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2009年02月22日

豊川稲荷札幌別院

 寺と神社が一体になっている例が多い。「すすきの」にあるこの寺は、玉宝禅寺の寺名を持つ曹洞宗の寺であるのだけれど、境内に稲荷神社があって、豊川稲荷札幌別院とも称されている。名前からわかるように本寺(本社)は東海地方の名刹豊川稲荷である。
 札幌にこの別院が建立されたのは1898年(明治31年)というから、札幌では古刹である。稲荷大明神の額に「すすきの」の文字がみえる。歓楽地「すすきの」は元々動物の狐狸や人を惑わす人間狐狸が出没した里であり、稲荷神社を守る狐と相性が良さそうである。

「すすきの」は 狐狸の里なり 大明神

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 寺は繁華街「すすきの」のビルに埋もれたようにしてあって、立体パーキングの文字が本殿の背後に見える。車がパーキングに止められているなら、人間の方も稲荷神社に詣でて、ここは一時心を休めるためのパーキング場となる。

パーキング 文字見て心 一休み

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2008年10月02日

一坪ギャラリー

 軟石造りのギャラリーがオープンしたとの新聞記事を読んで気にかけていたので、都市の秘境のテーマになるかと出向いてみる。狸小路と背中合わせの西6丁目の南向きの通りに面して、一部軟石の木造の建物があった。白いペンキで塗られたドアが軟石にはめ込まれている。ドアには「New Star」の文字が表示されている。これがギャラリーの名前なのだろう。

石造り ドアの新星 期待込め

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 この英語の名前を訳すれば「新星」で、アーティストの新星誕生を願っての命名かな、とも思ってみる。内は畳二枚をつなげた細長い空間で、通路がギャラリーに転用されている感じである。ここから新星が誕生するとも思えないけれど、持ち主のアーティストに対する善意がつまっている空間である。

ドアを開け 新星いかに 目を凝らし

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 当然というべきか、この空間に客は居なかった。居てもこれでは同時にこの空間を占有するのは苦しいところである。ギャラリーの空間ばかり気をとられていて、後で思い出すに、展示されていた絵の記憶は薄い。展示されていた絵は壁の張り紙のようだった印象である。この特異空間のギャラリーで鑑賞者の目を絵に向けさせるには、よほど力のある絵でなければ無理だろう。

一坪の 特異空間 客の無く

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2008年09月21日

海牛化石発掘現場

 都市秘境探検で、海牛の肋骨が発掘された現場を見に行く。発掘場所は小金湯温泉の豊平川の川底でかなり粗い概略図を手に探しにゆく。あちらこちらと川筋を歩いて、護岸工事の跡なのか、コンクリートブロックの残骸のようなものがある場所に辿り着く。この辺りで小学生が海牛の化石と出会っていて、太古のロマンを感じる。海牛が居た気の遠くなるような昔には、この辺り一帯は海底で、遠くに見える八剣山さえ海の底だった。海牛は泳いでいる下の海底に八剣山を見たことになる。

川底に 海牛化石 ロマンなり

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海牛が 海底に見る 八剣山

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2008年09月12日

三角点

 平成の新山とでもいうべき東区唯一の山であるモエレ山に登ると、頂上に三角点の礎石とそれを囲んで大きな三角点の解説盤がある。解説盤には札幌の主要な三角点の点名と等級、それに大まかな位置が記されている。モエレ山の三角点は「当別太」の点名を持つ二等三角点である。二等にしては元の場所からモエレ山の山頂に移されたこの三角点は好待遇を受けている。

 写真にも見える一等「月寒」は清田区の札幌台にあるものである。一等「厚別」というのもあって、はて平地の厚別のどこにあるのかと探しにゆく。この一等三角点は厚別の中央公園の近くのアパート横の自転車置き場にあった。礎石は鉄製のマンホールの蓋のようなものの下にあるようで、この蓋は開けることができない。写真を撮った蓋には、日本国全土のイラストに三角点と建設省国土地理院の文字があって、蓋にしては立派なものである。自転車置き場になっていても、蓋が一等の格を表しているように見える。

三角点 二等なれども 好待遇

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一等も 自転車置き場 時代なり

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2008年08月27日

紅桜公園

 南区澄川に紅桜公園がある。位置的には地下鉄真駒内駅の背後の山林を越したところにあるけれど、真駒内駅から直ぐに通じる道もなく、地図の上だけで見ていた場所である。一度は見ておきたいと、定山渓方面へ行く機会を利用して寄ってみる。個人所有の公園のようで、園内にレストランがあり、結婚式場も隣接して建っている。

 園内を歩いていると茅葺の家が現れ、門のところにメニューの看板が出ているので喫茶店であることがわかる。せっかくなので入ってみる。建物まで短いながらも庭道があって、玄関横には小さな池があり、緋鯉が泳いる。

紅桜(べにざくら) 公園名で 茶店前

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茅葺に 誘われ入りて 喫茶店

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 玄関を入ると民家風の建物で、えぞ数奇屋造と呼んでいるらしい。木の実茶屋と呼ばれる喫茶店から茶室がつながっていて寿光庵と名づけられている。喫茶店の奥の方には湧き水を利用したミニ庭園が設けられている。メニューにあった抹茶セットを注文する。

抹茶飲む 数奇屋造りの 木の実茶屋

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 紅桜公園は北陸金沢からの入植した奥矢家が造り管理している。金沢市の兼六公園をお手本にして造園している。北海道開拓の苦労を記憶に留める意味から、園内には開拓資料館もあり、奥矢家が財を成した林業に関わる道具などが展示されている。

鋸(のこぎり)は 今に伝える 開拓時

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2008年08月26日

石山緑地

 石山緑地はかつては札幌軟石の石切り場であった。札幌市はこの採石場を含む一帯を北ブロックと南ブロックに分けて公園に再生した。北ブロックが先にオープンしていて一九九三年のことである。続いて採石場跡のある南ブロックの公園化が完成している。南ブロックには石切り場の景観を生かしたり、札幌軟石を使ったモニュメントを配置したりして、独特な景観造りに成功している。

 スパイラルスプリングと名づけられた造形は、名前の通り渦巻き状の泉(流れ)で、その水が湧き出す部分に、螺旋状に上に伸びる塔が軟石で造られている。この石造りの渦巻き塔の彼方に硬石山の採石場が見える。豊平川を挟んで、昔の採石場の跡と現在の採石場が対峙している格好である。

 水場は子供達に人気がある。大人でも流れのある広場は気持ちが休まる。渦を巻いた水路には親子連れがいて、水遊びに興じている。この親子間の諸々の関係が、現実の渦巻き水路のように、どこか中心に向かって渦を巻いて流れ入っているようである。

 採石場跡の景観を生かしたネガティブマウンドと名づけられた石造りの劇場がある。この名前が何を意味しているのかははっきりしない。名前の意味がわからないこの景観は、異空間を造り出している。夏にはこの石舞台がライトアップされ、いろいろなイベントが行われると聞いている。

採石の 山肌見えて 渦石(かせき)塔

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流水や 母子の交流 渦を巻き

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意味不明 ネガティブマウンド 石舞台

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2008年08月25日

真妙寺三十三ヶ所観音

 手稲富丘にある真妙寺に復元されたという観音像を見に行く。三十三ヶ所は西国三十三ヶ所巡礼にならっており、三十三ヶ所を巡るのが不可能な信徒に対する簡便方法として、一山、一寺に観音地蔵などを三十三ヶ所に配置して、これにお参りをすれば三十三ヶ所巡礼と同じ功徳を積んだとされた。

 札幌にもこの三十三ヶ所があり、その一つとしてかつて手稲にあった温泉旅館「光風館」の近くに三十三体の観音地蔵が並んでいた。「光風館」が廃業して、観音地蔵も散逸したところ、残ったものと復元したものを合わせて、真妙寺と手稲稲穂の祥龍寺に安置されている。

 真妙寺の建物の横に一列に並んだ観音像は確かに一番から三十三番までの順番がついている。観音地蔵はそれぞれ表情がある。最後の番号の三十三番目の観音地蔵などは、笑っているようにも、泣いているようにも見える。唇に朱を入れたと見えて、かすかに赤い塗料が唇に認められる仏様もあった。

笑うよう 泣くように見え 三十三(みそみ)仏

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唇に かすかに朱見え 観音像

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2008年08月23日

八剣山のエゾノヨロイグサ

 高さが四百九十八mと聞くと低山である。しかし、この山を登ると肝を冷やす。名前からして八剣山と凄みがある。この山を「札幌秘境100選」の一つの採り上げていながら、実際に登っていなかったので登ってみる。初めての山なので、案内役を頼んで、五名ばかりが集まっての登山である。

 岩場の登山道にはロープも渡してあり、これを頼りに登っていく。山頂付近に白い花が咲いていたので写真を撮る。下山後に調べるとエゾノヨロイグサらしい。山が低いので低地に生える花がこの高さのところにあっても不思議ではない。しかし、ここにこの花は、思いがけないものを見た感じである。岩場の道を登ってきて、頂上付近でこんな花に出会うと、もうすぐ頂上と手招きされている感じである。

 山頂からの絶景を満喫してから下山である。エゾノヨロイグサは、下山も気をつけて、と見守っているようである。登山も下山も足元の危なかしさに気をとられ、ゆっくり花の写真を撮っている余裕はなかった。しかし、岩場の尾根にこの大型の花が咲いていたのは、本当だったのかと、後で思い返している。

頂上へ エゾノヨロイグサ 手招きし

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岩場道 花の見守る 八剣山

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2008年08月22日

バッタ塚

 札幌市指定史跡の手稲山口バッタ塚を見に行く。北海道開拓時代にイナゴ(蝗-トノサマバッタ)による蝗害は甚大なものであった。石狩の砂浜では春先にイナゴの卵を集めて、畝状にして砂を掛けて処理した。その跡が新川の河口近くにバッタ塚として残っている。バッタ塚の地層を切り出したものを見ると、バッタの卵が埋められた部分の土地は黒ずんだ層状のものとなっている。海岸に近いせいか、八月の中旬でも早やススキが穂を出し、トンボが飛んで秋の気配である。

ここはもう 秋の気配の バッタ塚

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砂浜の 蝗卵(こうらん)埋め地 ススキ生(お)う

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