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2008年01月31日

NHK BS2 「週間ブックレビュー」

 NHK BS2 「週間ブックレビュー」という番組で、札幌雪祭りに関連して札幌の書店(紀伊国屋書店)での売れ行きの良い本の紹介があるそうです。ほんのさわり程度(多分書名が一瞬現れる程度)らしいです。放送日は下記の通りです。

・2/3(日)8:30~
・2/4(月)0:00(日曜日の深夜)~ 再放送

 紀伊国屋書店からの月間ベストテン(旅行・紀行)のデータが共同文化社経由で届きましたので画像データでアップしておきます。なにはともあれ宣伝してもらって、本の売れ行きにつながることであれば大歓迎です。

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市役所は 小樽の優雅 今に見て

 ステンドグラスに関するブログの投稿を終えてから朝刊を見ていたら、「小樽市 ボーナス1ヶ月減」の見出しが飛び込んで来た。ああ、小樽市もそこまで追い詰められたか、と小樽の秘境取材で小樽市の職員の方々にもお世話になっていて、現役の方々は大変なのだ、と感じてしまう。小樽市役所のステンドグラスの優雅さは今に残っているのに、市の財政は優雅どころではなくなっているのだ。

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大麦も ホップも描かれ 麦酒館

 札幌は意外とステンドグラスを目にするのが少ない都市です。暖房上の観点でそうなっているのか、建築史上でこの装飾が育つ土壌がなかったのか、よく分りません。少ない札幌のステンドグラスの例がビール博物館にありました。

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2008年01月30日

絵文字

 逆禁マーク・ハンティングというのをやっています。街角で見かけた注意書きの看板の禁煙が逆禁マークでした。ここまではいつもの逆禁マークを見つけて収穫があったと思っていたのですが、描かれている禁止事項の絵から、何の禁止事項なのか想像してみるのが面白いと思いました。で、写真を載せておきますので、気が向けば考えてみてください。

 禁煙マークの左側の大小の人物のマークの禁止事項は?右側の二人の人物が描かれている禁止事項は(写真が小さいので判別が出来ないでしょうが、一人は眼鏡をかていてもう一人は顔に傷がある)。

 その他の絵の意味は大体分るとしても、雷の絵のものは文字のコメントをよまないとこれは分らない。以前(今でも)「絵文字都市」というアイディアを部分的にでも実現したいものだとの考えがあって、この注意事項の看板はいたく気に入りました。ただし、この注意書きを掲げて営業している店の客になった経験はこれまでの長い人生で1,2回です。

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2008年01月29日

外は雪 内珈琲(カフェ)談義に 花の咲き

 藻岩山のロープウェイの駅から、春先の山道を歩いてパゴダの平和記念塔まで登ったことがある。帰り道に寄ったのが北大農学部教授の小熊桿(おぐま まもる)の私邸を移築して喫茶店(ろいず珈琲館)として利用している建物だった。設計者は田上義也(たのうえ よしや)である。昔の北大教授ともなれば、主が居なくなっても都市景観重要建築物になるほどの私邸を建てることができたのかと感心する。雪の中の珈琲館の店内では、珈琲談義から始まって客の話に花が咲いていた。

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2008年01月28日

木製戦闘機の模型

 木製戦闘機キー106の取材も兼ねて某所に行ってきました。取材の写真の出所が分って別の人の取材依頼に対応するのが大変であるとか、現場の写真撮影禁止とかの制限があるので、取材内容が秘境のテーマになり得るのかどうか判断が難しいところです。
 一応、応接室に飾ってあった木製戦闘機の模型の写真を載せておきます。

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 訪れた場所に逆禁止マークがあったので、こちらの写真も載せておきます。この写真は将来利用できるかも知れないと思っています。

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2008年01月27日

ベゴニアの 会話の外は 白世界

 昨日は大雪で朝から雪かきでした。冬場は散歩もしないので、ちょうどよい運動ではありますが、それにしても降りしきる雪を見ていると、日常の事とは思えません。外の雪を見て、一日爪句の整理(つまりは画像の整理)を行っています。

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2008年01月26日

大連中山大酒店の窓から

 大酒店とあっても酒を飲ますところではない。中国ではホテルを酒店と称する。大がつくと大きなというのは漢字を知る民族なら理解できる。酒店でも室内のミニバーから酒を取り出して飲むと、市内での飲み代の何倍かを要求される。で、時間のある時に金のかからない時間つぶしの方法は、窓の外に見える風景をカードにスケッチすることである。

 ホテルの窓から見える風景は往々にしてスケッチには向いていない。しかし、写真に撮るとさらに平凡な景色にしかならない。その点スケッチは描き手によっては写真よりは現場感のあるのもを表現できる。描き手がよいという訳では決してないけれど、写真とスケッチの差を比較するために、酒も飲まずに一人で居て、酒店の窓から見た大連の街角の写真とスケッチを載せておく。

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2008年01月25日

線香の 残り功徳の 履歴なり

 街の中の廟の天井から螺旋状の飾りがぶら下がっている。これは何かと見ると巨大な線香である。下からつけた火が線香を燃やしつづけ、1週間は燃え続けるだろうと耳にした。願い事を書いた紙を線香と一緒に寄進して線香に火を付ける。この線香が点っている間は功徳が積まれることになる。廟に祭ってあるのは海の女神の天后で、中国の伝統を受け継いでいて、龍や鳳凰の置物やレリーフ、漢字の対聯が女神の周りに配置されている。女神なのでお産に関する願い事も多いらしい。

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天后は 海(産み)の女神で 人気あり

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2008年01月23日

現代の チャン・フン・ダオは ビル率(ひき)い

 ホーチミン市内で巨大なブロンズ像が目に付く。サイゴン川の傍のメリン広場にある像に名前にTran Hung Daoの文字が見える。しかし、ベトナム語に通じていないのでこの名前が発音できない。インターネットで調べるとチャン・フン・ダオ(陳興道)将軍(1266~1300)で元軍が攻めて来たいわゆる元寇からベトナムを守った英雄である。ベトナムの一体性のシンボルとして建てられているとの話を聞いた。現代の将軍の像は大きなビルを率いているように見える。

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今もなお 元寇見張り 越南地

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2008年01月22日

売り娘(こ)まで ベンタイン市(いち)は 花に見せ

 ホーチミン市で泊まったニュー・ワールド・ホテルから歩いて5分ほどのところにあるベンタイン市場は1914年にフランス人により建てられたものである。市場の正面入口には時計塔があって、これが市内最大のこの市場のシンボルとなっている。建物内に入るとありとあらゆるものが並んでいる。品物が通路を狭め、ところによっては人一人しか通れないほどまでになっている。裏に面した入口には花屋が並んでいて、バラやユリの定番の花に混じり、南国の花が並んでいる。

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溢れ花 人吸い寄せて 市(いち)の道

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2008年01月21日

これ何だか分りますか

 大連のホテルの部屋に入ったら、机の上に写真の物が置かれてありました。これ何だか分りますか。パンダ(コメントによりこれは狸に訂正)をデザインしたものであるのは見れば分るのですが、何に使うものかと頭のフタの部分を取ってみると中に水が入っていました。そこでこれは加湿器であることが分りました。パンダ(これも狸に訂正)の両耳の部分から蒸気が放出されるようになってます。へその下の部分の突起部分が回転するようになっていて蒸気量のコントロールを行うようになっている。こんなところに回転ダイアルをつけているとは(狸ならこれは理にかなったデザインか)。う~む、そのキッチュ風デザイン、大きさ、これぞ現代中国風を実感させる室内器具でした。

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2008年01月20日

1月に入ってからの忘年会

 大連では1月半ば過ぎなのに外資(日本)企業の忘年会に参加して来ました。どうして1月なのに忘年会になるのかというと、中国の春節(旧正月)が2月の初めにあるので、年の区切りをここに置くと2008年になっていても2007年忘年会となります。

 社員の平均年齢が若いので、大学に勤めていた頃の学生達のコンパに付き合っている感じです。忘年会には社員とその友達も呼んでいて、200名を超す大宴会です。余興の出来に順番をつけて、会社側が出した景品を与えていました。また、くじ引き(くじを引くのは経営者や来賓)で値の張る品物が当たる余興もやっていました。因みに私がくじを引いた景品はデジカメでした(ただし、景品は私が用意してはいません)。気持ちの上では暦ではなく、慣習の行事で年が終わり、そして始まるのでしょう。

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2008年01月19日

歴史道 突き当たる先 本願寺


 地図を見ていると碁盤の目のように走る札幌の道路が、敷地に吸い込まれるように途切れて大きな建物が建っているところがある。北海道庁や東本願寺の例がそうで、これは札幌創建時に一方は政治の片方は宗教の中心でこの敷地の配置になったのだろう。東本願寺は真宗大谷派札幌別院が正式名称で、1870年(明治3)年に札幌で布教を開始し、1892年には現本堂が落成している。雪の季節には本堂の大屋根からの落雪が問題で、大寺院の構造は雪国向きではないようだ。

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雪国は 大屋根雪崩 気の張りて

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兵屋の とり残されて 異空間

 屯田兵の語源は漢の武帝まで遡るので二千年以上の歴史がある。これに比べると、明治に始まる屯田兵制度は歴史が浅く、短期間に終わった制度である。1874年(明治7年)琴似に開かれた屯田兵村に建てられた兵屋が琴似の繁華街から道一本奥まったところに保存されている。ボロ小屋にしか見えないものが大都会の中に佇んでいるのを目にすると、異空に紛れ込んだ感じさえする。八畳、六畳二間に土間のあるこの建物は冬はさぞ寒かったことだろうと想像する。

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板壁に 風吹きあたる 寒さかな

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2008年01月18日

大連は 朝靄(あさもや)の中 陽の弱き

 ホテルの窓から見下ろす大連の街はうっすらと雪化粧です。昇る太陽も朝靄の中で光が弱く、北国の都会が目の前にあります。ここで情景の写真を載せることができればこの投稿は完了するのですが、PCに画像処理ソフトがインストールされていないので帰国後に写真を加えることにして、爪句だけの投稿です。

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2008年01月17日

空港のタクシー

 ホーチミン市から成田経由で大連市に来ています。大連の空港からタクシーを拾おうとして、客引きにつかまり、市内まで「百元」と吹っ掛けられました。「今日は寒いからこの料金だ」と言っているらしい。これは高いと断ると、別の客引きが今度は75元と電卓で示してくる。これらの客引きからどうにか逃れて料金メータのあるタクシーをみてけてホテルまでゆくと料金は28元でした。少しは中国語ができてタクシーの相場を知っていたから引っかからなかったけれど、初めて大連を訪れた外国人はよいカモにされているのかも知れない。空港からはメータのあるタクシーに乗るのが海外旅行の定石です。

漢方は かくの如しと 蔵の家

 ホーチミン市から帰国して、そのまま成田空港から大連行きの合間に投稿します。 

 札幌の都心にビルに囲まれ石蔵付きの木造二階建てのこの建物を目にすると、一瞬タイムスリップに遭ったような気持ちになる。漢方薬店であることは看板から分る。インターネットで調べると建物は1901年(明治34年)に出来ている。創業にいたっては1872年(明治5年)というからもう136年続く老舗である。丸井今井デパートの筋向いにある建物で、デパートに買い物に行ったついでに写真を撮っている。ひやかしに店内を覗くのは老舗に威厳に押されてできなかった。

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創業の 明治の文字も 薬効か

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史跡なり eシルクロードの ロゴありて

 この言葉で表されるプロジェクトは2000年の11月の韓国からの札幌IT産業視察団への対応にその端緒があり、本格的には2001年に開始されている。「サッポロバレー」発でアジアのIT先進都市を結んで現代の交易路を開拓するのをこの言葉に込めている。2001年にJR札幌駅前に進出してきたビックカメラ・ビックピーカン店がこの理念を店の内装に取り入れた。プロジェクトが終了してもこの内装は残っていて、札幌の情報産業史の史跡のようにも思えてくる。

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IT店 eシルクロードの 文字の見え

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2008年01月16日

インターネットカード

 ホテルの部屋をチェックアウトすると部屋のインターネットケーブルが使えません。しかし、ホテル内で無線LANを設置しているとインターネットカードを購入して、ホテルのロビーでインターネット接続ができます。1時間(90日有効)で9US$でしたので、千円(日本円)で経験を積むのもよいかとインターネットカード(つまりはパスワード)を買ってブログにこの投稿を行っています。ホーチミン市のホテルですが、こんなサービスが得られるとは思いませんでした。

時間切れ

 ホテルでインターネット接続にはお金がかかります。回線を借りる単位があって1日にしており、もうそろそろその1日が過ぎて時間切れで、追加の設定をしなければインターネットが利用できません。でも、明日は移動日なので、インターネットを使う時間は余りなさそうなので、追加の設定は行いません。すると、インターネットを利用してブログへの書き込みやメールを読むのはベトナム滞在中はこれで終わりです。と、まあ旅行中は不便なところがあります(お金をかければこの不便さは解消できますが・・・)

2008年01月15日

ホーチミン市のバイク

 ホーチミン市のホテルからブログに投稿できるかのチェックです。

 ベトナムのホーチミン市のバイクの洪水には驚かされます。本当に洪水の表現が当てはまるようにバイクが大通りを埋め尽くします。その写真をアップしたいのですが、PCに画像処理ソフトを入れてこなかったのでそれができません。う~むドジを踏んでしまった。

 帰宅して画像処理を行ったものをアップです。

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雪の中 明治もかくや 浅野邸

 ホーチミン市で投稿してみます。

 東本願寺の正面に突き当たる通りに面した木造平屋の建物で、冬期間は閉ざされているのか人の気配がない。建物の後ろに雪で埋まった庭園があり、そこにある立て札を読むと正式には「浅野次郎右衛門邸」である。この人は1884年(明治17年)富山県から渡道して札幌で浅野組を興している。庭に接した石蔵に、丸に違いの鷹の羽の紋が見えて、これは忠臣蔵の浅野家の家紋であるので、両浅野はつながっているのかも知れない。建物はさっぽろ文化百選にも選ばれている。

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石蔵の 家紋連想. 忠臣蔵

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2008年01月14日

住宅街 奏でる乙女 一人弾き

 中央区宮の森の札幌彫刻美術館と別館の本郷新記念館に続く住宅地街の道が宮の森モール~彫刻の道として整備されたのが1988年で、これに合わせて本郷新の「奏でる乙女」のブロンズ像が、道の分かれるところの木の下に設置されている。道路は一部赤レンガを使って舗装されていて、住宅の赤レンガの塀と調和を取っている。この道は1989年に第4回札幌市都市景観賞を受賞している。受賞記念のプレートがブロンズ像の近くに設置されているけれど、文字は消えかかっている。

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風化する 彫刻の道 景観賞

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2008年01月13日

ビルの上 空間開け 貸し画廊

 JR札幌駅南口から延びる西3丁目の大通りに面して北3条の角に円筒形の大同生命ビルがある。このビルのらせん状階段を登っていくと、テラスが開けている。都会のど真中に人影の無いこんな空間があるのは驚きである。テラスには大同ギャラリーの入口があって、近くに本郷新の「鳥を抱く女」のブロンズ像がある。本郷新はこのモチーフの彫刻を色々形を変えながら制作している。本郷新記念館の前に置かれている「鳥の碑」もこの連作につながるものの一つであろう。

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鳥を抱く 女迎えて 画廊前

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2008年01月12日

紀伊国屋書店に並んだ爪句集

 紀伊国屋書店の札幌本店に爪句集「爪句@札幌&近郊百景」が並んでいました。豆本ですので普通の陳列では人目につかないところ、書店の配慮で特別展示の棚の上に乗せてもらっています。これには謝々(シェイシェイ)です。私は明日からベトナムと中国出張で、爪句集に関する事については帰国後に対応することになりそうです。出張中に海外からメールを読み書きできるようにPCを設定してゆこうとは思っているのですが、うまくいきますかどうか。

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穴の中 過ぎる姿に 夢の妙

 JR札幌駅東コンコースの南口に安田侃(かん)の「妙無」と題された白大理石の彫刻がある。安田は1945年に美唄市に生まれて、イタリア政府招待の留学生としてローマ・アカデミア美術学校で勉強している。安田の作品はイタリア産の白大理石を使った丸みのある造形に特徴があり、知事公館の庭の「意心帰」、中島公園の「相聞」などがある。これらの作品名は意味が理解できない。場所指定に利用する場合などは作品名ではなく、「穴の空いた石」などの言い回しとなる。

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場所指定 穴空き石と 便利なり

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2008年01月11日

お天気で 外出ませんか 猫誘い

 近所の家で野良猫に餌を与えていた時期があった。町内会の回覧板に、野良猫に餌を与えないで下さいと書かれていてもこの餌やりは続いていて、常時3、4匹の猫が辺りを俳諧していた。猫は家の前に佇むと餌にありつける習慣を身につけたせいか、ベランダのドアを開けておくと家の中を覗き込む。しかし、野良猫なので人が居ると家の中には入ってこない。冬には餌にありつけないせいか、窓の半分まで積もった雪の上から室内を覗いて、唸り声を上げていた。

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大雪で 食べるもの無く 猫唸り

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養蚕の 研究建屋 最古なり

 北大のキャンパスは1901年(明治34年)都心にある時計台周辺から現在の敷地に移転している。その時に建て替えられた校舎で最古のものがこの木造平屋建ての建物で、札幌農学校昆虫及養蚕学教室であった。国指定の有形文化財に指定されており、現在は「エルムの森」の愛称を持つ、北大訪問者への情報提供を行う交流プラザとして利用されている。今の時代平屋建ての建築物が利用されるのは敷地等の余裕がなければ出来ないことで、この点北大は恵まれているといえる。

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2008年01月10日

江別キリスト村記念碑

 江別の秘境のテーマ探しで「江別キリスト村」創生の開拓史を知った。今やこの村は存在せず、記念碑が残るのみだということで、この記念碑を探しにゆく。住所は江別市東野幌704番地とだけ記されている。詳細の番地の入った地図を持ち合わせていないので、大まかな地図で見当をつけて現地で情報を得ようと出かけてみる。

 筆者のオフィスのある札幌のテクノパークから立命館啓祥高校の横を通り、江別恵庭線に出て江別の市街に向けて車を走らせる。途中の志文別で千歳川の方向に向かう。この辺りでは千歳川が江別市と南幌町の境界になっている。千歳川の土手の工事が行われていて、工事事務所で番地を聞くのだが、工事用の詳しい番地図にも載っていない。近くの農家で聞くと分るかもしれない、とのことで農家をみつけ二軒目でやっと道順を教えてもらう。

 教えられた場所に着いてみると、ここは産業廃棄物の処理場になっていて、ダンプカーが出入りし、ショベルカーが作業をしている。危険ということで一般の人は立ち入り禁止の看板が出ている。近くの事務所風の小屋に詰めている作業員に聞くと、昔ここは教会があったけれど、碑については心当たりはないとのことである。取り壊されたのでは、とも言われる。

 ここまで来てこのまま帰るのも心残りで作業現場をふらふら探していると、現場監督らしき人がきて、碑の場所を教えてくれる。確かに、これでは見落としそうになるように碑があった。保存運動でもしておかないと早晩この碑は産業廃棄物と一緒に処分されそうな雰囲気である。

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 この「キリスト村」の開墾は西村久蔵によって始められた。西村は昭和初期に札幌駅前で洋菓子店「ニシムラ」の経営で成功しており、キリスト信者であった。しかし、第二次世界大戦に主計将校として協力したことで公職追放となり、これを契機に開拓のため江別東野幌の地に入植した。行動を共にしたのは4戸であった。しかし、この地は泥炭地で農耕に適せず、苦難の末心臓病を患って、信仰と開拓の生活は三年で終わることになった。この頃、賀川豊彦は祈りを核にした共同体「キリスト村」建設の運動を起こしている。この運動と西村の開拓の実践の関係は筆者にははっきりしない。

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 1963年開拓に加わった15戸が解散し、キリスト村計画は幕を下ろした。この地での信仰に根ざした開拓史を物語る唯一の記念碑は、一方は農地として広がる雪原と片方は産廃処理のため動いている重機に挟まれて、誰の目にも留まることもなく佇んでいる。その様子は、キリスト村の開拓史が完全に風化していることを物語っている。

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2008年01月09日

ゼラニウム 赤白混ぜて 茜色

 窓の外の景色は季節で変わる。それも同じ場所とは思えないくらいの変わり様である。窓の棚に置かれた草花もこの変わり様には驚かされるだろう。遠くから朝日が建物を茜色に染めて一日が始まる頃、それを窓越しに眺めている様子のゼラニウムの花の赤と白を混ぜ合わせると茜色に近づくのだろうか、と思ってみる。茜色に変わる街を見た窓が、雪の多い年には白で覆われるようになる。窓際の鉢植えの草花の緑が、かろうじてこの雪の白の猛威をガラス越しに押し止めている。

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迫る白 鉢の緑が 押しとどめ

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2008年01月08日

建物も 紅白合戦 駅近く

 JR琴似駅北口にあるこの赤レンガの建物は1929年に日本食品製造合資会社(日食)の缶詰工場として建てられました。「日食コンカリーニョ」の名前のフリースペースで演劇活動に利用されていて、JR琴似駅周辺の再開発で一時移転されていたものが地上40階のマンションの完成に合わせて現在のところに戻されています。レンガ館には三角山放送局のスタジオが入っています。レンガ館から見上げる136mのマンションはさすがに高く、西野の拙宅からも遠望できます。

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2008年01月07日

開拓使 麦酒に残す 五稜星

 日本で唯一のビールの博物館となっているこの建物は、1890年(明治23年)に札幌製糖会社の工場として建てられたもので、博物館としては1987年に開館しています。サッポロビールは「開拓使麦酒醸造所」として始まっているので、開拓使のマークの五稜星が建物の装飾として目につきます。館内には日本におけるビール産業の歴史が展示されていて、その立役者村橋久蔵の事跡や大きな煮沸窯を見ることができます。別棟はジンギスカンが食べられるレストランです。

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2008年01月06日

江別の食のブランド

 現代の市場社会において、どこの地域でもブランドの育成に熱心である。江別市の産業で全国ブランドになりうるものは、レンガに代表される焼物と小麦に代表される食材ではなかろうか。特に食に関しては、近年江別産小麦や小麦の加工食品が知られるようになってきている。

 小麦に関して北海道は国内の小麦生産の66%を占める。この状況で、小麦で全国ブランドの地位を占めるものが出てきても不思議ではない。ただ、小麦のように粉食の場合、小麦粉が麺とかパンとかに姿を変えて口に入るため、米のような粒食と比べて小麦そのものがブランドとして消費者に知られるよりは、その小麦を使った食品が広まってブランドの名声につながるようである。

 さらに、小麦を製粉する場合、大量の麦を一度に製粉するため、ある品種の小麦だけのオーダー製粉がこれまで難しく、どこ産のどの品種の小麦であるとの区別にこだわることができなかった点もブランド化の壁になっていた。この点江別製粉が開発したオーダメイド粉は食品加工の段階で好みの小麦を利用できるようにしていて、ブランド化に力を貸している。

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 このような状況で、近年江別の小麦を使った寒干しラーメンやパスタ、江別以外ではあまり知られていないけれど、レンガパンなどの加工食品の開発が盛んになってきて、知名度も上がってきている。小麦の「ハルユタカ」や「ハルヨコイ」はこれらの食品に姿を変えて江別産小麦の評価を高めている。

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 近年の道産米の評価の高さは江別でも例外ではない。江別産の米がイタリア料理のリゾットとして札幌のみならず道外にも売り出されている。写真に写っている巴農場が生産している「おぼろづき」などの米も知名度が高まっている。

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 食のブランドは口コミから始まるところがある。食と口コミとなるとおかあさん達である。ここに目をつけた江別市が第1回サンデー&サタデーマーケット「かぁーさん江別ブランド 手作り品大集合!」という企画を実行した。普段はほとんど訪れる人もいない河川防災ステーションの活性化も念頭に、江別産の食材や食品を並べた。人の入りは上々である。このような地域での地道な取り組みが将来の江別の食のブランド形成につながっていくのだろう。

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2008年01月05日

2008初夢物語

 ブログの引用方法の復習も兼ねて北海道新聞夕刊(1月4日)に掲載の
2008初夢物語を掲載しておきます。「タイムマシン産業」が大きく成長するだろう、といったコメントだったのですが「産業」の部分が落ちてしまっています。

暑き夏 コクリコ炎 蜂を焼き

 外は雪で庭は白一色の世界なので、色の変化を求めて夏の時の写真です。

 ヨーロッパが原産で江戸時代の渡来花です。芥子科の花で、科名を表す学名のペパベール(Papaver)は、ラテン語の「papa(幼児に与えるお粥(かゆ)」からきています。Papaの言葉から父に関係して語られる花でもあります。フランスではコクリコの名で呼ばれており、与謝野晶子の歌の一節に「君も雛罌粟(コクリコ) 我も雛罌粟」があります。花弁は薄く、紙のように見えることがあります。虞美人草はこの花の別名で、項羽の愛した虞妃(ぐき)に因んでつけられた名前です。

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開きたり 虞美人草の パラシュート

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2008年01月03日

爪句集-軽川

 昨日は本格的な雪で、これから3,4ヶ月は雪との生活です。まあ、そのうち春が来ますし、爪句集から春のテーマを拾って転載しておきます。爪句は凡作とは思いますが・・・

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 軽川の桜つつみには桜をデザインした車止があります。冬の間は雪に埋まっていることだろうと思っています。

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2008年01月02日

パノラマ写真

 前日に掲載した北大博物館の建物を含むパノラマ写真は、水平方向に直線状に合成できません。手持ちのカメラで方向を変えながら撮った写真を合成する場合、水平方向の上下のずれが影響して合成写真が蛇行するためだろうと思っています。ただ、蛇行するパノラマ写真も面白いと思って、三脚を使わず撮影しています。

 地平線がはっきりする風景では、この地平線を基準に手持ちのカメラの方向を変えて行けるので、蛇行しないパノラマ写真が撮れます。その例を北大農場のポプラ並木の風景で示します。なお、ポプラ並木は2004年秋の風台風で倒れたものは若木のポプラに代えられて、並木が片側にしかないように見えます。

 陽の低く 影絵並木に 凍る道

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 名声も 片肺飛行 倒木後

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2008年01月01日

大晦日 見学者無く 博物館

 今日から新しい年なのだけれど、昨日と変わることもなし、といったところです。身近な秘境を歩こうの講座で尋ねた北大の博物館の写真を大晦日に撮りに行ってきました。
 
 北大の博物館は2001年秋に北大創基125周年にあわせて創設されています。建物は元々理学部に属していて、北大の中では農学部と並んで格調の高い建物です。建物を入った正面に階段があり、二階に上るとアインシュタイン塔と呼ばれる部分があり、その名前の由来の説明が掲げられています。昔は廊下に研究活動に関連した色々なものが置かれて、狭くて暗い廊下だった記憶がありましたが、博物館に衣替えした現在は展示物が廊下にあるものの、すっきりした感じがします。

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