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2014年03月31日

今日(3月31日)の一枚

消費税 上がる前日 本納品

 消費税が8%になる前日に「爪句@日々のパノラマ写真」が届く。請求書の消費税は5%である。本作りは駆け込みセーフでも、書店の本は8%課税で売られることになる。ワンコインの値段が+α上乗せされる。それはともかく売れてほしい。

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追記:今回出版の爪句集の「あとがき」の一部を追記しておきます。

 莫大な時間を使って処理し、ブログに投稿したパノラマ写真を誰
も見ていないとなれば、何故パノラマ写真を撮っているのかと自問も
出てくる。爪句付パノラマ写真を作品と捉えると、作品の鑑賞者は常
に必要である。ブログに投稿する作品を誰かが読んでコメントしてく
れると、パノラマ写真を撮り、爪句を作る張り合いも出てくる。爪句
集のパノラマ写真は一度に揃うものではなく、毎日の地道な作業の集
積である。その作業を続けるためにも鑑賞者は必要である。

  毎日投稿する「秘境100選ver2」のブログ記事に、毎日のようにコメ
ントを寄せてくれる伊東裕氏は、上記の意味で有難い存在である。その
他「温泉マン」氏、junji氏、「チョコのおトしゃん」氏、hir氏、七島
さんらにも時々コメントをいただいているのを書き添えてお礼を述べて
おきたい。

HPFhito63・札幌初のワイナリー「ばんけい峠のワイナリー」社長の田村修二氏

 北海道新聞(2014・3・27)に、東日本大地震の津波被災地岩手県野田村の山ブドウで醸造したワインの販売記事が載っている。醸造・販売を行うのは「ばんけい峠のワイナリー」で、社長の田村修二氏の写真入りの記事である。田村氏は顔見知りなので、販売日である3月下旬の日曜日に同ワイナリーに出向いて、田村氏のパノラマ写真取材となる。
 田村氏は札幌市内に住み、ワイナリーには車で通っている。氏の到着少し前にワイナリーの近くに車を止め、夫人と一緒に車でやって来た田村氏を見つける。ワイナリーの開店準備の間、まだ雪に埋もれているブドウ畑とワイナリーの建物のパノラマ写真を撮る。
 ブドウ畑の見えるテラスで田村氏のパノラマ写真を撮らせてもらう。このテラスは昨年(2013年)道新文化センターの受講生らと訪れ、ワインの試飲をさせてもらったところである。例年の雪ならテラスのビニル屋根の雪が落ちるのに、昨年の大雪では屋根の支柱が折れてしまったので、屋根のこう配をもっと急にして雪を落とす必要があると話されていた。
 田村氏は1940年東京生まれである。田園調布高校から東大に進学し、工学部応用化学科を卒業後、通商産業省(通産省、現経済産業省)に勤めた。通産省は、大学の専攻に関連して石油化学産業育成の仕事ができると考えたことによるそうで、国内に石油コンビナートを造るに際し、海外の先進技術導入するためアメリカに出張して技術移転の仕事をされる。
 札幌と縁がつながったのが1984年で、札幌通産局の商工部長として赴任された。札幌で2年間勤務後本省に戻り、その後環境省勤務となりここで定年を迎える。定年後は通産省時代に経済開発機構(OECD)のパリ本部で仕事をしていた経験も生かして、海外技術交流に関わるコンサルタントに携わり、その後北大の客員教授にも招聘され、札幌に生活の場を移している。
 札幌では持論の地場の資源を活用した企業育成の研究拠点として、盤渓峠に土地と研究棟を確保し、フィールドテクノロジー研究室を開設している。北大時代に江部乙のリンゴ農家からシードルが作れないか相談され、大学で実験までしたが醸造の許可が得られなかった。ところがこの研究室の横に買い求めた土地がたまたまブトウ畑で、このブトウを使ったワイン醸造を実現でき、これが現在のワイナリーに発展する。ある意味偶然で、札幌の第1号のワイナリーが誕生したことになる。
 ワインを商品にするワイナリーにはいくつかのバリアを越えなければならない。ワイナリーの許認可権は国税庁にあり、酒税を課す関係から最低6000リットル、720ミリリットルのビン詰め換算で8000本が最低生産量として要求される。田村氏は事業に先立って、この数量のワインが売れ残ったら、夫婦で1日何本飲んだらよいか試算してからワイナリーを始めた、と冗談半分で話されていた。
 ワイナリーは現在の場所に2001年にオープンし、今ではバスの停留所も峠のワイナリーの名前が付けられている。ワインの他に江部乙産のリンゴによるリンゴ酒(シードル)も商品化している。酵母菌を殺菌せずに生かしたままのワインは飲み頃を調節して楽しめる反面、長期保存には向かない難点もある。ワイン通が薀蓄を語ることのできるワインなのだが、ワインにはさほどの知識を持ち合わせていない筆者は、簡単な質問程度しか頭に浮かばない。
 写真撮影の合間に奥様手造りのハスカップの実を挟んだケーキが出され、これが美味しかった。このケーキはこれだけが売られているものではなく、テラスで客がコーヒーを注文した時に出されるものである。訪れた3月の下旬はワイナリー横のブドウ畑は未だ雪で埋まっていたけれど、もう少し経つとブドウ畑も新緑につつまれ、パノラマ写真を撮ったテラスから盤渓の自然景観が楽しめる。その眺めの中でのワインやコーヒーとこのケーキは、隠れ家の“峠の茶屋”の極上の一品である。


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(ばんけい峠のワイナリーのテラスでの田村氏、2014・3・30)

シリーズ1086・「パノラマ写真」ここはどこ

 ぱんじゅう屋のあるここはどこ。


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2014年03月30日

HPFhito62・石倉のあるユニークな美術館に作品を展示する銅版画家森ヒロコさん

 小樽市緑1丁目に「森ヒロコ・スタシス美術館」がある。森ヒロコさんは銅版画家であり、スタシス・エイドリゲヴィチウスはリトアニア生まれでポーランドの世界的芸術家である。同館は、国も経歴も大きく異なる二人の作家の名前を冠した、私設のユニークな美術館となっている。館長は森先生の夫君の長谷川洋行氏である。
 森さんは1942年に小樽の質屋の娘として生まれている。現在、美術館の一部として改装されている石倉は、生家の質店の質蔵であった。森さんは小樽緑陵高校(後の小樽商業高校)から女子美大短大に進学し、卒業後はグラフィックデザインの仕事に就いている。しかし、この仕事は自分には向いていないと見切りをつけ、小樽に戻る。28歳の時、小樽の画材店で開かれた小さな講座で銅版画に出会い、その繊細で硬質な表現に夢中になったそうである。
 銅版画家として作品を制作し出してから、全道展知事賞(1972年)、全道展道立美術館賞(72)と受賞が続き、各地での企画展にも作品を出展している。森さんは多くの作品を発表して来ている。森さんは猫がお気に入りのテーマのようである。生計のためにも作品は売られており、筆者の家の者が買ったものはやはり買い物をする猫である。
 長谷川氏は札幌でNDA画廊を経営していた時期があり、森さんはそこで個展を開いたり、銅版画の教室を持って教えていた。筆者は1991年NDA画廊で「コンピュータグラフィックスホログラムとスケッチ展」を開いている。この個展は当時としては先進的技術でもあったので「CGホログラム個展」として北海道新聞(1991.3.25夕刊)に写真入りの解説記事が載った。この個展が森さんを知るきっかけではなかったかと思うのだが記憶ははっきりしない。
森さんは目を悪くして、療養も兼ねて長沼町で自然の中で園芸などに従事していた時期がある。その頃長沼町では芸術家を町内に招いて制作活動を行ってもらうプロジェクトが進行しており、長谷川氏もこれに関連していた。この頃両親が高齢で介護が必要となり、再び小樽に戻る。両親の他界後、長谷川氏の提案で生家の石倉を改築し、NDA画廊を札幌から移している。1998年、通りに面した部分を新しく増築し、現在の美術館の形になった。
 美術館には、前記のスタシスの作品の他にもスロバキアの銅版画家アルビン・ブルノフスキーの作品、ホーランドの絵本作家のユゼフ・ウィルコンの動物のオブジェが館内に展示されている。東欧の芸術家との繋がりがあるのは、長谷川氏が毎年スロバキア国立オペラ座から歌手を呼び、日本各地でオペラ公演をしていることに関係しているようである。
 目の病が癒えてから森さんは精力的に制作活動を続け、カナダ、アメリカ、イギリス、ブルガリアでの展覧会を開催したり作品を出品したりしている。近年は2,3年おきでパリ、オーヴェル、ストラスブールでの作品展を開いており、フランスだけでも5回を数える。
 森さんの仕事場でパノラマ写真撮影となる。銅版画のエッチング法では、銅に防蝕膜を塗り、その上から鉄筆で絵を描き、それを塩化第二鉄で銅の線画部分を腐食させて銅版画の原版を作る。原版の銅の腐食部にインクを含ませ、プレス機でインクを紙に転写して銅版画ができてくる。この根気の要る仕事を長年行ってきた仕事部屋には、用紙やモデルにする小物の素材、資料、作品、展覧会ポスター等が置かれ、貼られ、箱に詰まっている。回転アームのあるプレス機もある。塩化第二鉄を入れる容器も見える。木版画でもそうであるけれど、版画の世界は芸術家と職人を兼ね合わせたところで作品が出来上がってくるので、仕事場を覗くと道具立てが大がかりで、パノラマ写真からその雰囲気が伝わってくる。
 森さんと長谷川館長の現在の懸案事項は美術館の将来である。それ自体が文化財になる石倉と、そこに収蔵されている作品が永く残る何か方策の検討が今から必要である。パノラマ写真ならディスクに収めておけばよいのだろうが、美術品となると事は簡単ではないと、森さんの話を聞いて思った。


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(森ヒロコさんの仕事場で、2014・3・29)

今日(3月30日)の一枚

被災地の ブドウも雪に 埋もれるか  

 道新に「ばんけい峠のワイナリー」が津波の被災地岩手県野田村の山ブドウを使って造ったワインを、同ワイナリーで販売するとある。新聞に写真が出ている田村修二社長のパノラマ写真取材で、同ワイナリーまで行き雪のブドウ畑を撮影する。(パノラマ写真)


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2014年03月29日

今日(3月29日・番外)の一枚

仕事場は 片付いており 病影(やまいかげ) 

 「パノラマ写真風土記―人物編」の取材で銅版画家の森ヒロコ先生を訪ねる。「森ヒロコ・スタシス美術館」は冬季閉館中であったけれど、旧知の仲の森先生の仕事場に入れてもらい撮影となる。美術館を訪れた人の芳名帳を見ながら話が弾む。


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今日(3月29日)の一枚

馴染み顔 博物館で 客迎え

 余市のニッカウィスキー工場内にあるウィスキー博物館に入ってみる。ニッカウィスキーのラベルに登場するヒゲのおじさん「キング・オブ・ブレンダ―ズ」が生まれたのは1965年というから、もう半世紀もの長い間の馴染みの顔になっている。(パノラマ写真)


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HPFhito61・電極作りに精を出す産業技術総合研究所北海道センター主任研究員池上真志樹氏

 世紀の大発見から研究捏造に反転しそうな雲行きのSTAP細胞の研究が行われた理化学研究所は、国が面倒をみている研究所で、今後の特定国立研究開発法人(仮称)の候補に挙がっている。もう一つ、同じ法人組織にするのに名前の挙がっているのが産業技術総合研究所(産総研)で、同研究所の組織の一つである北海道センターが豊平区月寒にある。
 全国にある産総研のセンターはそれぞれの研究領域の部門があって、北海道の場合ライフサイエンス分野の「生物プロセス研究部門」と環境エネルギー分野の「メタンハイドレート研究センター」で研究を行っている。池上真志樹氏は前記研究部門の生体分子工学研究グループの主任研究員である。
 池上氏は筆者の研究室で「合成開口法を利用した超音波影像法の高性能化に関する研究」で1987年に博士号を取得して産総研に就職している。博士課程の時の研究と現在の研究テーマはかなり異なっていて、今回初めて同研究センターを訪れて研究内容を聞き、消化不良の状態で理解している。
 立ち話程度で説明された現在の池上氏の研究は、体内の代謝等に関与する酵素に電子を移動させて酵素の働きを活発化させ、生体情報のモニタリングを行う方法や測定装置の開発に関するものである。このため、酵素と接して電子をより効率的に酵素に移動させる電極、酵素固定化電極の開発を行っている。例えば、血糖値を測るグルコースセンサー等も研究開発の範疇に入る。
 研究の粗筋を書くとこんなところでも、実際の研究は込み入ったものなのだろ。見せてもらった金メッキした電極は、何の変哲もないただの電極にしか見えなかった。しかし、研究上では工夫が凝らされた電極らしい。
池上氏は、博士論文の超音波で物体の映像を映し出す研究に関連した画像計測から、現在のバイオ関係の研究に至るまで、微小重力環境における燃焼研究、3Dプリンタによる臓器モデル製作、光干渉型バイオセンサーと器用に色々な研究に携わってきている。
 池上氏は1958年の東京生まれながら、出身は札幌といってよく、札幌小学校、札幌中学校、札幌開成高校、理科大と進み、大学院で北大に進んだ。筆者は道新文化センターで都市秘境散策の講座の講師を務めていて、産総研を都市秘境に見立て、市民を連れて研究所の見学を予定している。その下見も兼ねて池上氏を訪ね、研究所の建物前でパノラマ写真撮影となった。
 かなり広い構内にいくつもの研究棟があって、研究室の雰囲気を見せてもらった。大学の構内の雰囲気に慣れているせいか、構内にも建屋にも人が少ない、という印象を受けた。何か都市秘境めいているな、と感じて受け持っている講座の見学先にはうってつけかと思われた。


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シリーズ1081・「パノラマ写真」ここはどこ

 比較的大きな駅の通路です。さて、ここはどこ(の駅)。


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2014年03月28日

今日(3月28日)の一枚

赤味の陽 凡風景に 転写なり

 大気が霞んだようになっていて、朝日が赤味を帯びて浮かんでいる。もっと早い時刻なら撮影場所を選んで近くを歩くところを、陽が高いので家の前で2,3枚撮ってみる。見た目には印象的な景観でも、平凡な朝日のある風景に写っている。

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シリーズ1083・「パノラマ写真」ここはどこ

キャンパスを 囲むビル見え 五階なり

 構内の高い建物の上階にある教官室や研究室からの眺めは、地上を歩行者が目にすることのない景観である。構内の南側に寄っているこの建物からは古河記念講堂の屋根の部分が見下ろせ、眼を上げると都心部の高層ビルが視界に入ってくる。
 


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2014年03月27日

今日(3月27日。番外)の一枚

壁の店 客の並びて 流行りたり

 地下鉄の乗継のための通路の壁に簡易コンビニがあって、これが流行っている。コーヒー店もある。乗継で一度出札して外に出て又入ると料金が高くつくので、取りあえずほしいものがあれば買っておこう、という気持ちを狙っての商売である。(パノラマ写真)


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今日(3月27日)の一枚

雪解けて パンダ腹砂 不用なり

 都市秘境散策の下調べのため産業技術総合研究所北海道センターまで行く。地下鉄東豊線福住駅から同センターまで往復歩きである。札幌ドーム近くの歩道にパンダの滑り止め砂の容器がある。砂はもう必要がなくパンダは職を失う事になるか。

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未開文明の絵文字のような恵迪寮の壁画

錯覚す 未開文明 絵文字なり

 恵迪寮の近くにある大学の施設のスポーツトレーニングセンターへの道の除雪のため、恵迪寮の横は排雪の雪山となる。その雪山の向こうに恵迪寮の壁が見え、学生が制作したと思われる漫画絵がある。未開文明の絵文字のようにも見えてくる。


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シリーズ1078・「パノラマ写真」ここはどこ

 足湯のあるここはどこ(の駅)。


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2014年03月26日

今日(3月26日)の一枚

咲くを見て 我が気も急いて 福寿草

 日当たりの良い庭で福寿草の開花を見る。雪が解け一斉に花が咲き出す前触れである。自宅の庭の福寿草も、雪の下で万を持して咲き出る機会を窺っているといったところだろう。花が咲き急ぐ春は目前で、人間も活動的になる季節到来である。

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シリーズ1077・「パノラマ写真」ここはどこ

 この駅を利用したことがあればこのステンドグラスが記憶に残ります。さて、ここはどこ(の駅)。


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今日(3月26日)の一枚

本能で 食みて仕訳の 種と殻

 リスが餌箱のところに来て朝食である。リスのヒマワリの実の食べ方は、端から食べてゆき、殻はよけてかためる。これに対して野鳥は食い散らかすので、姿を見なくても餌箱に来たのはリスか野鳥か判別できる。ベランダの雪も後退している。
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女子学生の袴姿が目立つ卒業式

くすむ景 袴に着物 切り絵なり 

 卒業式は学生にとって晴れ舞台である。女子学生が袴姿や着物姿で校舎の前に並ぶと、演出効果は一段と強まる。雪が残り木々の緑が戻って来ていないこの時期、くすんだ構内の風景に、袴や着物の絵を切り取って貼り付けたように見えてくる。


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シリーズ1079・「パノラマ写真」ここはどこ

 これは簡単かもしれません。さて、ここはどこ。


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2014年03月25日

今日(3月25日)の一枚

卒業や 学府内では 祭りなり

 卒業式の雰囲気を撮りに北大まで行く。卒業式の会場は構内の体育館で、入口付近に人が集まっている。学生や父兄達で、最近の大学の卒業式に来る父兄の数が多い。女子学生は袴姿で、卒業記念品の売り場が設けられ、お祭りの雰囲気である。(パノラマ写真)


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冬に蔦の線画が現れる恵迪寮

六華棟 微細構造 蔦線画

 恵迪寮の建物は雪の結晶を象っていて、上から見ると6方向に放射状に棟が延び六華のデザインである。玄関を挟む棟の壁を蔦が覆い、葉の落ちた冬には壁をキャンバスにして、線画で描いた壁画のように見える。六華の微細構造の線画である。


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シリーズ1076・「パノラマ写真」ここはどこ

混声の 合唱聞こえず 日曜日

 この建物は、当初食堂として建てられたと記憶している。今は学生が練習や集会に集まってくる場所となっている。壁に予定表があり、「北大混声」の書き込みがある。混声合唱サークルの予定表なのだろう、一日置きに練習日となっている。


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2014年03月24日

今日(3月24日)の一枚

連休の 明けの日の朝 日の出撮り

 陽が雲から顔を出そうとしている。日の出時刻は5時台に入っている。朝日の下のビル街はまだ就寝中だ。三連休が終わって、今日から仕事の再開で、人々はそれぞれの場所で起き出してきているのだろう。天気の良い一日になりそうである。

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人影の無い雪のサッカー場

サッカー場 人影の無く 藻岩見る

 雪で覆われたサッカー場は人影が無い。人の踏み跡らしきものが雪で消えかかっていて、動物の足跡のようなものも見える。農場に隣接し、周囲に大きな建物がなく、眺望が良い。札幌の西から南にかけての山並みが見え、藻岩山が眼前にある。


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シリーズ1075・「パノラマ写真」ここはどこ

 オフィスビルというよりギャラリーのホールの感じです。さて、ここはどこ。


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2014年03月23日

今日(3月23日)の一枚

雪中で 歩行練習 競技場 

 朝は雪かきである。3月の下旬になってこの積雪は記録的である。北大構内の雪景色を撮りに行く。陸上競技場は厚い雪に覆われている。さすがに気温が高いせいもあり、雪原を歩くと足が埋まる。ここの雪が解けるのは4月中旬だろうか。(パノラマ写真)


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HPFhito60・無名会

 旧北海道拓殖銀行(拓銀)元専務の石黒直文氏が代表世話人の「無名会」と称する朝食会がある。月一回、ホテルに集まり朝食後、1時間程度講師の話を聞く会である。会員は30名ほどで、金融関係、マスコミ関係、コンサルタント関係、大学教授、有力企業の北海道支社(支店)長等がメンバーである。
 2014年の3月20日は、この年度の北海道功労賞受賞者ということで筆者が講師役で、「北海道IT産業の創生と若い世代に未来を託して」と題した話をした。話が終わってから良い機会なのでパノラマ写真を撮る。
 当日出席した方々は、席順不同で石黒直文(元拓銀専務)、山縣尚武(北海道ショッピングセンター顧問)、馬杉栄一(馬杉栄一法律事務所)、松田従三(ホクレン農業総合研究所)、藤田久雄(北海道地域農業研究所顧問)、檜森聖一(北海道二十一世紀総合研究所社長)、土井隆夫(大成建設札幌支社長)、角田道彦(三井物産北海道支社長)、常俊優(ノーステック財団副理事長)、高島英也(サッポロビール北海道本社代表)、曽我野秀彦(日本銀行札幌支店長)、関口尚之(テレビ北海道社長)、近藤誠司(北大農学研究科教授)、加藤仁(日本経済新聞社札幌支社編集部長)、迫田敏高(北洋銀行常務)、岡田実(北海道新聞社専務)、遠藤隆三(遠藤興産社長)の諸氏であった。
 上記の方々のうち幾人かには、仕事場まで押しかけてパノラマ写真を撮らせてもらい、インタビューを行っている。この会は、筆者のパノラマ風土記ー人物編の取材源の一つでもある。


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(札幌グランドホテル 2014・3・20)

シリーズ1071・「パノラマ写真」ここはどこ

 ガラス内 地底世界の 文明痕 

 この建物が建設される時、敷地で遺跡が発見され、その一部を建物の玄関ロビーのガラスのケース内に取り込んで展示している。説明のパネルには、二つの地底世界の紹介があり、約千年前の擦文文化、約2千年前の続縄文文化との記述がある。


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2014年03月22日

今日(3月22日)の一枚

雪牛を 挑発する赤 ゼラニウム

 今年は家の周囲に積もった雪がなかなか解けない。外は雪降りが続く。室内のゼラニウムが付けた花が、闘牛士が持つ赤マントで、降る雪の暴れ牛を挑発しているようにも見える。雪牛に立ち向かう剣は緑の葉でも、家の中では役に立たない。

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自室の在った工学部本館

雪景色 見下ろした時代(とき) 過ぎにけり

 工学部に入学した頃は白亜館と呼ばれた木造2階建ての校舎で講義を受けた。この校舎は取り壊され、新しく6階建ての教官・研究棟が建てられた。その6階の一室に自分の部屋があって、建物前の広場の四季の移り変わりを見た時代があった。


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2014年03月21日

今日(3月21日・番外)の一枚

もしもしの 言葉発せず 子機握り 

 幼児も1歳そこそこになると、自分を取り巻く環境の理解がどのくらい進むのだろうか。電話機の子機を手にすると耳元に持ってゆくところを見ると、この器具は耳に当てるものだと理解しているようだ。言葉は出てこなくても様になっている。

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今日(3月21日)の一枚

春分や 雪の円錐 撮りて過ぎ

 春分の日は雪が降り、冬に後戻りの感である。家の内に人が増え、その引力のせいもあって一歩も外に出でなかった。窓からモエレ沼公園のモエレ山を望遠レンズで撮って今日の一枚とする。写真には白い円錐形の人工の山が曇り空の下にある。

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年毎に変わり行く構内

この景色 パノラマ写真 残したり 

 工学部の駐車場の横で撮影したこのパノラマ写真の風景はもう見ることができない。駐車場のところに新しく研究棟が建築中である。駐車場は情報科学研究科と農場に挟まれた空地に移されている。年々構内のどこかの風景が変わっていく。


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HPFhito59・銀行の社会貢献に知恵を出す北海道二十一世紀総合研究所社長檜森聖一氏

 「無名会」の名前の朝食会がある。代表世話人は旧北海道拓殖銀行(拓銀)元専務の石黒直文氏である。石黒氏の人脈ということもあり、会員は経済人、それも銀行関係者が多い。その中に北海道二十一世紀総合研究所社長の檜森聖一氏がおられる。この朝食会で筆者がスピーチした日に檜森氏のオフィスを訪ね、パノラマ写真撮影とインタビューである。
 檜森氏は1948年生まれの札幌出身である。中央大学卒業後拓銀に入行し、広報の仕事に長く携わってから京都支店長となった。父君も拓銀に勤めていて、やはり京都支店長であったとのことで、親子での道外支店長は珍しい。社長室の部屋の壁に飾ってある「和気満堂」の書は父君の筆によるものだとのことである。
 本店に戻ってからは公務金融部長で「ドウタン(道担)」役である。一時期銀行の大蔵省(MOF)担当の「モフタン(MOF担)」の言葉が新聞紙上を賑わしたことがあった。その北海道庁版の「ドウタン」の言葉があったとは、檜森氏の話を聞くまで知らなかった。
 拓銀が破綻して北洋銀行に営業権が渡り、檜森氏も北洋銀行に移り、公務金融部長から常務執行役員になった。前記会社の社長を兼務後、北洋銀行を退職して同社長を続けている。同社は北海道を基盤とするシンクタンクで、調査研究、提言、講演による啓蒙活動などが事業の内容である。
 檜森氏は銀行の社会貢献の知恵袋を自認している。これは北洋銀行会長横内龍三氏と二人三脚のとも言える。横内氏が銀行の社会貢献を推進することに前向きで、横内氏の人柄に惚れ込んだ檜森氏が、知恵袋の役目を果たしているようである。
 その一つの例として、横内氏が北海道の絶滅危惧種のシマフクロウの保護を支援するために昨年(2013年)立ち上げた「北海道シマフクロウの会」の事務局を同社に置いており、会報の発行や啓蒙活動を積極的に進めようとしている。
 趣味としてゴルフ、読書にアスレチックスが出てくる。アスレチックスは趣味というより健康管理のためだろう。一時期は100キロを超す巨漢であったそうで、病気もあり体重が減ったのを期に、体重維持のため散歩も併用して動くようにしているとのことである。フットワークを軽くして、歩くことばかりでなく、多くの兼職をこなしている。


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シリーズ1073・「パノラマ写真」ここはどこ

 こじんまりした駅舎です。さて、ここはどこ(の駅)。


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2014年03月20日

今日(3月20日)の一枚(その2)



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今日(3月20日)の一枚

パノラマを 撮りながら聞く 市の未来

 eシルクロード大学の2013年度最後の勉強会を行う。講師は札幌市副市長の秋元克広氏で、副市長の話なので聴講生が大幅に増える。札幌市の現状と近未来図が提示される。講義の最中に講師と聴講生の気を引かないようにパノラマ写真を撮る。


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シリーズ1072・「パノラマ写真」ここはどこ

 赤い屋根の駅舎です。さて、ここはどこ(の駅)。


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育ってきている平成のポプラ並木

平成に 生まれし並木 育ちたり

 平成のポプラ並木は2001年に北大創基125周年を記念して植えられた。北大のシンボルのポプラ並木の老齢化が進み、一部風台風で倒壊したため、新しい2代目の並木に育てようとしている。並木は第一農場の外れで順調に大きくなってきている。


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シリーズ1070・「パノラマ写真」ここはどこ

 今年の春は都市秘境探索講座で、この碑のある場所と桜並木を歩いてみようと思っています。さて、ここはどこ。


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2014年03月19日

雪に黒が強調されるモデルバーン

モデルバーン 雪に黒さの 目立ちたり

 札幌農学校第二農場には、クラーク博士が教育のため建てたモデルバーンが風雪に耐えて残っている。周囲の雪景色の中で、木造の建物の黒さが目立つ。パノラマ写真を撮ると、軟石造りの釜場やレンガ造りの製乳所の建物も写ってくる。


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日暮れの迫る第一農場

並木から 続く踏み跡 一直線

 日暮れが迫る第一農場の雪景色をパノラマ写真に撮ってみる。陽は既に西の山並みに掛かる雲の中である。帰宅する学生だろうか、農場の道を歩く人影が遠くに見える。ポプラ並木を通って続く踏み跡が、農場の雪野原に一直線で延びている。


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今日(3月19日)の一枚

足取られ 穴跡残し 雪野原 

 久しぶりに雪の裏山を歩く。気温が上がっているせいか、長靴を履いた足が雪に埋まる。歩いて来た足跡が穴状になって続く。動物の足跡もあり、こちらは雪に足を取られることもなく、浅い跡である。西野の街が雪の斜面の向こうにある。(パノラマ写真)


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HPFhito58・本と資料に埋まる退職を控えた北大経済研究科教授吉田文和先生

 北大正門横にある交流プラザ「エルムの森」でパソコンを操作していたら、顔見知りの吉田文和先生に出会う。パノラマ写真風土記のインタビューを申し込むと、明日からの海外出張があるから、ということで日を改めての取材となる。
 長いこと北大に勤めていて、経済学部の教官棟に足を踏み入れたのはこの取材時が初めてである。メインストリーから見ると非常階段がむき出しで見える建屋の5階の南側に先生の部屋がある。部屋に入ると本や書類の山で、人ひとりが歩ける通路がドアから机のところまで続いている。段ボールの箱も重なっている。ここでパノラマ写真を撮るのはかなり難しいと思いながらの撮影である。
 この部屋の状況は先生の定年退職にも関係している。1950年生まれで、この3月(2014年)北大での35年間の教員生活の区切りをつけ退職する。その後1年間は北大の特任教授を続け、この状況下で本や資料の整理の最中だそうである。本や資料は懇意にしている下川町の町長とのつながりで、同町に寄贈し、文庫を作る計画が進んでいる。
 先生の専門分野は環境経済学である。この分野に進んだのは、東京都立大学卒業後進学した京大大学院経済学研究科が大学紛争で閉鎖状況にあった時、同大工学部の金属工学科に身を置いて、鉱物や鉱山に関する研究に接したことによるそうである。
 京大博士課程を単位取得退学後北大に勤務され、道内の炭鉱や鉱山で経済学の研究者として坑内に入って知見を広めている。研究の性格が学際的であるため、北大では工学部の鉱山関係の研究室、農学部、医学部と研究のための連携相手を広く求めることができ、総合大学の利点を生かして研究できたことがよかったと述懐されていた。
 今後の研究方向を聞いてみると、まず再生可能エネルギーと地域経済活性化で、これが先生の第一番の研究テーマであるようだ。これまでの研究の集大成の「Lecture on Environmental Economics」の論文集を頂く。本のカバー表紙の写真は先生撮影のもので、表は幌延町の風力発電の風車、裏はコペンハーゲンの洋上風車である。写真が趣味の奥さんに付き合って写真を撮ることが多いそうである。
 環境問題は今や原発問題を避けて通ることができない。3.11の福島原発事故発生当日はベルリンに滞在中だったそうである。事故後、英語で著した「FUKUSHIMA A Political Economic Analysis of a Nuclear Disaster」を共著で出版されている。
 脱原発に向けて、日独のエネルギー政策の比較研究を続けてきている。ドイツで実現している脱原発が、現時点では原発がなくてもやっていけると日本国民が知ってしまっていても、どうして日本では脱原発を続けていけないのか、研究者の立場で検証を続けていこうとしている。
 環境問題は公害の問題でもある。近代日本史でもいくつか大きな公害問題が発生している。そのところを環境経済学の研究者の立場から掘り下げてみたいという抱負も語られる。丁度先生の部屋からは北大古河記念講堂の屋根が見下ろせる。この建物は足尾銅山鉱毒事件を引き起こした古河財閥が、贖罪の意味を込めて全国の国立大学に寄付を行い、その資金で建てられた建物である。今は北大の景観の象徴となっている建物を隣に見ながら、吉田先生が環境経済学の研究を続けてきたのは何か因縁めいたものを感じる。


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(研究室での吉田先生 2014・3・17)

シリーズ1068・「パノラマ写真」ここはどこ

 観光客を念頭に洒落た駅舎です。さて、ここはどこ(の駅)。


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2014年03月18日

今日(3月18日)の一枚

窓外の シジュウカラ撮り 手抜きなり

 「今日の一枚」と銘打って写真日記を続けている。日記だからその日の写真でなければ意味がない。文章の日記でも「書くこと無し」の一日があるように、「撮るもの無し」の一日がある。そんな日の手抜き写真で、窓外のシジュウカラを撮る。

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シリーズ1069・「パノラマ写真」ここはどこ

 駅舎内に鶴が飛んでいます。さて、ここはどこ(の駅)。


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雪で覆われた大野池

大野池 水面変身 雪野原

 カモが遊び、水連が水面に顔を出し、周囲の木道を人が歩き佇む大野池は雪で覆われ近づく人もいない。池の傍らを流れるサクシュコトニ川の流れが少し見えていて、水場なのがわかる。レストラン「エンレイソウ」の建物が雪景色の中にある。


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シリーズ1065・「パノラマ写真」ここはどこ

 補修の必要な石段が続いていて坂の上には人が住んでいないようです。さて、ここはどこ。


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2014年03月17日

今日(3月17日・番外)の一枚

講堂の 屋根に鉱毒 文字浮かび   

 取材のため北大経済学研究科の吉田文和教授を訪ねる。環境経済学が専門の先生の部屋は、古河記念講堂の隣の経済学部の建屋の5階にある。記念講堂は足尾銅山鉱毒事件の古河財閥と関連しており、公害問題も研究する先生の部屋から見える。
(パノラマ写真)


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工学部北口玄関へのT字路

冬耐える 木々に気づかず 人通り 

 メインストリートから折れて工学部北口玄関に行く道は楡影寮碑や恵迪寮歌碑へも至る道である。道の北側にはスズカケノキの大木の並木が、南側にはイチョウの木が並んでいる。雪の季節にはこれらの木々は葉を落とし静かに冬を耐えている。


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今日(3月17日)の一枚

平凡な 朝焼け撮りて 日の開始

 ビル群の上にある雲から陽が顔を出そうとしている。見事な朝焼けにはほど遠く、平凡な日の出風景である。家から少し歩いた高台から日の出前を撮る。これで今日の一枚は用意できて、ブログに載せて平凡に推移するだろう一日の開始である。

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シリーズ1064・「パノラマ写真」ここはどこ

 お金が入ってくるせいか、駅舎もそれなりに立派です。さて、ここはどこの駅前通り。


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2014年03月16日

今日(3月16日・番外)の一枚

満月と 象が並びて 弥生月

 窓の外に赤みを帯びた満月が見える。月だけを撮ると円形が写るだけなので、傍にあった象の玩具をディスプレイの上に置き、月とのツーショットで撮ってみる。望遠レンズを使っていて、象に焦点を合わせると月の方は焦点ずれの像となる。

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シリーズ1067・「パノラマ写真」ここはどこ

4月からの都市秘境探索の資料整理を行っています。見学先に予定しているここはどこ。


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今日(3月16日)の一枚

冬の辞去 急かせもぜずに 遅き春

 3月も後半に入るというのに雪はなかなか解けない。庭に居座って春の到来を邪魔しているかのようだ。いや、春がもたついているので、辞去しようとしている冬が腰を上げかねている、と言ったほうが適切か。その様子をパノラマ写真に撮る。(パノラマ写真)


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シリーズ1066・「パノラマ写真」ここはどこ

 消す文字が沢山あって、消し忘れがあるかもしれません。さて、ここはどこ(の駅)。


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2014年03月15日

HPFhito57・借金100億円からの脱出を語るATパブリケーション(株)会長南原竜樹氏

 経済界倶楽部札例会で南原竜樹氏の講演を聞いた。企業家として大成するには一度は破産の洗礼を受けなければならない、という説は氏の話を聞くと本当かもしれないと思えてくる。海外から車を買ってきて国内で販売する仕事で事業が拡大していた時に、外国の自動車メーカーが破産し、100億円から一挙にベンチで夜を過ごす身に転落である。
 しかし、すごいのはそこから這い上がって元の規模の事業まで回復させ、さらに200億円、その先には1000億円企業を視野に入れている。この破産体験は「借金100億円からの脱出…地獄の危機を乗り越える逆転発想経営術」(河出書房新社)の著作として出版されている。
 現在は色々な企業の代表であるけれど、「ATパブリケーション(株)」会長で紹介されていた。出版業は儲からないビジネスの右翼に来るのに、どうして出版業なのか疑問が湧く。答えは至極明快で、出版事業で儲けようとは考えてはおらず、自分の考えを著作にして世に広めたい、という考えを述べていた。
 自分の考えを世に問うなら、このインターネット時代ではブログでもフェースブックでも他のネットの手段でも、そちらの方が手軽で、多くの読者に読んでもらえる可能性もある。しかし、社会的信用力の点ではネットは本に負ける。講演で例として持ち出されたのが、数十万の読者を持つネット管理者がお呼びのかからない会合に、数千の部数の本の編集者が堂々と入り込むことができるそうである。書き手だって、ツイッターのフォロワーが何万居るといっても、売れなくても一冊の本の著者に敵わない雰囲気がある。
 講演会では、当然ながら南原氏はスーツを着込んでいる。しかし、講演のスライドには氏の筋肉隆々の上半身の裸の姿が映し出される。3年間ほどで普通の肉体から訓練でこの筋肉が盛り上がった身体になったそうである。その体験を基に、スポーツ・健康ビジネスを展開しているとのことで、札幌での事業拡大に協力者を求めていた。
 超高齢化社会を迎え、急成長の気運にあるのが棺桶製造業であるそうで、ちょっとしたところに目配りをしてビジネスにつなげようとするのが、破産から得た知恵なのだろう。さすがに棺桶製造業まで踏み込まず、介護・看護の方面に事業を展開している。
 懇親会の席上で講演会参加者と話しているところをパノラマ写真に撮らせてもらう。これまで面識のなかった方なので、2,3言葉を交わして、後に続く名刺交換希望者に話の機会を譲った。



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ヒヨドリ 3月15日(2014年)

ヒヨドリを 日本画で描き 雪景色

雪のちらついている窓外の木に、比較的大きな野鳥が止まっている。ヒヨドリである。手元のカメラで1枚撮ったところで、飛び去ってしまう。灰色と白の斑模様で、雪景色に合うこの鳥は、写真というより日本画のような感じで写っている。

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シリーズ1063・「パノラマ写真」ここはどこ

 立派なロビーです。さて、ここはどこ。


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2014年03月14日

今日(3月14日)の一枚

納税に 時間取られて 年度末

 毎年自宅のパソコンでe-taxによる確定申告を試みて挫折する。国税庁の確定申告のサイトにつないで入力はどうにかできたのに、最後の段階で住基カードを利用しての送信ができない。仕方がないので西税務署まで行ってパソコン申告である。
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裸のポプラ並木

雪原に 並木名声 消えにけり

 葉がすっかり落ちた雪の季節のポプラ並木は、その名声に耐えられないくらいみすぼらしい。10年前の2004年の風台風で半数近くのポプラの木が倒壊した。その後修復作業も行われたけれど昔の姿に戻らず、大学のシンボルは傷ついたままである。


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シリーズ1062・「パノラマ写真」ここはどこ

 客へのサービスに配慮した駅です。さて、ここはどこ(の駅)。


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2014年03月13日

今日(3月13日)の一枚

色校の 校正の手に スマホあり

 「爪句@日々のパノラマ写真」の色校チェックのため共同文化社まで出向き、色校の写真を撮る。何回も読んでいて誤植等はもう出てこない。出版された爪句集のQRコードにスマホをかざしてパノラマ写真を見てくれる読者が何人いるだろうか。

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雪の中央ローン(3月12日)

両手挙げ 春にエールの 娘居り

 3月も中旬に入れば構内は卒業と入学が交差する。季節も冬と春が入れ替わる。未だ大量の雪が残っている中央ローンのところで園児達が雪遊びである。学生だろうか雪の中で記念撮影をする女性もいる。暖かく感じられる大気が広がっている。


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シリーズ1061・「パノラマ写真」ここはどこ

 お寺に人は住んでいないようでした。さて、ここはどこ(ここには特別なものを置いてパノラマ写真を撮っています)。


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2014年03月12日

HPFhito56・奇跡の映画館「大黒座」の経営を続ける三上興行社長三上雅弘氏

 浦河町の文化的な施設で町外に知られるものがある。奇跡の映画館といわれる「大黒座」である。地方の町の映画館は全国的にほとんど無くなった。映画館の経営は人口10万人以上の都市でも大変だといわれているところで、浦河町の人口は1万3千人である。この町に映画館が今でも続いているのはやはり奇跡である。
 今回の浦河町行きの目的は、同町の池田拓町長のパノラマ写真撮影とインタビューであった。目的の仕事が終わり、帰りの列車の時刻まで時間があるので、小耳に挟んでいた大黒座に予約も無く行ってみる。日曜日の定時の上映前のごく短い時間に「大黒座」を経営する三上興行(株)社長三上雅弘氏にお会いする。
 予定にはなかったけれど急に思いついて三上氏のパノラマ写真の撮影をお願いする。座席数42の館内のステージの上に三上氏に立ってもらい撮影となる。館内にはすでに最初の客の姿がある。三上氏は客の対応と上映準備があるだろうと、気にしながらの短時間のインタビューになる。
 三上氏が生まれたのは1951年で、今年(2014年)63歳になる。映画館の方は1918年創業で映画館の年齢は95歳であるから三上氏よりはるかに年上である。「大黒座」と映画館より芝居小屋の名前のようであるけれど、実際創業当時は芝居も行われていた。三上氏は映画館主としては創業者から数えて4代目である。この映画館に関わってからは40年は経っているとのことである。映画館の建物は3代目である。
 当然ながら映画館の経営についての質問が口に出る。1日15人も入ればよいかな、というところで、客の居ない日もあるそうだ。映画もフィルムを映写機にかけるアナログ時代から、ハードディスクで送られてくる映像データを、パソコン制御の映写装置で映すデジタル時代に突入している。大黒座も昨年500万円の借金でデジタル映写機を導入したそうである。その借金を返すのは映画興行収入では到底無理である。
 人件費は捻出できないので三上氏の他は、映画興行のもう一方の推進者の奥さんの佳寿子さん、母親の雪子さんがスタッフでやっている。映画館を続けてこれた秘密は、三上氏のクリーニング店にある。クリーニング店の儲けを映画興行に注ぎ込んでいて、これで映画館の灯を消さずにやってきている。
 三上氏の個人的なことについて質問してみる。大学は和光大学で人文学部芸術学科を卒業している。池田町長も和光大学卒で、他にも同町には和光大学出が居るそうで、町内で和光大学の同窓会が開けそうである。三上氏はカメラの趣味や自転車に乗って楽しんでいるとの事である。
 慌ただしいインタビューを終えて映画館を辞する時、丁度前日(3月8日)に札幌で公演があった演劇集団REの「オリオン座最終興行」のチラシを手にした。チラシの写真は大黒座で、館名が写真合成でオリオン座になっている。脚本は多分大黒座を土台にしたものと予想できるけれど、観ていないのではっきりしたことはわからない。地方の小さな町の映画館が劇団員の心を惹きつけたのだろう。



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(大黒座のステージに立つ三上氏、2014・3・9)

シリーズ1060・「パノラマ写真」ここはどこ

 アカデミックな雰囲気が漂います。さて、ここはどこ。


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今日(3月12日)の一枚

大黒座 奇跡と呼ばれ 映画館

 浦河町にある奇跡の映画館と言われている「大黒座」のパノラマ写真に館主三上雅弘のインタビュー記事を加える。この映画館を素材にして札幌の「演劇集団RE」が「オリオン座最終興行」を上演したが観る機会を逸し、チラシの写真を撮る。(パノラマ写真)


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2014年03月11日

HPFhito55・町の舵取りで人間関係学を実践する浦河町長池田拓氏

 筆者は浦河高校の卒業生で、幼少の頃から高校卒業まで浦河に住んでいた。その関係もあり、浦河町長のパノラマ写真を撮りたくなり、予約を入れてJRの「優駿号」で浦河行きとなる。札幌から浦河には高速バスを利用するのが便利である。そこをバスより時間のかかるJRの普通列車(日高線は普通列車しかないけれど)に乗るのは、土日祝日限定の乗り放題の乗車券が利用できるためである。高速バス料金の半額以下で浦河町を往復できる。
 浦河駅は人が居るようだが、改札業務無しの無人駅状態である。駅ホームから跨線橋を渡ると国道に出る。昔は海だったところである。国道を渡ると海の埋め立て地に浦河町役場の庁舎がある。庁舎前辺りで後ろから公用車が来る。浦河駅に筆者を迎えに行った車で、車の迎えがあるとは知らなかった。
 日曜日にもかかわらず町長室で浦河町長池田拓(ひらく)氏と初対面である。池田氏は昨年(2013年)12月に1期目の任期満了を迎え、選挙により再当選し、2期目に入っている。1期目の選挙の時は元町教育委員会管理課長で出馬している。氏は1951年生まれなので、63歳である。
 町長室でパノラマ写真撮影とインタビューを行う。話は同町の抱える課題に及ぶ。道内市町村に共通する人口減少と同町の基幹産業の軽種馬生産の先細りへの対応に腐心している様子が伺える。
 「海と牧場の町」が同町のキャッチコピーであると記憶している。しかし、同町は今や「イチゴ」の生産地に変貌していると聞くと予想外である。イチゴはハウスで作られるので、広い農地は必要でない。流通が確保されていると安定した収入が得られる。浦河町のイチゴは夏・秋物で、東京のケーキ店に出荷される。イチゴの需要は多いけれど、生産に従事する農家が不足状況にあるそうだ。移住者も含め、若者がイチゴ生産者となって同町で働いてもらい、軽種馬生産を補てんする農業に育てていきたいとのことである。
 肉牛生産や昆布を始めとする海産物生産と、浦河町の産業活性化が人口減少を食い止める手段である。しかし、海産物をとっても、海水温の上昇により鮭の代わりにブリが捕れるようになり商品価値が落ちるとか、昆布をを食べてしまう紫ウニが増えている、磯焼けの進行等と問題が起きてきて、一次産業の振興も一筋縄ではいかないようである。
 浦河町のイメージキャラクターも新しく制定し、浦河の名前から女の子の「うららん」男の子の「かわたん」が公募により名づけられた。町長室の隣の会議室にはこれらのイメージキャラクターや浦河町の特産品のイラストの大きなパネルが壁にはめ込まれてあった。
 池田氏は苫小牧工業高校を卒業後、建築会社に就職する。建築方面には向いていないと、和光大学に進学し、人文学部人間関係学科を卒業している。町長職は、いってみれば人間関係学を実践しているともいえ、大学で学んだ事が生かされているのだろう。
 インターネットに載っていた池田氏の紹介に、犬と6匹のカメを飼っていとあり、この点について尋ねてみる。ニュージーランから来て一時期同町に滞在した人が帰国に際して「ミドリカメ」だといって飼育を頼み、引き取ったカメが実際6匹いる。しかし、これはミシシッピアカミミガメで、大きくなってきて大変らしい。趣味は家庭菜園と音楽鑑賞で、レコードをプレーヤーで聴くとのことである。
 昼食は昔筆者の育った小さな商店があったところの向かいに建ったホテルのレストランである。かつての商店のあった面影は消えてしまっていて、感慨深いものがあった。昼食時の話で、浦河町出身の初のオリンピック代表のウィリアムソン師円選手も話題となる。同選手の応援のため、池田町長はソチオリンピックに行ってきており、その際の土産話などが続いた。
(町長室の池田拓浦河町長、2014・3・9)


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今日(3月11日)の一枚

大震災 鎮魂登山 三年(みとせ)経ち

 標高の311mから今日は三角山の日である。恒例の三角山登山が毎年続く。朝食後登山口まで車で送ってもらい、簡易アイゼンを装着して登る。予報に反し天気は良い。東日本大震災の日から3年経ち、鎮魂の三角山登山企画の新聞記事が出ていた。(パノラマ写真)


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2014年03月10日

今日(3月10日・その2)の一枚

首長(くびちょう)と イメキャラ並び 町宣伝

 浦河町長池田拓氏と町職員の浅野浩嗣氏に庁舎内の応接室のところに立ってもらいパノラマ写真撮影である。壁に浦河町の特産物が描かれたパネルがある。名前を公募した同町のイメージキャラクター「うららん」、「かわたん」も描かれている。


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今日(3月10日)の一枚

見下ろせば 浜の思い出 庁舎消し

 昨日訪ねた浦河町で撮影したパノラマ写真の整理をする。海岸線に丘陵が迫り土地の無い同町は高台を切り開いて施設を造っている。ファミリースポーツセンターの建物のあるところから浦河町の港を見下ろす。海の埋立地に役場が見える。


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シリーズ1058・「パノラマ写真」ここはどこ

 面白いイベントでもなければ行くこともなく、立地条件がよく立派な建物ですが、それにしてはよく利用されているとは思えない施設です。さて、ここはどこ。


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2014年03月09日

今日(3月9日・番外)の一枚

この場所の 青木商店 消えにけり

 浦河町での予定したパノラマ写真撮影が終わって、帰りの列車の時刻まで時間があったので、遠い昔生活していた場所まで行ってみる。踏切近くのこの場所には、かつて小さな青木商店があったのだが、その面影を残すものは何も残っていない。(パノラマ写真)


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今日(3月9日)の一枚

パノラマを 撮りて日々(にちにち) 過ごしけり

 パノラマ写真撮影のため、一日散歩切符で浦河町まで出向く。普通列車で片道4時間は乗っていなければならないので、車内で「爪句@日々のパノラマ写真」の再校に目を通しながら行く。目次のところの爪句を作るのを忘れて一句捻り出す。

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2014年03月08日

今日の一枚(2014年3月8日)

パソコンも 野鳥も不調 術の無し

 ベランダのヒマワリの種を置いてあるところにうずくまるシジュウカラの様子が変である。病気のようである。雪の中にじっとしているのを見かねて、手で捕まえて家の中に入れる。調子の悪いパソコンに加え、野鳥の気がかりが増えた。

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今日(3月8日)の一枚

口の種 これが朝食 シジュウカラ

 天気は回復し陽が出て、野鳥が飛び交っている。シジュウカラがベランダのところに来てヒマワリの種を咥えるところを居間の椅子に座って待ちながら撮影である。ヒマワリの種を咥えたシジュウカラは高い木に移ってゆっくりと朝食である。

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2014年03月07日

シジュウカラ 3月7日(2014年)

降る雪に 鳥の飛び立ち シジュウカラ

 朝刊に猛吹雪で道内各地で交通網寸断、の記事が出ている。朝、家の前の雪かきをしただけで、新聞記事にあるような猛吹雪と遭遇していない。雪降りの中を野鳥が飛び交っている。シジュウカラが枝から飛び上がるところが偶然写っている。

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HPFhito54・研究と研究予算獲得で忙殺される北大情報基盤センター長高井昌彰先生

 北大を退職後は大学で行われる何かの会合にも顔を出さないので、かつては顔を合わせていた先生方とも合うことがない。そんな状況で、たまたま頼まれた北海道地域ネットワーク協議会(NORTH)の特別講演の会場で北大教授高井昌彰(よしあき)先生を見つける。NORTHの副会長をしている関係で、講演会場に顔を出されたようである。日を改めて、北大情報基盤センター長室でパノラマ写真撮影をお願いする。
 同センターの建物は、以前大型計算機センターと呼ばれていた施設と同じもので、パソコンが普及する前にはデータの整理とか解析、シミュレーションはこのセンターの大型計算機が頼りであった。電波や音波を利用したホログラフィーの研究を行っていて、プログラムとホログラムデータをパンチしたカードを預けて計算してもらい、プリンター用紙に打ち出される計算結果を翌日に取りに行くという、今では信じられないやり方で研究を行っていた時代を思い出す。
 センター長室でパノラマ写真を撮り、研究や大学の運営についての四方山話になる。以前高井先生がどんな研究をしていたか忘れてしまっていて、聞いてみる。画像やコンピュータグラフィックスが研究テーマで、筆者が主宰していた「札幌国際コンピュータグラフィックスシンポジウム」に論文を提出されている。帰宅してから約20年前の論文集を見返すと「セル構造オートマトンによる粒子運動モデル」と題した論文があった。
 現在の研究を聞くと画像処理や拡張現実感の研究で、研究の大きな流れは以前からのものである。大学院の学生は工学部の方から配属され、その教育・研究指導を行っている。センター長という立場にあり、大学の経営に首を突っ込み、そちらの方の仕事が大変のようである。
 国立大学は国立大学法人になって、大学の経営というこれまで経験したことのない事を試行錯誤的に行っている。国からの交付金が年ごとに減らされてきていて、それも大学毎の成果が評価され減額の幅がきまる。大型計算機センター時代のように、毎年確実にくる予算内で学内のサービスを行っていればよい時代は去って、旧7帝大に東工大を加えたクループの大型計算機センターが連携して研究を行っている点を文科省にアッピールする必要がある。加えて、学内や道内の高専との共同研究推進も行い、大学の経営陣にも理解してもらう必要がある。こうなると会議の数も増え、大変そうである。しかし、センター長という立場では交付金の大幅な目減りはなんとしても防ぐ必要があり、その責任は重そうである。
 以前は大学の教職員の給料は年毎に昇給していたけれど、今や年齢が上になると減ることがあっても増えることはなくなってきている。大学の先生も年俸制の導入が検討されていて、研究成果によって、給料の差が出てくる時代に入りつつあるようだ。
 高井先生は1960年生まれで今年(2014年)に54歳になる。定年まで後10年で、これからの10年はすぐに経ってしまうなど、年金生活者の気楽さでコメントする。趣味など個人的な事を聞きそびれて、後でインターネットを検索したらクラシック音楽鑑賞とあった。札幌交響楽団のパトロネージュだそうで、そんなサポーター制度があるのを初めて知った。
  インタビュー原稿のチェック時に、高井先生の今の趣味が真空管ラジオの製作であることを知った。このデジタル時代に、周波数カウンタやオシロスコープを5球スーパーやニキシー管で自作するとは、それも真空管やコイル、バリコン等は昭和28年頃製造の骨董品を使っているというから、これはオタクの趣味人である。


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(センター長室の高井昌彰先生、2014年3月5日)

シリーズ1054・「パノラマ写真」ここはどこ

 駅から沼が見えます。さて、ここはどこ(の駅)。


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2014年03月06日

今日(3月6日)の一枚

冬春の 二頭の象が 押し比べ

一日中風が強く、朝雪かきで外に出ただけで家の中に籠る。被写体としてこれといったものも無く、窓際の象のおもちゃを撮ってみる。冬と春の象が押し比べを行っているようで、今回はさしずめ身体の大きい方が冬、小さい方が春の象である。

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HPFhito53・旧北海道拓殖銀行の半沢直樹だった上光証券社長松浦良一氏

 上光証券と聞いて多分東京に本社がある証券会社だろう、ぐらいにしか認識がなかったけれど、この証券会社は札幌に本社があるれっきとした地元の証券会社である。戦前のピーク時には、札幌や道内各地に100社もの証券会社があった。しかし、その証券会社も減り続け、2002年に函館証券が廃業して、上光証券のみが道内唯一の証券会社として残った。
 北洋銀行の小樽中央支店長も勤めた松浦氏は、ある事で筆者の事を知っていたらしい。以前、北洋銀行副頭取であった横内龍三氏のはからいで「小樽・石狩秘境写真展」を同支店ロビーで行ったことがある。その時の話らしいが、同支店長の経験のある松浦氏は、展覧会時には上光証券に移られているはずで、筆者には展覧会での松浦氏の記憶はない。しかし、その話がきっかけでもあり、松浦氏を北1条通に面したビル内にある同社の社長室に訪ねる。
 社長室でまずパノラマ写真を撮る。立った松浦氏の背後の壁には「Hokkaido Super Claster」の2014年度のカレンダーが貼ってあり、地元のIT業界との付き合いがあるのが伺える。
 会社の「上光」は「浄光」名を持つ浄土真宗のお寺さんが「浄」を「上」に変えて小樽で商店経営を始めた。その「上光商店」が証券取引を行ったのが現在の同社のルーツになるそうである。松浦氏は2006年に北洋銀行から上光証券に移っている。
 松浦氏は1951年札幌生まれで、小樽の潮陵高校で地学を志しながら方向転換で、早稲田の商学部を卒業した。三菱銀行も受かったのだが、地元の銀行ということで北海道拓殖銀行(拓銀)に入行している。拓銀時代の話を聞くと、昨年(2013年)TBSの人気ドラマ「半沢直樹」に重なる部分がある。半沢直樹は不良債権回収のため企業の立て直しに奔走する。松浦氏も不良債権の回収という、いわば銀行の後向きの業務に携わることが多かったようで、その筋の客との対応に身の危険を感じたこともあったそうである。
 旧拓銀の半沢直樹のようだと言ったら、ご本人は否定しなかったので、ドラマにあった事と似通った事を体験されて来たのであろう。しかし、不良債権の回収も、旧拓銀の貸出しが5兆円規模のところに1兆1千億にも上る額では万事休すである。旧拓銀は1998年北洋銀行に営業権譲渡で消滅した。それに伴い松浦氏も北洋銀行に移り同行大通支店長などを勤め、常務になり、第三の勤め先の上光証券に副社長で迎えられた。
 社員数が70名程度の地方の証券会社を、地方都市で経営して行けるのはどうしてか聞いてみる。手数料は東京に本社のある大手証券会社の方が安く、ネット証券ではさらに安くなる。ネット取引は手軽なこともある。しかし、顧客の信頼を勝ち得えることで、顧客の満足度は大手の証券会社以上のものがある。そこに地方の証券会社が生き延びる道が見えてくるとのことである。
 会社の自分の席を温める暇もなく、仕事で社内外に足を運ぶ毎日のようである。趣味に類した話はあまり無く、ウォーキングで北海道神宮境内にある旧拓銀の物故者を祭った穂多木神社まで参拝に行くとのことである。以前、札幌の秘境を取材していて、旧拓銀の大金庫の写真を撮ったことや、穂(北海道の北の音に漢字を当てはめている)や多木(拓銀の音から取っている)の謂れを思い出した。


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(社長室での松浦良一氏)

シリーズ1035・「パノラマ写真」ここはどこ

 周囲のビルから判ると思います。さて、ここはどこ。


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2014年03月05日

今日(3月5日・番外)の一枚

SFの 世界席巻 文学館

 入場券を頂いたので北海道文学館で開催中の「荒巻義雄の世界」展に行く。氏の著作や読んだ本、蒐集品等が展示されている。書斎のパノラマ写真が大写しなっている。会場内は撮影禁止なので、内部が少し見える入口でパノラマ写真撮影である。


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今日(3月5日)の一枚

松の上 蛸が現れ 海の底

 日の出が見られず海の底に居るようだ。松の木に積もった雪が固まり解けずにある。そこに又雪が降り、蛸が足を伸ばしているような形が出現する。雪による造形には面白いものがある。そんな写真を撮りに行こうと思いながら家の中に居る。

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シリーズ1053・「パノラマ写真」ここはどこ

 変わった名前の駅です。さて、ここはどこ(の駅)。


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2014年03月04日

今日(3月4日)の一枚

桜木を 真似て立てるは 馴染みリス

 この2,3日、ヒマワリの種を求めてリスが来る。木の根元のところで二本足で立っているリスは遠目に見ると、幹が途中で折れた木のようでもある。リスの傍の木は山桜で、この木に緑が戻って来る頃には、リスは山に戻っているだろう。

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2014年03月03日

今日(2013年9月6日)の一枚

人見上げ 視線を追えば 菩薩顔

 カンボジア・シェムリアップにはアンコール・ワットやアンコール・トムの遺跡がある。アンコール・トムのバイヨン遺跡には石で造られた巨大な観世音菩薩の頭部が並んでいる。仏教に深く帰依したジャヤヴァルマン7世が造ったといわれている。


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今日(3月3日)の一枚

校正や 主役の去りて ひな祭り

 今月中に「爪句@日々のパノラマ写真」を出版しようとしている。主役の去ったひな祭り当日は校正の一日となりそうである。うろ覚えのひな祭りの歌を、意味を理解していない幼児からしっかりと訂正され、記憶の歌詞の校正も行っている。

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シリーズ1050・「パノラマ写真」ここはどこ

 簡単な問題です。さて、ここはどこ。


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2014年03月02日

今日(3月2日・番外)の一枚

追尾する 手持ちカメラで リス捉え

 ベランダのところに置いたヒマワリの種を食した後のリスの立ち去り方は素早い。雪で覆われた平地では身を隠すところも無く、早く移動しないとカラスとか猫とかに襲われる心配があるためだろう。逃げ去る後ろ姿を撮るのが精一杯である。

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今日(3月2日)の一枚

リスが来て 見る子ども居て ひな祭り

 リスも来るけど、人間の子どもも来る。どれも被写体としては、撮る方の言うことを聞いてくれない。適当に全部がカメラに収まるように何枚か撮ってみる。どれも動きがバラバラで構図の上からは感心しない。ひな祭りの前日の朝である。

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シリーズ1051・「パノラマ写真」ここはどこ

 易しい問題かも知れません。さて、ここはどこ(の駅)。


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2014年03月01日

今日(3月1日)の一枚

パノラマを 撮りて顔知る 功労者

 北海道功労賞に言及する談話を頼まれていて、早目のスライドの準備である。歴代の受賞者の最初のページには藤学園の2代目校長クサベラ・レーメ、3代目牧野キクの名前がある。キノルド資料館のパノラマ写真にも学園の先達で写っている。(パノラマ写真)


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HPFhito52・たたき上げ感覚で会社経営をしてきた央幸設備工業(株)会長尾北紀靖氏

 央幸設備工業(株)のメインの仕事は建設設備であるけれど、バイオ事業部があり霊芝(キノコの一種)の栽培を手掛けている。「北海道霊芝」という央幸のグループ会社では霊芝の商品化と営業を、やはりグループ会社の「旺煌」で霊芝の健康食品「旺煌」を販売している。同社の北広島にある工場で霊芝が栽培されている様子を、道新文化センターの講座受講生と一緒に見学したことがある。また、霊芝栽培について、勉強会「eシルクロード大学」で尾北紀靖氏や実際に担当している宮崎稔氏に話していただいたこともある。
 以前、国道12号で菊水から白石中央に行くところの陸橋からLEDの巨大デスプレイを見ることができた。これは今休眠状態にある同社のグループ会社「アルファビジョン」が開発した、当時国内で先端を行っていた大型デスプレイ装置であった。国内の大手メーカーがこの分野に進出したため、この装置のその後の展開は止まった。このデスプレイ装置のあったところに同社がある。
 央幸グループ会社の会長や社長を務める尾北氏と顔を合わせて立ち話はしても、会社を見たことがない。今回パノラマ写真撮影のため央幸設備工業を訪ねる。同社の会長兼社長室でパノラマ写真撮影後、インタビューとなる。
 尾北氏は生まれた年が1940年で筆者より1年上となる。たたきあげの経営者だと自己紹介である。出身地は美唄で美唄工業高校の夜間部を出ている。夜学生時代に昼間は働き、工業高校卒業後は「立川工業」で設備関係の仕事をしている。28歳の時負債で倒産状態の「エスケー工業」を引き受けることになり、立川工業を退社する。3年間で破産会社の負債全額を返却し、会社を立ち直らせている。若くて会社を再生させることが出来たのは、たたき上げの現場感覚があったからだと尾北氏は述懐している。
 会社再生に成功してから社名を新しく「央幸」を冠したものにする。この社名の意味を尋ねると、「央」は中央の意味で、社員が中央に集まって「幸」福になろう、といった意味らしい。もう一つの理由付けは、名前のそれぞれの漢字が左右対称で、裏からみても央幸と読める。裏表に違いの無い会社にしたい、との願いを社名に込めたそうである。
 40年間以上続いている現在の会社は社員数30数名である。リーマンショックも経て、会社の業績はこの7,8年間でV字回復している。仕事も下請から元請の立場に変更してきている。しかし、建築設備の将来を考えると、仕事の柱として別のものも考えておく必要がある、とバイオ事業部を社内に設け、北海道産の良質霊芝の栽培を手掛けてきている。同社の霊芝が、免疫力を高める作用のあるβ-グルカンの含有率が最高のものである分析結果を関係研究所から得ていることや、アメリカの学会での論文発表で注目された事は、前述の勉強会で尾北氏から聞いている。
 霊芝商品の市場開拓に台湾、フィリッピン、韓国、シンガポールと海外出張でも忙しそうである。社長を務める「北海道霊芝」にも人材を充実させようと、この春(2014年)札幌の大学の大学院を卒業する2人の中国人留学生を採用している。将来はアフリカも視野に入れ、マダガスカル出身の社員も居る。たたき上げの人材は今の時代に得るのは難しいところであるけれど、優秀な外国人が入社してくる時代にもなっている。人材という点から、将来の布石を今から打っている。
 趣味を最後に尋ねてみる。見かけによらず多趣味のようで、山歩き、釣り、専門誌の読書、絵、音楽等々で、音楽は真空管のアンプを自作して聞いたら、かすかにトライアングルの音が再現できていたのに感激したとのことである。


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