には東証マザーズに上場して、留学生が起こした企業では最初の上場企業となった。この頃、札幌は「サッポロバレー」と呼ばれ、札幌発のITベンチャー企業に全国からの注目が集まっていた時期と重なる。宋君の会社は2005年には東証1部に市場を変更している。宋君の企業家としての成功は、北海道の振興に関わるお役人や企業家の注目するところになり、講演依頼も相次いだ。そして企業家から評論家への下地が作られていったようである。
 宋君の現在の経済評論家への転身のきっかけになっているのは2002年に日経BP企画から出版した「やっぱり変だよ日本の営業」で、日本を代表する企業の経営者からも評価を受けている。東証1部の上場後は経営から退き、2006年には取締役も退任している。経営者から身を引くのに反比例してメディアへの登場が増していく。札幌に居て、時々テレビ等に出ている宋君の顔を見ている。
 2009年には息子の教育のためもあって、生活の場を北京に移している。2014年にはこれ又息子の教育のため日本に戻っている。その息子も2016年にはアメリカ留学ということで、宋君自身もアメリカに行くかも知れない、といった話をしていた。国境を越えて生活するのが普通の人に比べてそれほど苦にはならないようで、日本企業が外国人を雇用しても良く活用できていない弱点が見えてくるのかもしれない。
 現在の趣味を聞くと、農作業だとの答えが返ってきたのは意外であった。東京の近郊で農作業を楽しんでいる話は、講演後に飛行機に乗る予定で時間がなかったので、詳しくは聞くことが出来なかった。札幌を訪れる別機会があれば今度はゆっくりと聞いてみたいものだと思っている。



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(ホテルオークラ札幌のロビーでの宋文洲君)

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昨日の道新「各自核論」に掲載された記事が衝撃的でしたので、Wikipediaから、ソフトブレイン株式会社の会社案内と業績ならびに宋文洲氏のご経歴・主張・発言などを詳細に拝見させて頂きました。
下記は道新記事の概要です。
テーマ「企業の科学研究縮小と、国の若手育成支援急務」について。執筆、京都大学教授 山口栄一 氏 
日本では現在、科学もイノベーションも共に沈みつつある。
原因は、米国が科学者の起業に資金を供給したのに対し、日本は単に中小企業支援であった。
しかも、そもそも効果が期待出来ないような業績の悪い企業に対し資金をつぎ込んで失敗しているのが実態である。
政府は制度を早急に立て直し、イノベーションを生み出すシステムを構築し、若き研究者を育て、活躍の場を与えることを本気で考え実行する必要がある。
この余りにも自明な論拠から外れていては「此処が変だよ、日本の管理者」から抜け出すのは「百年河清を待つ」に等しく、改善は容易でないと同感していた矢先でした。


 

  • 伊東 裕
  • 2015年04月18日 21:48

 伊東さんのコメントにはかみ合わない話になりそうですが、学力程度が新聞も読めない、簡単な計算もできないレベルの大学生の居る大学もあり、これでは金をつぎ込んでもイノベーションなんて期待できません。どうしてそんなレベルの大学生が出てくるかというと、少子化で大学が生き残るために誰でも大学生にしてしまって、その後始末のため、大学本来の教育や研究ができないことに原因がありそうです。業績の悪い企業に資金を注ぎ込むことに似ていますね。日本の将来は明るくはなさそうです。かと言ってリーダーと目される老い先短かな老人達があれこれと将来を決めるような事をしていくとすれば、暗さは増すばかりです。

  • ブログ子
  • 2015年04月18日 22:38
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