2008年05月09日

越後神社の花と木

 越後神社は、国道12号線で千歳川を新江別橋で横切り、夕張川に架かる江別大橋の手前のところの国道沿いにある。ここからは石狩川に架かる美原大橋の主塔部分も目に入る。神社から石狩川方向に少し進めば石狩川を眺めることができる。

 この辺りは江別太と呼ばれている。境内にある碑のうち一番あたらしそうな「江別太開基百年 越後村入植之地」と大書された碑の碑文を読むと、1886年(明治19年)越後からの十戸、石見の農民七戸が入植して開墾が始まっている。その開拓の過程で、郷土の地名を冠した越後神社が建立されたのだろう。最初は泥炭地で開拓は困難な作業であったが、昭和40年(1965年)代には近代機械化営農が定着するまでになっている。

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 越後神社の方は、国道12号線からは何の変哲ものない雑木林に見えるところに、林に隠されて小さな社と鳥居がある。車で通り過ぎるだけなら、ここに神社があるとは予想だにしない。しかし、春先この神社の境内は草花で覆われ、山野草の愛好家なら一見の価値がある場所となる。

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 春の到来が早いと言われた五月の上旬に訪れた時には、神社の境内には紫色のエゾエンゴサクや白い三枚の花びらを開いたオオバナノエンレイソウが一面に咲いていた。境内の花案内には、手書きで「ヒメオドリコ草」、「ムラサキキケンマ」の名前も記されていたので、季節をずらして訪れるとこれらの花もみることができるのだろう。

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 この境内にある樹木もいわれのあるもので、立て札にある「永山武四郎 お手植松 明治二八年十月二七日 屯田兵本部長 陸軍少将 永山武四郎」の文字がかろうじて判読できる。この松とはイチイ(オンコ)で、高さは3.5m程度で横に枝が這うように10mほども伸びている。この木は樹齢120年を越すと推定されていて、江別の保存樹に指定されている。

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 開拓時代にはこの神社の回りを木々が取り囲み、鎮守の森の静かさを保っていただろう。しかし、現在は道央を貫く幹線道路の国道12号線を走る車の音が伝わってきて、神様もこの騒音には閉口しているのではなかろうか、と思われる。

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