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2015年04月10日

N42駒踊りデザインの駅スタンプのある白糠駅

 白糠について聞かれても「白糠は知らぬかった」と駄洒落を返す程度が精いっぱいである。有人駅で駅員が詰めている。駅スタンプには白糠駒踊りがデザインされていて、これは白糠村に開設されていた陸軍軍馬補充部釧路支部が発祥といわれている。駅舎内は広く、3月中旬の訪問時には大きな石油ストーブがあった。たこ焼の店「駅の家ハッピー」はシャッターを下ろしていた。ホームに出てみると島式・単式2面3線で、ホーム間の跨線橋が上り方向にある。下り方向には駅の南北をつなぐ人道橋が見える。

たこ焼きは 閉店日なり 食べ損ね

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白糠は 知らぬかったと ホーム撮り


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いずれ爪句の定義が論争の的になる時期は到来すると想定していた矢先、今朝の「白糠は 知らぬかったと 駄洒落言い」を見て、爪句の主要な特徴にWitの側面は欠かされないと確認しました。
偶然ですが、先程のテレビ生放送で某タレントが、「日々のニュースの受け止め方は十人十色である」と表現する筈の箇所を「十人トイレ」と表現し笑いを買ったと紹介して居りました。
つまり、経験とか考えを言語で表現するときに、ありきたりではなく、その場の状況に相応しい説明とかWit性発揮は凡人には不可能で、新聞などに発表される傑作川柳に人気があるのも尤もと思います。
その上で、極く最近の爪句を読み返しました。
  カタクりが 開花競争 抜け出たり
  野性種と 園芸種と 並びたり
  隈取りや 歌舞伎役者の キレンジャク
  陽の火事や 火柱立ちて 日の出時
爪句の主役が四季を通じての情景であり、駅舎とか都市秘境など総ての題材が、フイクションとの対極に位置しております。
古今東西を通じ、これほどのジャンルを只一人で長期に亙り、切り拓いている事例は想い当たりません。
爪句を一言で言い表す語彙は見当たりませんが、共通性のありそうな語彙を羅列して見ました。
先ずは俳句を基本に据えて、森羅万象の事実紹介とWit性の通底です。
俳句であるからには川柳性は欠かされなく、その他は、感想、感動、諧謔、記録、実録、語り部、紹介、手記、随想、随筆、文学、讃歌
etc‥です。
以上は、コメントの域を逸脱しているとの懸念を拭えませんが、残り少ない歳に免じて、どうぞご容赦下さい。


  • 伊東 裕
  • 2015年04月11日 22:43

 伊東さんは唯一人の爪句解説者です。爪句を標榜している作家が今のところブログ子一人ですので、一人の作家に一人の解説者で面白いですね。
 「表現(する事)とは何か」。これはなかなか大きなテーマです。人間の頭の中には何か「もやもやとした状態」があります。これを表現する(相手に伝える)ためには手段が必要です。
 手段は言語であったり、絵であったり、写真であったり、彫刻であったり等々です。
 状態を手段を用いて表現した結果が具体的な爪句になったり、写真になったり、ということになります。表現しない限りある人の頭の中のもやもや状態は別の他人には垣間見ることができません。
 さて、この状態と手段の関係を如何にとらえるか、といったことについて考察していくと一大評論にもなりそうで、まあどこか別のところで考えるとして、とりあえず伊東さんの「爪句考」には作家からお礼の言葉です。

  • ブログ子
  • 2015年04月12日 03:19
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