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2015年12月10日

今日(12月10日・その2)の一枚

オーディオに 話の咲いて 同門者

 中本伸一君からのメールで、ヤマハ(株)研究開発統括部戦略担当首席技師国本利文君の講演会が北海道総合研究プラザで開かれる事を知る。国本君は研究室出身なので講演を聞き、懇親会に出席する。講演会の橋渡しの山本強先生も同席する。



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(パノラマ写真)

comments

国本氏は、面識が無い大先輩であるはずですが、なぜか名前を覚えています。多分、修論か何か読んだのだと思いますので、ホログラムの信号処理系を研究されていたのでしょうか?

  • マリオ??
  • 2015年12月11日 07:11

 国本君のテーマは最初はホログラム信号処理だったと思いますが、修論は独自に信号処理方式の研究を行って、学会誌の論文も書き上げています。子どもの頃ヤマハの音楽教室に通い、ヤマハに入社してエレクトローンやシンセサイザーの開発を行っていて、音という事では一貫しています。

  • ブログ子
  • 2015年12月11日 07:37

そういえば、情報棟に引っ越すときに処分品から拾ってきた山本先生の修論、岩崎氏の博士論文そしてA生の博士論文が手元にあります。両博士論文には直筆のサインがありますので、主査か副査の先生から譲り受けたものです。でも、A先生の謝辞の最後に「終わりに本論文を清書して本論文の完成に献身してくれたJ子に感謝します。」とありますが、謝辞の筆跡まで本文と同じです。なぜでしょう?

  • マリオ??
  • 2015年12月11日 08:51

 コメントを読んで博士論文を取り出して来て見ています。今では信じられませんが、ワープロが使えなかった当時は380ページの論文は手書きでした。文章作成と印刷という点では、今はいかに楽になったか、と思っています。J子さんには、走り書きの博士論文草稿を最初から手書きの清書を行ってもらい、謝辞も同様に清書してもらいましたから、本文も謝辞もJ子さんの筆跡になっています。謝辞ぐらいは自分の筆跡で清書しておくべきだったかも知れません。J子さんのお腹の中に第二子が居て、大きなお腹で清書していたような記憶がありますが、もう当時の記憶は薄れてきています。

  • ブログ子
  • 2015年12月11日 09:43

青木先生、お会いできてうれしかったです。昨晩講演に来ていただいた方ありがとうございます。
僕が勝手な修論書いて卒業する時、先生は「遊んでばっかりと思ってたけど、通信学会にフルを書いて載れば立派なものです」とおっしゃって下さいました。あの時のことを思い出しながら感謝感謝の昨晩でした。
30年たって、また北大の周辺の方にお話しする機会を得られたこと、本当に幸せなことです。ありがとうございました。
さて、パノラマ写真はどうやって見るのかな。。。?

  • 国本
  • 2015年12月11日 12:06

>国本君 実は昨夕の講演を聞いて初めてヤマハへ就職した動機を知りました。アンプなんかを作って業界誌に投稿していたのも初めて知りました。学生時代に知らなかった事を30年以上も経ってから知るようになるとは・・・講演時のスライドにちらっと出てきた国本君の電子通信学会誌の論文「ARMA群遅延フィルタの統計的設計法」は難解だったという印象が今でも残っています。論文を発展させ、名実共に「ドクター国本」になってください。
 パノラマ写真は画面をつついて(マウスでクリックして)ください。パノラマ写真の画面になりますので、マウスを動かしたり、+-のボタンをクリックしたりすることで視線方向を変え、拡大・縮小して見ることができます。

  • ブログ子
  • 2015年12月11日 12:40
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