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2013年12月22日

シリーズ983・パノラマ写真「ここはどこ」

この場所に 終の居所 見つけたり

 北大構内から移転・復元された学生寮で玄関のところに「恵迪寮」の看板が掲げられている。北大構内の原生林の中にあった時は南・中・北・新の4棟と玄関棟、厨房・風呂場等があり、この場所に移築されたのは玄関、新寮、南寮の一部である。


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北海道開拓の村にある、恵迪寮ですね!
 一度、訪ねたことがあります。 暖房にスチームであったとか、ベッドであるとか、ある寮生は、卒寮まで掃除をせずにいたので、ベッドの半分くらいはごみで埋まっていたと、ある先生の話を聴いて、それも可能かな?と、思った次第です。 

  • 山城謙二
  • 2013年12月22日 20:42

 ブログ子も(構内にあった)この寮に2年間住んでいたことがあります。便所に長い鉄の棒がありました。何に使うかは、今の若い人達には想像も出来ないでしょうね。

  • ブログ子
  • 2013年12月22日 20:51

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確かに玄関の看板にはズバリ[惠廸寮]と表示とされておりますね。
現在の「恵」と「惠」の違いを調べましたら、北大文学部が紹介している歌詞は「恵]と表記されており、広辞苑の昭和41年版も[恵」ですので戦前の辞典の「惠」は、時期は判りませんが、戦後改訂されたように思います。

  • 伊東 裕
  • 2013年12月22日 22:58

>伊東さん 旧体字「惠」を新体字「恵」にして寮名に使っているようです。「惠迪」は原典では「迪(みち)に惠(したが)う」と読み下すということですから、恵(めぐ)むという文字とどのような関係にあるのかわかりません。

  • ブログ子
  • 2013年12月23日 05:05

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恵迪寮歌詞の第5章「連なる山脈玲朧として」について。
原典は「玲朧」ですが、北大文学部による正式な校訂後のCDには「玲瓏」と載って居ります。
広辞苑にも「れいろう」の項に「玲瓏」の解説で[金・玉の鳴る音」とだけで「朧」の1字も「玲朧」の2字も載っておりませんが、「ろうろう」の項には「朧朧」が載っており「おぼろに霞むさま」と解説しております。
戦前の辞典にも「朧」については「朧月」と「朧朧」「を、おぼろなるさま」、[玲朧」も「清らかに澄めるさま」と載っており、「ろう・瓏」の意味を[玉を打ち鳴らすときの音]と区別して解説しております。
つまり「ろう」には「おぼろを意味する朧」と[玉を打ち鳴らす音を意味する「瓏」と2例があり、明らかに異なると思いますので、恵廸寮原典の玲朧に対し、誤解かもしれませんが、CDも広辞苑も何となく正鵠を得ていないのではとの疑問です。

  • 伊東 裕
  • 2013年12月23日 11:11

>伊東さん 文脈からみてこれは玲朧だと思います。校訂のし過ぎと思われます。

  • ブログ子
  • 2013年12月23日 12:10
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