2011年01月05日
開拓使ゆかりの札幌祖霊神社
西8丁目通は南7条のところで東本願寺の境内で途切れる。この通りに面して、南5条のところに札幌祖霊神社がある。創祀は1871(明治4)年に開拓使の要請で葬齋場に小祠を建て、開拓使長官黒田清隆の要請により1884(明治17)年改築し祖霊神社となっている。
屯田兵開拓移民の神道への改宗改葬の斎場の役目を持った神社である。1976(昭和51)年には拝殿と霊殿の増改築を行い、1981(昭和56)年鋼製鳥居を新築している。境内にある由緒書きによれば、祭神は天祖参神、天照皇大神、大国大神、産土大神(うぶすなのおおかみ)、天津神、国津神、八百万神で、副祭神は高霊神、各氏祖霊神となっている。これだけ神々が並べば、大方の神が編入されてしまう。第一八百万神となれば全ての神に通じる。
開拓使ゆかりの神社であることは、飾りつけられている幕や提灯に、開拓使の赤い星マークが描かれていることでわかる。社名の彫られた軟石製の石柱と並んで、境内を囲む軟石の柵がある。大きな柵の一つには「神人無別」とある。神と人は別物として分けて考える存在ではない、といいたいのか、どんな神でもどんな出生の人でも分け隔てなく受け入れる、というのか意味が良くわからない。
五稜星 目につく縁(ゆかり) 開拓使
入口に 神人無別 しばし考
他方の柵には「祭政一致」とある。現代の政教分離からいえば、過去の遺物が顔を出している。元日に訪れて写真を撮ったけれど、境内に参拝者の姿はなかった。
軟石に 祭政一致 時代なり
- by 秘境探検隊長
- at 04:33
comments
黒田清隆の従兄弟である黒田熊次郎が、明治20年に、屯田兵として、新琴似に入植しました。
私はその末裔で、熊次郎が入植したその土地に住んでいます。
清隆ゆかりの神社との事ですので、メールしました。
黒田様 北海道で黒田姓は黒田清隆につながっている可能性があるのですね。今度黒田と名乗る人に出会ったら、この点を質問してみることにします。