2008年05月17日

江別市の小学校の金次郎像

 小樽の秘境のテーマに小学校の二宮金次郎像というのを選んだことがあるので、江別市でも二宮金次郎を探してみた。江別小学校の近くに火薬庫があり、その傍に顔も崩れたコンクリート造りの金次郎像があった。火薬庫が江別小学校の教育勅語を納めておく奉安殿として使われた経緯もあるので、ここの金次郎像は江別小学校のものであると思って間違いないだろう。皇紀2600年を記念して造られたものだそうである。

 この崩れかかった金次郎を最初に見てから一年もしないうちに、金次郎像は真新しい石造りの像に取り替えられていたのには驚いた。何はともあれ、以前の見るに耐えない金次郎像が新しいものに置き変わったのは、見ていて気持ちが良い。

 大麻小学校の金次郎像は石造りのもので、着ているものからして貧乏な様子が表現されていて、本物の金次郎もかくやと思わせるものである。貧困にもめげず、向学心に燃えて努力する金次郎は、現代の生徒には想像の域を越えるものかもしれない。まあ、そのような金次郎にまつわる話は授業の時には出てはこないだろうけれど。

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 江別第二小学校の金次郎像はブロンズ製で、一番立派なものである。1935年に同校の開校五十周年を記念して造られたと紹介されているので、戦後に戦前の修身のモデルの金次郎像が作られたことになる。多分、これは戦前に小学校の校庭に置かれていた金次郎を復元させただけで、特別の意図があった訳ではないだろう。

 いずれの金次郎像も、生徒や先生に関心を払われることもなく、校庭やその近くに、日々の勉強や校内活動には関係のない記念碑の如く置かれていた。

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comments

二宮尊徳の伝記を読んで、いたく感動したものです。江別にあるんですね! 私の出身地・旭川の小学校にはありませんでした。やはり歴史古い学校にあるんですかね。

  • kazuky
  • 2008年05月17日 06:19

二宮尊徳翁の伝記を読んで、いたく感動したものです。江別にもあるのだと知って驚きました。江別ではありませんが、私が卒業した小学校にはありませんでした。歴史の古い学校にはあるのですね。

  • kazuky
  • 2008年05月17日 06:21

 今の子供達は金次郎も良く知らないようなので、子供達を相手に話をすれば、次のようなものもよいかな、と思っています。金太郎と金次郎は貧乏な家の兄弟で、薪(たきぎ)を得る手伝いのため二人で森に行きました。金太郎は担いだ鉞(まさかり)で木の枝を切りました。金次郎は枝をまとめて背負いました。元気な金太郎は手なずけた熊にまたがり帰りましたが、勉強家の金次郎は枝を背負い本を読みながら帰りました。これ子供達に本当だと思わせる少しばかりの自信があります(もちろん冗談です)。

  • 探検隊長
  • 2008年05月17日 16:02

面白いです☆ 広げて行けそうな、話ですね。

  • kazuky
  • 2008年05月19日 05:10
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