2016年04月30日
今日(4月30日・その2)の一枚
ヤマザクラ 花に霰の 卯月末
桜が咲いているというのに、雪か霰か白い落下物が空間を埋めている。春先の地面の花に降雪は有り得ても、桜に雪とはあまり見たことがない。風が出て花吹雪にでもなったら、吹雪と混じり合ってどんな光景になるのだろうか、見たいものだ。
- Permalink
- by 秘境探検隊長
- at 14:46
- in 爪句 ≫ 爪句@今日の一枚 ≫ 爪句@今日の一枚(2016年:S31)
- Comments (0)
2016年04月30日
ヤマザクラ 花に霰の 卯月末
桜が咲いているというのに、雪か霰か白い落下物が空間を埋めている。春先の地面の花に降雪は有り得ても、桜に雪とはあまり見たことがない。風が出て花吹雪にでもなったら、吹雪と混じり合ってどんな光景になるのだろうか、見たいものだ。
太平駅を通過する札沼線の南側は北51条の条丁目で、北側は太平の条丁目で住所が表示される。太平の地名は太平山信仰からのものかと思っていたら、地形が平らで太く大きく発展する願いを込めて、地元の決議で新しく地名にした。太平駅は住宅街の中にある駅で、無人駅である。駅前広場といったようなものは無く、線路に沿って駐輪場が設けられている。2面2線でホーム間に跨線橋がある。桑園駅から新琴似駅までは高架であったものが、太平駅からは地上の線路になり、駅の東側には踏切があり、ホームから人が通るのが見える。(2016.4.24 撮影)
2016年04月29日
放送の 電話に準備 記事を読む
NHK第一の午後1時からの2時間番組「歌で旅する北海道新幹線 青函の名曲や地域情報満載」に帯広放送局から出演依頼。歌を歌う訳ではない。3月26日に鹿児島指宿から帯広まで新幹線を利用して到達した話題の3分程の電話インタビューである。
新琴似は屯田兵が入植した歴史ある土地で、新琴似屯田兵中隊本部が新琴似駅の西側近くに保存されている。高架駅で駅東側は駅前広場になっている。駅前広場を再開発した際に取り壊したレンガ造りの工場のレンガの一部を広場に残してある。有人の業務委託駅で通勤・通学客で賑わう。ガラス張りロビーの片隅に「新ちゃん」の愛称の石像の熊の像が置かれていて、イベントに合った衣装が着せられ、テレビでも報道された。高架のホームは相対2面2線となっている。2012年に電化され北海道医療大学駅まで学園都市線の愛称がある。(2012.4.1 撮影)
2016年04月28日
昨日(4月27日)の道新文化センターの「身近な都市秘境を歩いてみよう」講座は
北海学園の見学でした。地下鉄東豊線学園前駅に集合で、地下鉄直結の同学園
に、出迎えていただいた職員の方の案内で同学園の国際会議場に行きました。
森本正夫理事長に迎えてられて会議場の楕円形のテーブルに座って、森本
理事長から30分ほど同学園の紹介のお話がありました。森本理事長のお話の
最中にパノラマ写真を撮影しました。
(パノラマ写真:北海学園国際会議場)
前述の学園構内に直結する地下鉄の駅が出来た経緯のお話も森本理事長
のお話にありました。1万人を超える同学園の学生が利用するので、
黒字の駅になるという札幌市の経営的判断が地下鉄駅を学園に直結させる
理由でもあったとのことでした。
意外だったのは、最初「北海学園駅」と地下鉄駅名の当初案は学園の
宣伝になるものだったのが、公共施設であるので「北海」を除き「学園前」に
したのは学園側(森本理事長?)からの提案だったそうです。
森本理事長は現在84才ということで、この年齢で現役でお元気です。
趣味は自宅での農作業と聞いています。
毎回参加者全員のパノラマ写真を撮る講師は写真に写ることはありません。
今回は森本理事長の席の隣で司会役を務めていて、名前の名札を本人の
写真代わりに撮っておきます。テーブルの上の水は学園からのサービスです。
写っている資料は毎回作成する4ページのカラー刷りで、この作成には時間が
かかり印刷代が馬鹿になりません。資料にQRコード付きのパノラマ写真も
載せていますが、ほとんどの受講生には見てもらっていないと予想しています。
森本理事長のお話が終わって、大学図書館の地階にある開かずの北駕文庫を
特別に見学させてもらいました。今から100年以上前の明治44(1911)年、
北海学園の創設者である浅羽靖(しずか)が、自らの所蔵する図書や、全国各地から
寄贈を受けた図書など1万余冊による「北駕文庫」を設け、広く利用したことが文庫の
始まりです。
最初の文庫は書籍等を石蔵に保管してあり、この石蔵は現存しています。
ここで「駕」の文字は身分の高い人が来られる意味で、大正天皇が皇太子であった
時にこの文庫を視察されたので「北駕」と命名したとのことです。当時の石蔵の
写真と「北駕文庫」の由来の説明文が額に納まっています。
学園内にあるかつての「北駕文庫」の石蔵を外から見学しました。丁度桜が
咲き出していて、天気も良く、写真をとるのには好条件でした。
(パノラマ写真:「北駕文庫」だった現存の石蔵)
石蔵の近くに前述の大正天皇(皇太子時代)の行啓記念碑があります。
さらに少し離れたところに浅羽靖の胸像がありこれも見学しました。
胸像の後ろに回ってみると背中の部分に大きく「碩朗作」の文字が
あるのを見つけました。これは彫刻家田嶼碩朗と思われます。
田嶼は北大構内にある最初のクラーク像を制作しています。
北海学園は北海中学から始まり、この学校は札幌農学校の
英語教育と関わりを持っていたので、両大学に同じ彫刻家の
胸像が残っていても不思議ではないかもしれません。
札幌を代表する彫刻家の本郷新は北海中学卒業で、この経緯もあり構内に
「わだつみ像」があり、これを見学しました。本郷は同中学出身のロスアンゼルス
五輪の男子三段跳びの金メダリスト南部忠平像も制作しており、この
像は見学会では見ませんでした。
見学の最後は大学の7号館屋上からの眺望を堪能しました。10階建ての屋上
からは札幌近郊の山々、増毛山系、夕張山系が冠雪の状態で遠望できました。
キビタキの 雌を捕撮の 寒き朝
野鳥が地上に降りて笹薮などに隠れてしまうことがある。こうなると野鳥は見つけることさえできない。野鳥を撮ることを期待していない地上に近いところに野鳥が現れる。上手く撮ることが出来て、図鑑で調べるとキビタキの雌のようである。
札沼線駅は、人工の川の「新川」を越える辺りで北東方向にカーブし、直線で延びる。線路が高速道路の札幌自動車道を越える前に新川駅がある。高架駅で八軒駅と同じ構造の相対2面2線である。長いホームの端から見ると線路の彼方に西区の三角山が見える。さらに駅の西方向に手稲山が間近に迫って見える。駅周辺は住宅街で目立つ建物はなく、駅西側に新川中学校と新川中央小学校がある。業務委託の有人駅でみどりの窓口、キヨスクがある。駅舎内に3月26日に開業したばかりの北海道新幹線の宣伝があり大谷翔平投手の顔がある。(2016.4.13 撮影)
2016年04月27日
撮影者 姿写らず 名札あり
北海学園の見学では森本正夫理事長の出迎えを受ける。早速国際会議場で北海学園に関する森本理事長のお話を聞く。講座参加者は楕円形の大テーブルに着席していて、パノラマ写真が撮り易い。撮影者は写っていないけれど名札が見えている。
(パノラマ写真)
近場の駅はいつでも撮れるだろうと思って気が付くとデータが無い。八軒駅も改めて取材で、札幌駅発の札沼線に乗り二つ目の駅で降りる。札幌市街は南北に道路が延びて碁盤の目状になっているが、八軒地区は45°傾いた碁盤で線路は碁盤の対角線に延びる。高架駅で六両編成の電車が運行していてホームは長い。ホームは相対の2面2線で、ホーム間は線路下の通路で行き来する。電化されたのは比較的最近で2012年である。業務委託駅の有人駅で、みどりの窓口がある。ホームには階段、エスカレータ、エレベータとあり選択に迷う。(2016.4.13 撮影)
2016年04月26日
路線上では、札沼線は桑園駅と新十津川駅の区間であるが、全ての列車は札幌駅が始発となり、桑園駅は分岐駅である。桑園駅の出自は札幌競馬場にあり、競馬場の開催日に限り北五条仮乗降場が設けられ、これが後に駅に昇格した。高架駅で地上からホームに出る2階部分の階段通路のところに競走馬の大きなステンドグラスがあるのは、駅の成り立ちと現在も競馬場が駅近くにある事を物語っている。ホームは2面4線で、大きな屋根がホームを覆っている。競馬場の建物が見える辺りで函館本線と札沼線(学園都市線)が分岐する。(2012.1.21 撮影)
2016年04月25日
初撮りで 朝の収穫 アオジなり
未だ出合っていない、というより写真に撮っていない野鳥となると朝の散歩の大収穫である。視力が弱く肉眼では遠くの鳥がはっきり見えなくても、何となく今まで見たことのない鳥だと撮影する。帰宅して拡大するとアオジで、初撮りである。
2016年04月24日
目の周り 白隈取で メジロなり
かなり遠くの枝に野鳥が止まっている。肉眼では何の鳥かはわからない。取りあえず撮っておいてPC画面で拡大してみる。目の部分が白い隈取になっていてメジロである。望遠レンズの倍率が野鳥撮影には十分でないので鮮明には撮れなかった。
緑葉の 上で下向く 萼の花
昨夜からの雨で、遊歩道が湿っている西野市民の森でエンレイソウを撮る。濡れている青々とした葉の上にエンレイソウの赤紫の三萼が開いて、中の蕊が見える。この花は下向きに咲き、下から見上げるカメラアングルにして撮るのに手間取る。
2016年04月23日
マンホール 図柄異なり 新幹線
夕刊に『「夢の車両」想像と違った』の見出しで、北斗市がマンホールの蓋に用いた北海道新幹線車両の図柄が、実際の「H5系」と異なる記事が載る。「新函館北斗駅」の工事中の駅前で撮ったマンホールのパノラマ写真で違いを確かめる。
(パノラマ写真)
2016年04月22日
満月や 黄円陰見え 手持ち撮り
暦に満月とある。陽が落ちて東の空に赤みがかった月が出ている。月からの光が弱いので三脚を用いて撮影した方が手ぶれもなくて良いのだろうが、面倒なのでカメラを手持ちで撮影してみる。なんとか撮った写真には月の表面の陰が見える。
アカゲラに 耳を試され ドラミング
居場所が良くわかる野鳥はキツツキ類で、ドラミングのする方向を探すと大体見つかる。ただ、静かな環境ではドラミングはかなり遠くまで響き、近くの木を探しても鳥影が見つからぬ場合もある。ドラミング音による聴覚テストを受けている。
2016年04月21日
都市秘境散策講座の2回目はスペイン国名誉領事館訪問である。名誉領事館は北洋銀行本店内にあり、名誉領事は同行会長の横内龍三氏である。北洋銀行本店ビルの2Fの入口で横内氏の出迎えを受け、横内氏に役員室のある11Fで名誉領事として名誉領事館の説明と質疑応答を1時間程度行っていただく。
(パノラマ写真:スペイン名誉領事館)
横内氏は日銀勤務時代、ドイツで仕事をされ、スペインにも行かれた経験がある。スペインに関する関わりなどを話していただく。名誉領事館の「名誉」は経費を全額日本側で持つという意味に訳することもできるとの事である。主な業務は在日スペイン人のパスポート更新受付業務、緊急時の支援、情報提供サービス、文化・経済交流の支援等である。
質問が色々出て、訪問終了後、その日の内に横内氏からメールで回答が寄せられた。質問と回答を列記すると
質問)1
在北海道のスペイン人は何人?
回答)1
32人(在留届提出ベース)
※在留届の提出に法的な義務はありませんので、
実際の居住者これ以上いる可能性もあります。
質問)2
イスパニアはいつ、スペインに?
回答)2
・イスパニアはラテン語で、ローマ帝国に支配されていた当時(7世紀頃まで)に
使用されていたもの
・その後、10世紀頃以降にエスパーニャ(スペイン語)と呼ばれるようになり、今に
続く。
・日本では、スペイン語の発音に準じて永く「エスパニア」としてきたが、
明治以降は英語の発音に準じて「スペイン」を使用している
→つまり、日本側が勝手に呼び方を変えただけのようです。
質問)3
国旗の赤と黄の意味
回答)3
有力説)黄色は、「豊かな国土」、赤色は「外敵を撃退した時に流れた血」を象徴
別の説)昔の戦争は船を使用することが多かったので、遠くからの視認性に優れた
色合いとすべく、赤と黄色の組み合わせとなった。
名誉領事館を訪問し、質疑を通してスペインが身近に感じられるようになった。
(名誉領事館の紹介をする横内氏、横内氏の左側に写っている国際部担当部長の矢嶋洋一氏が大連の北洋銀行のオフィスに勤務されていた頃大連でお会いしている。)
スペイン国名誉領事館を辞して、歩いて日本基督教会札幌教会までゆく。平日はこの教会の中には入ることが出来ず、外側を見るだけとなる。
(パノラマ写真:日本基督教団札幌教会)
教会からさらに歩いて北海道教育大学アーツ&スポーツ文化複合施設(HUG)を見学。同大学のスタッフの南俊輔氏が対応してくれる。展覧会が行われていない期間で、軟石がむき出しになっている壁に囲まれた空間があるでけだった。
(HUG内での参加者のパノラマ写真)
最後はホテルクラビーサッポロからサッポロファクトリーまでの地下通路にある「やじうまFactory」をみる。20名居た参加者の一人もこの通路を通った事がないのは予想外だった。
昨日(4月20日)、都市秘境散策講座で見学した場所です。さて、ここはどこ。
パノラマ写真に写っている参加者で、このブログとパノラマ写真を見た方、
HN(ハンドルネーム:自分だけがわかる仮の名前)でよいので、見たと
コメントを書いてください。毎回、見学のレポートをブログに書いていても
参加者からのコメントが無ければ、レポートを書く意味がないのでは
ないかと思っています。20名の参加者の1割からコメントが返ってきても
2名で、それだけで十分とは思っているのですが・・・
(パノラマ写真)
2016年04月20日
西国章 プルス・ウルトラ 領事談
今日の都市秘境散策の訪問先は在札幌スペイン国名誉領事館である。領事館は北洋銀行本店内にある。昨年名誉領事に就任の同行会長の横内龍三氏が出迎えてくれる。スペインの国章にあるプルス・ウルトラ(もっと先へ)が氏の座右の銘である。
(パノラマ写真)
2016年04月19日
2016年04月18日
雪解けて 波紋広がり 毛繕い
川の中でカモが毛繕いの動作を見せている。見ていると随分と身体が柔らかい。首を曲げ後ろの毛の中に嘴を入れての作業である。水を弾くように身体の脂分を羽に塗りつけているのかもしれない。身体を動かすと雪解けの水面に波紋が広がる。
2016年04月17日
吉運ぶ マリオカートか 小雨中
ミニカーに登録される公道専用カートがある。これをコスチュームで変装して乗り回す一団もいる。ゲームのマリオブラザーズのコスチュームならリアルマリオカートと呼ばれ、これを公道で見ると幸運が訪れるという都市伝説が出来つつあるらしい。
2016年04月16日
アカゲラを 朝日縁取り 幹の陰
アカゲラが木に止まっている。朝日を浴びた姿を撮りたいとシャッターチャンスを狙っていると、朝日の当たらない木の陰に回り込んでくる。身体に一部分が朝日に照らされて幹の部分と区別できる。頭の赤帽子は日陰で冴えた色には写らない。
青空や バッコヤナギに ヒガラかな
シジュウカラに似た小柄な野鳥がバッコヤナギの枝に止っている。バッコヤナギの花は綻び始めている。野鳥の胸に黒いネクタイ模様が見えないのでシジュウカラではないようだ。頭部に冠羽らしきものが心持ち見えていてヒガラのようである。
突(つつ)き無く 目で虫追うか コゲラなり
宮丘公園内の舗装道路を歩いていると、近くの枯木にコゲラが止まって、木についている虫を探している。カメラとの距離がかなり近くても逃げない。ドラミング動作をするでもなく、目で虫を探している。いつもとは勝手の異なる撮影となる。
2016年04月15日
石勝線の終端駅で1面のホームから単線の先に車両止めが見える。駅は1892年に開業しており、道内屈指の古さを誇る駅である。駅舎は移転、改築を重ね現在の場所になり駅舎は三代目である。時計塔のある三角屋根で教会風で洒落ている。玄関上部に「ゆうばり駅」の表示があっても、夕張市が管理する観光案内センターが入居していて駅業務は行われていない。駅舎内に夕張のマスコットキャラクター「メロン熊」のポスターがある。駅舎の横に「ホテルマウントレースイ」の大きな建物がある。毎年行われる映画祭で会場の一つとなる。(2014.4.24 撮影)
2016年04月14日
気が付けば カタクリ咲いて 庭の花
気が付くと庭のカタクリの花が咲いている。毎年同じ株が同じ場所に咲くので、山道で春の花を見つけようとする真剣さに欠け、写真を撮ることさえ逃してしまいそうになる。今年はしっかりと写真を撮り、庭の花である事の認識を新たにする。
4月13日は道新文化センターの「身近な都市秘境を歩いてみよう」の2016年春コースの初日である。2007年秋に始まったこの講座は10年目を迎え、通算13回目になる。初回からのリピータはいないけれど2回目あたりからのリピータは参加していて、毎年同じところに行かないようにスケジュールを組んでいる。ただ、毎回の初日は道新文化センターのビルに集合してから出発なので、歩いて行ける都心部となると、これまで訪問したところと重なる場合もあり、市庁舎も以前に訪れた事がある。それでも新しい見学場所を探して行くように企画した。
市庁舎の見学は市職員のS氏に全面的にお世話になった。市庁舎のロビーまでS氏は出迎えてくれ、10階にある市長、副市長室の並んでいる待合室に飾ってある札幌市栄誉市民の肖像画を見学する。肖像画の写真を撮るのを目的にしていたが、見学者を引率していてはその目的は十分達せられなかった。栄誉市民の第1号の宮部金吾博士と最後の板垣武四元札幌市長の写真を載せておく。
次に18階にある札幌市議会の傍聴席で、議場を見下ろす席で担当者から市議会全般にわたる説明を聞く。議員の定員は68名で、現在は死去により1名減って67名である。議場には秋元克広市長、町田隆敏副市長の名札があって、辛うじて読める。お二方も顔見知りで、筆者から見ると若い世代が市の舵取りをする時代になっている。傍聴席に来なくても、市議会の様子はインターネットでも見ることができるそうである。
札幌市庁舎の最上階は19階で、以前ここに本格的な茶室があった。筆者の「都市秘境」に関する諸々の原点になった場所である。しかし、今はその茶室は無くなって、市長の記者会見場になっている。秋元市政が発足してから1年が経ち、札幌市の現状とこれからの市の向かう方向等につき「札幌市まちづくり戦略ビジョンアクションプラン2015」の冊子で担当者から説明を受ける。人口問題を始めとして、札幌市を取り巻く環境が転換点にあって、これからの市の政策がどこに重きがおかれるのか、短時間に説明してもらう。
(市長記者会見場で説明を聞く参加者・パノラマ写真)
市庁舎の見学を終えてから札幌国際プラザに行く。担当のI氏が説明してくれる。国際プラザは公益財団法人で「多文化交流部」と「コンベンションビューロー」の二つの組織の柱がある。それぞれでどんな事業が行われているのかスライドによる紹介があった。国際プラザの活動は多くの無償ボランティアで支えられていて、今後外国人が観光でもビジネスでもあるいは居住者として札幌に来るのが増えるのを見越すと、国際プラザの重要性が増し、ボランティアの役割も拡大する。
説明後、実際に活動が行われているロビーを見てまわる。寄贈された打掛が展示されていて、これを羽織って写真撮影ができると説明されていた。
(札幌国際プラザのロビーとオフイス・パノラマ写真)
外国語 ツツピーツツピーと シジュウカラ
散歩している耳に野鳥の鳴き声が届く。鳥の鳴き声は何と表記してよいか判らずお手上げである。耳慣れない外国語を日本語で記録する作業みたいなものである。「ツツピーツツピー」とも聞こえる鳴き声の方向に居た野鳥はシジュウカラである。
鹿ノ谷の集落は道道38号沿いにあり、駅は38号の東にある。駅から直接東側に行く道路は無い。鹿ノ谷駅が、かつては夕張鉄道線の接続駅として広い構内を持ち、石炭運搬の拠点駅として栄えたことが、今も構内に残る長い人道橋で推察できる。駅舎に接した1面のホームに棒線が南北に延びている。高倉健主演の映画「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地で有名になった場所は、上り方向の若菜地区に想い出広場として保存されている。無人駅の駅舎の壁に鉄道の写真や毛筆による句が貼られている。地区の簡易ギャラリーの雰囲気である。(2014.4.24 撮影)
2016年04月13日
市役所に 都市秘境あり 見学会
道新文化センターの講座「身近な都市秘境を歩いてみよう」の初日。今回は札幌市庁舎が講座の皮切りとなる。市の職員のS氏がロビーまで出迎えてくれる。この後札幌栄誉市民の肖像画、札幌市議会、市長記者会見室で担当者から説明を聞く。
(パノラマ写真)
清水沢の集落は山間の細長いもので、駅の敷地の広さのところに家が並んでいる感じである。かつての駅は石炭運搬の拠点駅として栄えていたのがこの構内の広さに残っている。駅の南側で国道452号は直角に折れ、夕張川を堰き止めた巨大なシューパロダムへと続いている。国道から分かれた道路が駅前を通り、道道38号につながる。清水沢駅の駅舎の玄関部分は三角屋根付きで大きな駅名看板がある。しかし、駅前通りはシャッター街の様相を呈している。訪問した時はスペースのある有人駅だったが、2015年10月に無人化された。(2014.4.24 撮影)
2016年04月12日
カワラヒワ 止まり曲芸 技を見せ
ガラス戸越しに野鳥を撮る。野鳥なので細い物の先に止まっても不思議ではないのだが、それにしても曲芸師のように上手く木の枝(葉)先で身体を支えている。羽のところに黒と黄色い模様が見え、ずんぐりした嘴からカワラヒワとわかる。
ホオジロが 赤味を帯びて 日の出かな
今朝は300 mmの望遠レンズを持って、野鳥を撮る意気込みでの散歩となる。梢に止まっている野鳥は、この辺りを縄張りにしているらしいホオジロである。先日も見かけているけれど、同じ鳥かどうかは分からない。朝日で赤味を帯びている。
南清水沢の集落は夕張川の西側にある。川の東側から北側は清水沢地区になっている。南清水沢地区では線路と国道452号が隣り合わせで南北に延びていて、駅は国道の東側沿いに国道に接するようにしてある。駅前の国道の西側にはスーパーマーケットがある。駅の南側に清水沢地区につながる道路が延び、線路と交差するところに踏切がある。単式ホームで棒線が真っ直ぐに延びているのが確かめられる。駅舎内はかつての切符販売の窓口のところに時計が置かれ、シャツや手袋がかけられているけれどこれは忘れ物なのかも知れない。(2014.4.24 撮影)
2016年04月11日
卯月雪 咲くをためらい クロッカス
庭のクロッカスが咲き出した頃にこの雪である。クロッカスも花弁を広げようか、閉じたままにしておこうか迷っている風情である。花に雪は北海道の春先に見られる光景ではあるにしても、予想していなかった事で、花を見る方も少々驚く。
新夕張駅からの石勝線支線は国道452と並行して延びる。沼ノ沢駅は国道沿いにあり、線路の南側に沼ノ沢の集落が広がる。駅が国道沿いにある立地を生かしてか、駅舎の旧事務所部分に「レストランおーやま」がテナントとして入居している。駅舎の半分以上はレストランで、駅看板がなければここが駅舎とは気が付かない。駅前にはシャッターが下りた店舗が並んでいて、財政破綻の夕張市の一端を垣間見せている。周囲は夕張メロンの主産地である。ホームに出てみると単式1面1線の棒線で、春を告げる福寿草の花が目に付いた。(2014.4.24 撮影)
2016年04月10日
新得駅が観光地の駅であることは駅前広場に立つと感じられる。時計塔のある三角屋根を乗せた玄関部分に半円形窓と格子窓を組み合わせたデザインの木造平屋の駅舎はいかにも外国風である。広場には「希望」と題されたハトを手にした裸婦像がある。その像の向い側に「火夫の像」があり、根室本線の駅でもあるこの駅から狩勝峠の難所で奮闘するSLの機関助手の投炭の姿が像になっている。社員配置駅でみどりの窓口やキオスクがある。駅舎内には立ち食いそば店がある。2面3線で島ホームは屋根付きで、ホーム間に跨線橋がある。(2014.9.5 撮影)
2016年04月09日
土日祝日に2200円(後に2260円)で普通列車乗り放題の「一日散歩きっぷ」があり、札幌発で新得まで行けた(2016年に廃止)。新夕張-新得間は普通列車が走っていないので、この切符でトマム駅で乗降できた。トマム駅は標高538 mの北海道の最も高い駅で2面2線である。特急同士の待ち合わせ時間にホームに出ることができ、その時間を利用して写真を撮る。跨線橋があり、跨線橋につながるフード付きの人道橋を歩いて行くとJRトラベルセンターがあり、係りの人が居た。ここも2015年には廃止され完全な無人駅となる。
2016年04月08日
同定は 胸毛の黄色 マヒワなり
庭に出て見上げたドイツトウヒの天辺に小さな野鳥が居る。倍率がそれほど高くない望遠レンズを使用して撮り、PCで拡大してみる。胸元から腹部にかけて黄色い体毛で、ずんぐりした嘴からマヒワと同定する。枝で木の実を食べているようだ。
新夕張を出ると石勝線の本線は新得方向を目指して東に延び、支線は北に延び夕張駅に達する。本線の方は夕張山地のトンネルをくぐり、占冠村の中心部から離れた畑に囲まれた場所に占冠駅がある。駅舎は比較的大きく、駅舎の壁に海抜348mのパネルがある。パネルがあっても北海道で最も高い駅という訳ではなく、標高が最高の駅は隣駅のトマム駅である。駅前広場が整備されていて物産館がある。占冠村が業務委託を行っている駅である。ホームは2面3線で、ホーム間に跨線橋がある。ホームの花壇は手入れが行き届いていた。(2014.9.5 撮影)
2016年04月07日
朝焼けを 車中から撮る 遠出かな
早朝自動車でA市に向かう。高速道路走行中朝焼けを見て車内から撮る。撮影時刻は5時少し前で、日の出は5時台前半にまでなってきている。砂川SAの店は開店前で、家から持ってきた食べ物で朝食となる。今日の役目はカメラマンである。
夕張川が大きくS字を描いて蛇行するところに夕張市紅葉山地区があり、駅はこの地区の高台にある。北海道炭礦鉄道の駅として開業した当時は紅葉山駅で、その駅名標が駅広場に残されている。石勝線はこの駅のすぐ北で占冠に向かう本線と夕張駅に向かう支線に分かれる。駅舎は2階建てで、1階に改札口があり2階に上るとホームになる。高架駅ではなく、線路が市街地より高いところにある。2面5線で構内規模の大きな駅である。ホームに立つと上り方向にトンネルの入り口が見える。下り方向は夕張川を渡りトンネルとなる。(2014.9.5 撮影)
2016年04月06日
都市秘境 名に違わずの 坂会館
道新に「レトロスペース・坂会館」が老朽化で月内にも閉館か、の記事が載っている。昨年の道新文化センターの都市秘境散策講座で講座参加者と一緒に同館を訪れ、坂館長から説明を聞いている。閉館後蒐集品はどうなるのか気がかりである。
数字の駅名は珍しく、これは追分駅を起点として十三哩(マイル)標があったことに由来している。数字の13が付くとキリスト教国では忌み嫌われそうであるけれど、日本では「富」に通じる良い名前である。石勝線とこれに並行する国道274の間の狭いスペースに小屋があって、小屋壁の端に十三里駅の縦書きの駅名が見える。2面2線のホームへは階段を使って上る。ホーム間は跨線橋で行き来する。跨線橋の出入口のところに小さな待合所がある。東追分駅と同様、北海道新幹線営業に伴って2016年3月26日に、駅から信号所になっている。(2014.9.5 撮影)
2016年04月05日
国道274号と夕張川に挟まれるように石勝線が延び、駅舎は線路の北側の国道沿いにある。駅の南側近くに「滝の上公園」があり、夕張川が造り出す「千鳥ヶ滝」が名所となっている。駅舎は緩い勾配の平屋で、駅待合室はガラス窓の部分が多く、国道と跨線橋が目に入る。ガランとした待合室に火災予防運動のポスターが貼ってあり、女優の加藤あいの顔が見える。駅舎を貫く通路がありここを通って2面3線のホームに出る。跨線橋がありその出入り口に待合所が付け足されてある。線路の上り下り方向にスノーシェルターが見える。(2014.9.5 撮影)
2016年04月04日
雪解けて 色の現れ 時計台
時計台の敷地内に、時計台と豊平川のサケをデザインしたマンホールの蓋を見つける。彩色された蓋でこれは珍しい。以前に見たことがないので観光客へのサービスで新しく設置されたものらしい。色彩の乏しい雪解けの季節に色を添えている。
川端駅は夕張川の西側で国道274号が直角に折れるところにある。駅前広場に「砂金の話」と題されたパネルがあり、夕張川が砂金の産地であった史実が書かれている。北海道炭礦鉄道の駅だったものが国有化され、JR北海道に継承されている。駅の北側に川端の集落があり、駅前に広場がある。広場には花壇があり手入れされている。駅舎内の時刻表の下に「ふるさとの心で使おう川端駅」の標語が見える。ホームは2面3線で、ホーム間に跨線橋がある。駅の南側に客車2台がパークゴルフ場の使用中止の建物を挟むように置かれている。(2014.9.5 撮影)
2016年04月03日
東追分駅は2016年3月26日に駅が廃止され信号場になった。その廃止日に特急「スーパーとかち」でこの信号場を通過している。同日は北海道新幹線開業日で、前日飛行機で鹿児島に飛び、指宿市の山川駅から列車を乗り継ぎ、1日で帯広駅に行く途中でのことである。暗闇で信号場の様子は窺い知れない。ホームは2面2線で跨線橋があり、跨線橋の出入口が待合所になっていた。駅の周囲は畑が広がり、駅への道が分かり難く、駅の周辺には農家が数軒ある程度である。秘境駅の表現が当てはまる駅だったが、利用客が見込めず廃止された。(2014.9.5 撮影)
2016年04月02日
大観の 富嶽日の出を 図版撮り
横山大観展が道立近代美術館で始まる。主催者にテレビ北海道が加わっていて、社長のS氏から開会式の招待状が届いたので観に行く。S氏も並んでいる開会式のパノラマ写真を撮る。会場で観賞した「神州第一峰」の日の出を今日の一枚とする。
追分の地名は各地にあり、これは「牛馬を追い、分ける」のに適した分かれ道に付けられた名前で、線路の分岐がある現安平町の追分が駅名になった。室蘭本線の駅でもある。かつては石炭の輸送の拠点駅で、機関区もあった駅史から構内の規模が大きく、有人駅でもある。跨線橋のある2面4線で、ホームに停まっているワンマン列車は「岩見沢-苫小牧」のプレートが見え、室蘭本線である。南千歳駅起点の石勝線では当駅のキロ程は17.6 Kmで長万部起点の室蘭本線では170.8 Kmとなる。駅舎内には北海道新幹線のポスターがあった。
2016年04月01日
昇る陽が 赤信号と 四月馬鹿
早朝A市まで行く家人をH中央駅まで送る。道路の中央に朝日が現われ、赤信号かと錯覚する。本当の赤信号で自動車の運転席から持ち合わせのコンデジで日の出を撮る。いつもならエプリルフールの嘘をあれこれ考えるのに、その余裕がない。
石勝線はこの駅から始まる。それを示す石勝線「0キロ標」が3、4ホームのところにある。北海道を象った黒御影石に石勝線の営業キロ数132.4 Kmの文字が刻まれている。石標の横に花のプランターが置かれ「Rera」の文字が見える。駅の北口から歩いて行ける商業施設である。2面4線で駅は橋上駅となっている。千歳空港のターミナルビルが駅に隣接していた頃には旅行客駅から国道36号を跨ぐ人道橋を利用した。ターミナルビルが移動して新千歳空港駅まで支線が延びた。従って、駅の南口は国道に出る通路だけで施設は無い。