Search


Archives

2008年11月21日

ハラルレストラン

 イスラム教では食べ物に対するタブーがある。豚肉は食べてはいけない。合法的(宗教的)な食材はハラルで、禁止されている食べ物はハラムといわれる。鶏肉や牛肉は非ハラルなのだが、宗教的手続きを経た(資格のある人や機関のお祈りで処理された)ハラルフードがあって、これであればイスラム教徒は鶏肉でも牛肉でも食べることができる。

 しかし、ハラルフードは見た目には分からない。そこで、イスラム教徒がいちいち食材を吟味してメニューを選ぶ手間を除くため、ハラルフードを使用している証明書がレストランの入口に掲示されているハラルレストランがある。

%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%83%AB%E8%A8%BC%E6%98%8E%E6%9B%B8A.jpg

 南郷の国道12号線沿いにあるハラルレストランの写真を撮ってきた。以前このレストランで食事をしたことがあったけれど、ハラルフードのレストランであった点はあまり気に留めていなかった。

JICA%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3A.jpg

 ハラルレストランは都市秘境の対象になるので、札幌市内で探してみようと思っている。もし、このブログを見て、写真のような証明書のあるレストランを見かけたり、知っていたらコメントください。

2008年11月14日

最大、最小貸ギャラリー

 地下鉄東西線の大通駅からバスセンター前駅までの地下通路をギャラリーにした「500m美術館」が開かれている。これは貸ギャラリーというカテゴリーに組み込むと、最大のギャラリーであろう。

この広さ 五百メートル 美術館

%E3%81%93%E3%81%AE%E5%BA%83%E3%81%95%E3%80%80%E4%BA%94%E7%99%BE%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%80%80%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8A.jpg

 では最小の貸ギャラリーは、というと以前投稿したNew Star の名前のある、一坪ギャラリーだろう。

この狭さ 一坪画廊 石造り

%E3%81%93%E3%81%AE%E7%8B%AD%E3%81%95%E3%80%80%E4%B8%80%E5%9D%AA%E7%94%BB%E5%BB%8A%E3%80%80%E7%9F%B3%E9%80%A0%E3%82%8AA.jpg

 その他隠れギャラリーというのもある。札幌秘境のテーマに組み込む予定である。

2008年10月07日

小別沢トンネル

 大都会札幌の中央区というと市街地ばかりかと思うと、西側には山間部が広がる。中央区宮の森から西区小別沢に抜ける辺りは大倉山やよこして山で遮られ、小別沢トンネルを利用することになる。もし、このトンネルがなければ、両地区は山道を使うより他なく、それが大変であるのは大倉山から小別沢につながっている遊歩道でもある程度実感できる。

%E9%81%8A%E6%AD%A9%E9%81%93%E3%81%AE%E6%A8%99%E8%AD%98A.jpg

 この遊歩道の小別沢トンネルの上部辺りに標識があり、かすれた文字で小別沢トンネル上の文字が読み取れる。ここから遊歩道を通って小別沢に下りると、民家が見えてくる。この民家の近くに旧小別沢トンネルの入口があり、以前はこの旧トンネルを利用して中央区と西区の往来がなされていた。二〇〇三年四月に新トンネルが開通していて旧トンネルは閉鎖された。

 旧トンネルは地元の人達が必要に迫られて、一九二八年頃に素彫りで二年間かけて百mほどを貫通させたのが始まりで、その後鉄筋やコンクリートで補強されて利用されてきた。この旧トンネルが使われていた頃、トンネルは心霊スポットとして有名になって、トンネルを通ることが肝試しにも使われていた話が伝わっている。

%E6%97%A7%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E5%85%A5%E5%8F%A3%E8%BF%91%E3%81%8F%E3%81%AE%E6%B0%91%E5%AE%B6A.jpg

 現在でも小別沢側からはトンネルの入口付近までは行ってみることができる。小別沢から新トンネルに入る直前に旧道の入口があって、右折してこの道に入っていくと旧トンネルの手前で行き止まりになる。少し高いところに祠がある。何を祀ってあるのかわからず、取り残されたような祠である。

%E6%97%A7%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E5%85%A5%E5%8F%A3%E8%BF%91%E3%81%8F%E3%81%AE%E7%A5%A0A.jpg

 旧トンネルの入口はペンキの塗られた板で塞がれている。板の隙間から覗いても中は暗くて何も見えない。心霊スポットの雰囲気が伝わってくる。トンネルの幅から自動車はこの旧トンネル内ですれ違うことができただろうか、夏はともかく冬の雪の季節にはこのトンネルの通行は可能だったのだろうか、などなどの疑問も湧いてくる。

%E6%97%A7%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E5%85%A5%E5%8F%A3A.jpg

 旧トンネルにつながる旧道沿いの道端にガラス製の看板が置かれている。「やぎや」の文字がみえる。これはレストランで、店名の通り山羊を飼っていて、山羊乳酵母パンなどがメニューに加えられてる。山の斜面の草地には山羊が放し飼いにされているのを見ることもできる。

%E3%82%84%E3%81%8E%E3%82%84%E3%81%AE%E7%9C%8B%E6%9D%BFA.jpg

%E6%94%BE%E3%81%97%E9%A3%BC%E3%81%84%E3%81%AE%E5%B1%B1%E7%BE%8AA.jpg

 旧トンネルの中は歩くことが出来なかったけれど、新トンネルは歩いてみた。新トンネルは二百三十mの長さで、歩道も付いていてトンネル内を歩くのに危険は感じない。新トンネルは心霊スポットとは無縁のところであった。

%E6%96%B0%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E5%85%A5%E5%8F%A3%EF%BC%88%E5%B0%8F%E5%88%A5%E6%B2%A2%E5%81%B4%EF%BC%89A.jpg

%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E5%86%85%E9%83%A8A.jpg

2008年10月05日

大家と未世出アーティストのギャラリー

 都市秘境の条件の一つとして、自由にアクセス出来る場所や対象というのがあり、言葉を変えていえば無料で見られる場所ということである。公的な場所や施設でも、有料のものは原則都市秘境の対象から除いている。そこで無料のギャラリーで、大家と未だ世に出ているとは言い難い(ここでは「未世出」の造語を用いている)アーティストの好対照のギャラリーを採り上げてみる。

 本田明二は札幌市内の公共的場所でもその作品を見ることができる彫刻の大家である。一九一九年に空知館内月形村に生まれている。札幌第二中学校(現西校)を卒業して上京、彫刻家を志し、その後札幌に定住して創作活動を続け、北海道文化賞を受賞している。一九八九年に享年六十九歳で亡くなっている。

%E6%9C%AC%E7%94%B0%E6%98%8E%E4%BA%8C%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BCA.jpg

 本田明二ギャラリーは南十五条西十三丁目の住宅街にある。内に入ると入り口のところに本田明二の顔のブロンズ像がある。これは札幌を代表する彫刻家本郷新が制作している。本田が六十歳になったのを記念して開いた彫刻展に寄せた本郷の一文が、ブロンズ像の後ろの壁に掲げられている。これを読むと、おおらかな性格であったようである。

%E6%9C%AC%E7%94%B0%E6%98%8E%E4%BA%8C%E3%81%AE%E9%A1%94A.jpg

 ギャラリー内部は一階に「スタルヒンよ永遠に」の大きな石膏像があり、そのブロンズ像は旭川市総合体育館前に設置されている。五輪大橋に設置されている「栄光」の男女像のミニチュアの石膏像もある。「栄光」像の方は顔がデフォルメされていて、顔からは男女の区別がつかないけれど、身体の特徴から区別をつけることができる。五輪大橋に設置されている像は石の像である。

 螺旋階段を登ると二階には事務机があり、パソコンに向かっている女性がいる。本田明二の娘さんで、このギャラリーの管理者でもあるようだ。彫刻の大家といっても、どこからか運営資金が出て来る訳でもなさそうで、入館無料のギャラリーを維持するのも大変だろうと、いった感想をちっと述べただけで、突っ込んだ質問はしていない。

%E6%9C%AC%E7%94%B0%E6%98%8E%E4%BA%8C%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%86%85%E9%83%A8A.jpg

%E6%A0%84%E5%85%89%E7%94%B7%E6%80%A7%E5%83%8FA.jpg

%E6%A0%84%E5%85%89%E5%A5%B3%E6%80%A7%E5%83%8FA.jpg

 大家の対極にある未世出の画家の卵、奥井理(みがく)の作品を展示したギャラリーは中央区旭ヶ丘五丁目にある。彼は札幌西校卒業後美大を目指して東京で勉強中に交通事故で亡くなっている。十九歳の短い命であった。両親が遺作の展示場として二〇〇三年「奥井理ギャラリー」を創立している。

%E5%A5%A5%E4%BA%95%E7%90%86%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BCA.jpg

 ギャラリーに入ると、奥井理著の画文集が机に積んである。十年前に出版された「十九才の叫び」と最近出版された「地球人生はすばらしい」が目につく。画文集の背後にある人物画は自画像であろうか。この部屋はカフェにもなっている。ただ、ギャラリーは時々コンサートホールとして貸し出されるようで、訪れた土曜日は、明日のコンサートの練習が行われていて、カフェはお休みであった。このコンサートは三十六回目を数えるそうである。

%E5%A5%A5%E4%BA%95%E7%90%86%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%86%85%E9%83%A8A.jpg

%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E7%B7%B4%E7%BF%92A.jpg

 ギャラリーには画文集「十九才の叫び」の表紙になった大きな油絵も飾られている。その他未世出の画家の遺作がこのギャラリーに存在場所を確保している。美術評論家ではないので、作品についての適当な批評が出てこない。しかし、肉体が消えても作品がこのように残るのは、彼の良き理解者の両親がいたればこそ、であるとの思いが強かった。

 彫刻の大家と未世出の画家の卵のギャラリーが、歩いてもさほど苦にならない距離にあるとは、その対照の妙が都市の秘境のテーマになるものであると思えた。

%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%86%85%E9%83%A8%EF%BC%91A.jpg

%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%86%85%E9%83%A8%EF%BC%92A.jpg