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2009年03月31日

真駒内中央公園のエドウィン・ダン像

 エドウィン・ダンは日本の酪農業の基礎を北海道に根付かせた人物である。明治政府の招へいで1873年来日し、1875年函館に赴任した。この函館勤務時代に日本人の妻ツルと結婚している。1876年に札幌に移り、真駒内に牧牛場を開き、これが真駒内種畜場となった。この種畜場の事務所が現在のエドウィン・ダン記念館として保存されている。記念館に隣接する真駒内中央公園内に峯孝制作の大きなダン像がある。黒っぽいブロンズ像で、季節による背景で写真の感じが変わってくる。

黒き像 酪農伝師 エドウィン・ダン

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酪農史 緑が囲むや 夏木立

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春先の樹氷

三月も最後の日の朝、前日からのみぞれ状の雪が木の枝に凍りついて、見事な樹氷の景観が広がっている。カメラを手に、自宅から少しばかり山の方に歩いて行って写真を撮る。カラスがアンテナの上の止まっていて動こうともしない。カラスの黒い塊と木の幹の黒さが、樹氷の白い世界に溶け込んで、墨絵のようである。今日の天気予報では曇りと雨で、気温があがればこの樹氷も消えてしまうだろう。春の舞台の準備作業中に、担当者が背景のセットの設置を間違えたかのようである。

カラス居て 樹氷広がり 墨絵なり

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春舞台 セットの手違い 樹氷出し

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白石村行政発祥之碑-白石本通北郵便局

白石村は、1871(明治4)年に仙台藩白石城の士族片倉小十郎の家老佐藤孝卿を含む104戸380人が入植して開拓に当たった村史がある。その村役場のあった辺りに「白石村行政発祥之碑」が建っていて、風景印に描かれている。現在、碑の横には白石まちづくりセンターがある。佐藤孝卿は「善俗堂」という寺子屋を開き、これが後の白石小学校になっている。この経緯から、国道12号線沿いにある同校の庭には佐藤孝卿の顕彰碑があり、国道沿いには開校136周年の看板も目についた。

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白石は 仙台藩が 名のルーツ

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2009年03月30日

札幌飛行場正門跡の「風雪」碑

 北24条通に面した西9丁目の歩道に札幌飛行場正門が残されていて、飛行場の記憶を留めるかのように「風雪」の碑が設置されている。碑には、プロペラの一部にパイロットの顔が埋め込まれたブロンズ像があり、制作は坂坦道である。この場所は戦前旧北海タイムス斜が報道用の飛行機を飛ばした飛行場があったところであり、飛行場は終戦とともに閉鎖された。像の裏側には「大空に憧れ、空高く飛んだ、父も兄も弟も、遠い思い出になって消えてしまうだろう。」と刻まれている。

プロペラに 風雪の顔見え パイロット

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大空に 飛んだ思いが 碑に残り

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きたえーる-豊平三条郵便局

 建物の正式名称は北海道立体育総合センターで、1996年着工、1999年竣工、2000年に開館している。地上二階、地下一階の建物で、収容人数は約1万人である。アリーナ、弓道場、剣道・柔道室、トレーニング室等を備えたスポーツ施設であるため、愛称の「きたえーる」は「鍛える」と「北にエール」の掛詞である。地下鉄東豊線の豊平公園駅の乗降口がある豊平公園に隣接しており、交通の便が良い施設である。郵便局の方はこの施設の傍にあり、国道36号線に面している。

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きたえーる 北にエールの 鍛えの場

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2009年03月29日

北海道文化放送社屋前の「賛歌」、「躍進」

 北海道文化放送(UHB)の社屋前の広場に本郷新の「賛歌」、「躍進」の二つの裸婦像が設置されている。二体とも動きを表現した像であり、静止像に比べて、身体の各部のバランスを取って制作するのが難しそうである。実物は周囲の景観も視界にあって、気がつかなかった身体のバランスが、写真でみると気になる場合がある。賛歌の像は頭に対して胴体部分が長すぎるように思える。下半身も現代の日本人女性はいざ知らず、昔の女性はこんなに長かったろうか、の感想が出てくる。

浅き春 賛歌の季節 目に見えず

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躍進を 空に放つか うす曇

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環状夢の橋-北海道白石南郷一郵便局

 環状夢の橋は、白石区さっぽろ大地公園から始まる白石サイクリングロードを象徴する橋で、環状通を跨いで架かっている。1989(平成元)年に完成しており、長さ179m、幅5mの自転車と人が渡るための橋である。橋の上にあるアーチは自転車の車輪をイメージしてデザインされていると言われている。そうすると四角の柱状は自転車のフレームを表しているのかもしれない。冬季はここを通過する自転車をみかけないけれど、雪が解けてくればサイクリング車が行き交うことになる。

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デザインは 自転車の輪(わ)で 夢の橋

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2009年03月28日

北工会誌の山本克之先生の遺文

 北工会誌(北大工学部の職員と学生の親睦会の会誌)が送られてきたので、ページをめくると、今月お亡くなりになった山本克之先生(訃報の記事をブログに載せています)の定年退官(3月31日)に当たっての遺文が掲載されていましたので、転載です。
 3月16日に訃報が新聞に掲載されていて、北工会誌の遺文の最後の部分は2月1日の日付になっています。最後まで手を抜かずに仕事をしていた様子が遺文から伝わってきます。

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大通公園の「奉仕の道」

 大通公園の西6丁目のところに札幌ロータリークラブが寄贈した「奉仕の道」と題された動物たちが話し合っているようなブロンズ像がある。制作者は峯孝である。像になっている動物は鹿、梟(ふくろう)、兎、鳥で、生ける動物たちの代表になっている。雪解けが始まっている時期には、残雪に枯葉などが見え、動物たちが、春の大掃除の奉仕を行う相談をしているようである。春も進み、像の周囲がきれいになると、知恵の象徴の梟が、他の動物に奉仕の道を説いているようである。

俺たちも 春の清掃 せにゃならぬ

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ふくろうは 奉仕の道説く 賢者なり

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澄川公園拓魂像-札幌南郵便局

 風景印の像は、澄川公園内にある開拓者の像で台座に「拓魂」の文字が刻まれている。制作者は鶴田徳郎で、澄川開基100年記念事業実行委員会が1980年に建立している。碑文から、澄川は1881(明治14)年に開拓が始まっている。像の開拓民は斧を持っているので、澄川の地でこれまで斧の入らなかった原始林を伐採して農地にして行ったのを表現している。春先で、像は雪の中にあって足場が悪く、西を向いるので午前中の太陽がは逆光となり、横からの撮影となってしまった。

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拓魂は 手にした斧に 形有り

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2009年03月27日

札幌開祖志村鐡一碑-北海道豊平橋郵便局

 今でこそ豊平川には大きな橋がいくつもあり、自動車でも橋の歩道を歩いてでも、苦も無くこの川を横切ることができる。しかし、橋の無かった時代は渡し舟に頼る外なく、豊平川の最初の渡し守が、豊平橋の近くの碑に名前が残る志村鐡一である。志村は信州の剣客で、来道して渡し守になり、後に駅逓経営にも関わった。しかし、初代判官島義勇が札幌で開拓を進めるに際して、幕府との関係からか志村は役目を追われ、札幌の開祖の称号とは裏腹に、消息を絶ってしまった人物である。

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渡し守 札幌開祖の 名を残し

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札幌競馬場の駿馬の像

 雪国の競馬場は、冬季間は閉ざされる。札幌競馬場の雪に覆われたコースと広場をスタンドから眺めると、大都会にこんな場所があるのか、と驚く。パドックの近くに「駿馬躍進」の作品名のある後藤信夫制作の三頭の馬の像がある。走るのが速い馬を駿と呼ぶが、さらに優れた意味を重ねて優駿と呼ぶこともある。ブロンズ像の駿馬は、騎手を乗せ駆ける動きが一瞬時間を止めて表現されている。雪の季節、像の周囲にある枯木立が観客となって、駆け抜ける駿馬を見ているようである。

動一瞬 固められたり 人駿馬

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枯木立 観客にして 駆ける駿

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2009年03月26日

豊平町役場跡碑-北海道豊平六郵便局

 風景印にある碑の文字は「ここに豊平町役場ありき」と読める。1885(明治18)年戸長(郡長)役場が豊平村に設置され、1908(明治41)年には豊平町となり、豊平4条6丁目付近にあった役場跡にこの碑が建てられた。1910(明治43)年には札幌区と合併している。碑は国道36号線沿いの民家の横にあって、注意して歩かないと見落としてしまう。石碑は1991年に建立された新しいものである。傍らの旗から、札幌ドームも区内にある豊平はスポーツの街を標榜する区であるのを知る。

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役場跡 目立たぬ石碑 道に在り

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東区民センター前の母子像

 東区区民センターの建物のレンガの壁を背景にして、本田明二の「手をつなぐ」という母子像がある。母親の肩に雪が降り積もっていて、まるで白いマフラーを羽織っているように見える。写真のアングルでは子供は喜んでいるのに対して、母親の表情が心配そうに見える。雪のマフラー同様、たまたまそのように見え、季節が変わればまた印象も変わるのかもしれない。区民センターの正面には時計台の模型が設置されている。中央区にある時計台が東区に出向してきたかのようである。

手をつなぐ 子の母親に 雪マフラー

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東区に 出向したり 時計塔

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2009年03月25日

水穂大橋-菊水北郵便局・菊水上町郵便局

 「みずほ」を変換すると「瑞穂」となる。豊かでみずみずしい、稲の穂の意味で「瑞穂の国」は美しい日本の国を表現している。豊平川に架かる水穂大橋の「水穂」は川を挟んだ両地区、白石区菊水と中央区苗穂から一文字ずつ採って作った名前である。橋は1986年に完成した長さ150m、幅20mのアーチのある橋で、形は美しい長所がある。一方、橋の中央に張り出したアーチの積雪が車道側に落ちるため、落雪を防ぐ融雪装置を取り付けたので、その分の費用が増えた短所がある。

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美しき 橋の短所は 落ちる雪

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円形歩道橋-札幌菊水三条郵便局

 風景印には円形の構造物が描かれている。これは日本で初めて造られた円形歩道橋で、六つの道路が交わるところに設置されている。これらの道路には南郷通と呼ばれる道路があり、歩道橋のある交差点から一方は一条大橋、もう一方は水穂大橋で豊平川を越えて中央区に入っていく。この道路の反対方向に行くと、白石区を貫いて厚別区に入る。円形歩道橋は1971(昭和46)年に建設されていて、全長176mある。歩道橋の上から円形がわかるようにと、パノラマ写真を撮ってみた。

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六差路に 円形かぶせ 歩道橋

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2009年03月24日

中村美彦の無頼放談取材

 本日(24日)は江別市にあるほくでん総合研究所まで行ってテレビ取材に協力です。HBCの標題のテレビ番組です。番組のサイトには、プロデユーサーの松浦氏による今回の番組案内もあります。

 ほくでん総合研究所の宮本所長のご好意で、所長応接室をお借りして中村氏と対談形式で、都市秘境や爪句の話をしました。放送は4月5日(日)と19日(日)の朝6:30-6:45です。

 江別の秘境として研究所のマリモの栽培を採り上げたので、この研究所での撮影になりました。同研究所では、以前チョウザメの孵化に関する研究を行っていたこともあり、チョウザメの剥製があります。これを私が取材している想定で映像撮りを行いました。写真はその時の様子を撮っています。

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遊具2000年未来号-北海道白石栄通郵便局

 万生公園は白石区栄通のサイクリングロード沿いにある。夏場には緑に水場のある公園であるけれど、冬の終わりでは、歩くと埋まってしまう、腐れ雪とでも表現したい雪に足を捕られないように歩を進めて行く。風景印にある船を象った木の遊具には「セーラーズ62 2000年未来号」の看板が取り付けられている。数字の62の由来がわからないけれど、西暦の方から、2000年前後に造られたのだろう。この季節、船は海原ではなく雪原に浮かんでいて、遊具の周囲に人影はなかった。

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雪原に 浮かぶ船名 未来号

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2009年03月23日

トンネル掘り

 テレビで二夜連続の「黒部の太陽」を見た。テレビドラマと思っていたら、映画並みによく作られていた。香取慎吾がトンネル掘りの親方に扮して主役である。同じ役を石原裕次郎が努めた映画の方は観ていない。

 隋道のトンネルではないけれど、鉱山でトンネル掘りと同じような作業を行っている現場を見て来た。現場といってもこれはモデルである。小学校の教室の中に「鉱山の部屋」というのが設けられていて、その中に鉱山の切り羽で働く作業員の様子が人形を使って再現されている。

 4月から札幌の都市秘境を歩く講座が始まるので、その下調べである。事前に時間配分のため場所を確認したり、資料作成のための写真を撮ったりする。資料作りにも時間がかかるので、今のうちからの準備である。冬の間は歩いていないので、講座が始まると当日はかなり歩くことになるので、一日中PCの前で座っているより身体には良いことだと思ってる。

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資料館内の屯田兵屋-札幌屯田郵便局

 風景印に描かれている建物は屯田兵屋である。この兵屋は屯田郷土資料館の内に保存されている。兵屋の内部を資料館の二階からも見られるようにと、屋根の一部が切り取られているのと、兵屋前にある木製の案内板の形からこの兵屋が絵になっているのがわかる。兵屋自体は1889(明治22)年に屯田地区に入植した屯田兵一家に与えられたもので、昭和に入っても住宅や納屋として利用されている。屯田兵屋としては一番長く現役として生き延びた、屯田地区に残る唯一の兵屋である。

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生き延びて 今の居場所は 資料館

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2009年03月22日

新川に架かる天狗橋-札幌新川四条郵便局

 風景印に描かれている天狗橋は、北区と西区の境界になっている新川に架かっている。新川は排水と灌漑用に造られた人工の川で、札幌の北西部の平地を一直線で流れている。天狗のレリーフのある橋の上からは、この直線状の流れを見晴るかすことができる。天狗橋の袂にはこの橋名がつけられた由来が書かれた石碑がある。それによると、この橋を架け替える時の棟梁の鼻が高くて、天狗のあだ名がついていたためとの説が紹介がある。しかし、真偽のほどはわからないようである。

直線の 新川の上 天狗居り

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あとがき

あとがき

 爪句集豆本も本書で五巻目になった。爪句作りを楽しんでいるよりは、豆本出版に精を出しているみたいなところがある。爪句を捻り出すのとは違って、豆本作りには色んな作業があり、それが揃わなければ豆本は日の目を見ない。
 爪句集豆本作りに桶作りの比喩を持ち出したい。桶は桶板が揃っていないと、一番背丈の低い桶板のところまでしか水は入らない。他の桶板に充分な高さがあっても、桶の水を入れる機能は一番低い桶板で決まってしまう。
 写真、爪句、豆本のデザイン等を桶板と考えると、そのうちのどれかのレベルに全体の評価が抑えられてしまうところがある。写真は良いけれど、爪句は凡作が並んでいる、単に写真集にしておいた方がよかったのに、なんていう声も聞こえてきそうである。
 桶板の間に隙間があってもここから水が漏れ出してしまう。隙間が空かないようにして、“たが”をしっかりはめる必要がある。“たが”をはめるのは、普通は編集者の役目なのだろうが、著者=編集者の状況の本書であれば、お互いの立場がぶつかって、“たが”がはまる状況は期待できない。精々出版を受け持つ担当者に、出版を早めるように著者が“たが”をはめることになる。
 この点、本書は3月中旬に原稿を出して、4月下旬には出版の見込みと聞いているので、これまでの豆本爪句集のように、原稿を出してから約3ヶ月後の出版と比べると、作業速度は大幅に改善されている。早く出版してほしい、とう著者の希望の“たが”が有効だったかな、と思っている。
 出版社の立場に立って考えると、もらった原稿をそのまま印刷するなら、印刷物としての納期は早まる。しかし、出版物を少しでも良いものにするため、原稿にも目を通して、修正点を拾い出す作業に時間が取られることになる。その担当者が仕事を抱え込む時期には、処理能力に限りがあり、さらに印刷が込み合う時期にはその分印刷工程で遅れがでる。
 豆本作りの作業に当たった共同文化社の担当者Nさんは、毎回豆本爪句集の原稿を読んで誤植等をみつけだし、著者の早く出版してほしいとの“たが”を意識して、今回の早い出版の実現に努めてくれた。この点Nさんにお礼申し上げる。出版に際して、その他の作業に関わった方々にも、これからもよろしく、とこの「あとがき」に書いておきたい。
 本書の「まえがき」に転載しているように、北海道新聞夕刊の文化欄に爪句に関する論評を書かせてもらった。これは文化部デスクのN氏の配慮であり、同氏にお世話になった点を記しておきたい。
豆本にする前に、原稿の一部は自分のブログに掲載している。この状況で、既刊の豆本爪句集は他のブログなどにも引用され、紹介してもらっている。ハンドルネームKさんやその他の方々から、ハンドバックに入れて持ち歩くのに豆本は便利であるとのコメントをいただき、豆本作りを思い立った最初の目的の一つが実現できていると意を強くしている。
 本書のテーマは札幌の四季で、主に2008~9年の一年間に、札幌を歩いて、自転車で、そして車で見て回って撮った写真と爪句で構成している。車の時には、運転は妻の役目である場合が多く、手当も支払らわれない運転手役を務めてくれた妻に感謝である。
 雪が解け、日の出が北に移動して、庭の木の葉の落ちた枝がほんの少し色づいてきているのを見ながら、この「あとがき」を書いている。書きながら、春の季節の到来を本爪句集の出来上がりと一緒に心待ちにしている。

2009年3月21日(三連休の中日に)
                       

2009年03月21日

商業施設の中の郵便局-北海道大谷地東郵便局

 この郵便局は地下鉄東西線大谷地駅に直結している商業施設の中にある。商業施設は1989年にできており、この年は白石区から厚別区が分区された年でもある。商業施設は白石区からつながる、陽だまりロードと新しく命名されたサイクリングロードに沿ってあり、風景印に描かれたガラスのピラミッド状のデザインの屋根が建物の目印となっている。雪のある季節には、サイクリングロードに自転車はなく、街路樹も葉を落として殺風景であるけれど、商業施設の中は春の雰囲気である。

商いの ガラスの屋根が 風景印

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線路の海中島の平和駅-白石北郷二条郵便局

 白石区はJRの線路で分断されて、北側が本郷、南側が平和通となる。北郷地区にはJR平和駅があって、この郵便局に近い。風景印の建物はこの平和駅である。道路からこの駅舎が目の前にあるにもかかわらず、直ぐにこの駅舎に行けない。それは平和駅の辺りから函館本線と千歳線が分かれていて、さらに流通センターも控えて、貨物車の操車場の広い構内があり、駅舎が線路の海の中に浮かぶ島になっているためである。この駅舎には柏山人道橋の跨線橋を渡ってゆくことになる。

線路海 浮かぶが如き 平和駅

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2009年03月20日

有明の滝-札幌真栄郵便局

 この郵便局の風景印には色々な絵があって、そのうちの一つは有明の滝である。この滝は清田区の道道341号線沿いに滝への入り口の看板があるので、看板のところにあるパーキング場に車を止めて、ここから徒歩で六百mほど山道を行くとたどり着く。厚別川へ注ぐ支流の川によってできている滝で、落差が13mあり、水量の多い時期には見ごたえのある滝である。この滝から少し離れたところに有明小滝というのもある。有明と隣接する南区滝野にもアシリベツの滝などがある。

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沢道を 塞がれ先に 河水降(ふ)り

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ブログ考

 毎日飛んで行くブログの一つに「ぜんまい仕掛け」というのがあって、拙著が紹介されている。紹介の画面をアップしておく。このブログ読んでいてなかなか面白いのであるが、毎日ぜんまいを巻くブロガーご当人の心の「ひだ」が見えてくることもあって、人生大変なのだ、という日もある。

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 なぜブログを書いて公開するのか。それは小説や詩を書いて公表するのと同じ心理である。自己表現の一つの形式といえる。ブログのようなデジタルメディアを使ってそれを行うのをデジタル文芸と名づけて、そこに爪句も入れて爪句のレゾンデートルを模索している。

 一方、ブログの読み手はどうか。大抵ブログを書く人はブログの読み手でもある。読み手はコメントを通して読み手の感想を書き手(+不特定多数の読み手)に伝えることができるのが、デジタル文芸のアナログ文芸(こんな言葉はないけれど、従来の紙媒体による文芸という意味)とは大きく異なる点の一つである。

 読み手の立場から言えば、面白いものを読むだけである。それと読む習慣になったものを読む傾向(惰性か)にあるようだ。これを書き手がまともに考えに入れてブログを書き出すと、ブログの性格によってはかなり大変である。もし、読み手に対してサービス精神の旺盛なブロガーであれば、サービス精神の赴くまま、毎日面白そうなブログネタを探して味付けをしながら、ブログを書くことになる。

 ブログというぜんまいを巻くのも、最初は何気ない動作でも、そのうち力の入る作業になり、ブロガーも大変な作業(+ブログネタのための出費)を行っているように見えてくる。よくもまあお金の入って来ない作業を続けているな、と感心することがある(私の場合は、本にする原稿をとりあえずブログで整理しておこうか、という目的があるので、大変さはちょっと異なるけれど)。

 長い即席のコメントは読む方にスキップされそうなので、このぐらいで、最後に肝心の拙著の紹介に感謝しているお礼をこのブログでしておきたい(ブログに紹介されて爪句集が少しは売れるかな、という下心も込めています)。

2009年03月19日

アクセスカウンターのぞろ目

 ブログのアクセスカウンターで5が続くぞろ目の画面を記録しようと
思っていた。本日このぞろ目が現れると予測できたけれど、どうも
それが表示される時刻は、主宰している勉強会「eシルクロード大学」の
講義時に重なるようである。そこで、講義の始めのほうで携帯で
インターネット接続で、このぞろ目が表示されるのを待ち受けて、
どうにか画面を残すことができた。

 
 55555のカウンターの手前の数字を見て、ゴーゴー(行け行け)と
念じてこの画面になった。こんなことに気を配っているとは、
暇人と思われても仕方ないことである。

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彦星のレリーフ像-北海道白石下川郵便局

 風景印の絵を見ただけでは、これが何を意味するものか見当がつかない。風景印の男性は彦星を意味している。厚別川を境にして1989年に白石区と厚別区に分区され、厚別川を天の川に見立てて、彦星と織姫のレリーフ像を厚別川の河川敷に設置した。彦星、織姫の話になぞらえて、両区のつながりの象徴としている。厚別川の川下に向かって左側の白石区の河川敷には彦星が、右側の厚別区には織姫がいる。厚別川に架かる紅橋を渡ると、それぞれの像を近くで見ることができる。

雪解けて 彦星渡河(とか)は 天の川

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2009年03月18日

庭に来たアカゲラ

 窓の外のオンコの樹の幹に、下半身が赤く特徴のある鳥が取り付いて、盛んに動き回っている。アカゲラである。樹の中の虫を探しているのだろう。幹のウロ状のところなんかにも頭を突っ込むようにして突いている。突く音に目覚めた虫にアカゲラの嘴が迫るという図になるのか。もっとも、虫は樹の中でも凍りついていて、外気がもっと暖かくならないと動き出さないだろう。アカゲラを背中から見ると、白黒の礼服を着込んでいるように見える。春の式にでも出席したようである。

目覚めれば 嘴迫る 樹中虫

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アカゲラは 礼服まとい 春の式

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羊ヶ丘のクラーク像―北海道東月寒郵便局

 札幌農学校の初代教頭として1876(明治9)年7月に赴任したクラーク博士が、翌年4月の離任の地が北広島市の島松駅逓であったため、北広島市のカントリーサインはクラーク博士の像である。この像は羊ヶ丘にある坂坦道作のクラーク像を基にしているようである。今や札幌でクラーク像といえば、北大構内にある胸像より、羊ヶ丘の立像が有名で、切手にもなっている。切手と同じ図柄の風景印を押してもらう。この時期、像の実物は雪にけぶる羊ヶ丘にシルエット状で立っていた。

雪けぶる 丘に大志の 身振りかな

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2009年03月17日

知ることは、悩みの元で 金次郎

 札幌市内の小学校の金次郎像を追い求めて、琴似、簾舞、定山渓、苗穂、月寒の各小学校の金次郎像を写真に収めて、札幌秘境本の原稿を書いた。この原稿の再校の段階で、白石小学校の金次郎像をみつけてしまった。さて、どうするか、悩ましい。

 再校の段階で、白石小学校の金次郎像の存在を知らなかったら、校正作業はそのまま進行して、出版作業に支障はなかったはずである。しかし、出版後に取材の不備は指摘されるだろう。出版前のトラブルに対処するか、出版後の指摘に耐えるか、悩ましい。

 一般的な話でも、なまじ知ったばかりに得られたものもあるけれど、知らねば心安くいられた状態を失う場合も多いものだ、とこの金次郎像の写真を見ている。

 金次郎も寸暇を惜しんで、柴負い姿で本を読んでいるけれど、知識が増えるに比例して悩み事も多くなるだろう。心安く居るためには本は読まない、なんていうと当然怒られるよね。 

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サッポロビール博物館-札幌北九条郵便局

 現在サッポロビール博物館になっているこのレンガ造りの建物は、1890(明治23)年札幌精糖会社の工場として建てられてものである。その後、開拓使麦酒醸造場からサッポロビールビール株式会社への変遷の歴史の過程で、ビール造りの精麦工場となり、現在は日本唯一のビール博物館に変身している。館内には開拓使時代から現代のビール製造の歴史の展示があり、ビール製造に使われた大きな煮沸釜も見ることができる。建物の一部はサッポロビール園のレストランになっている。

精麦の 工場変身 博物館

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2009年03月16日

山本克之先生の訃報

 朝刊(3月16日)を開くと、又訃報が目についた。北大の現役の山本克之教授で、63歳とあったから、定年を目前にしてお亡くなりになった。

 山本先生とはず~と昔、南京での音響映像法の国際学会にご一緒し、その後武漢にある中国科学院武漢物理所を訪問している。当時は中国国内で飛行機の旅は珍しかった時代である。この時の訪問記も納めた『魚眼で覗いた 海外お国事情』(共同文化社)のページを見ている。

 武漢の黄鶴楼の前で山本先生、馮先生(筆者の研究室に留学してから武漢に戻り、コンピュータの会社の経営者になった)と一緒に写っている。時は流れるものである。山本先生のご冥福をお祈りします。

(追伸:上記の拙著、残部があるので、ご希望の方に差し上げます。)

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ファイターズ検定

 何々検定という検定ばやりである。この流行は遂に野球まで及んで、今年から北海道日本ハムファイターズの検定が始まるそうである。その検定の参考書まで作られていて、「ファイターズ検定」の本造りの関係者から1冊進呈してもらった。

 プロ野球にはあまり興味がなく、試合を見にゆくこともないのに、秘境探検で札幌ドームを見学していて、この検定参考書を作っている話が出てそれに合わせて、こんな問題もありか、と言った一問が採用されている。そこで、「Q ファイターズに関する知識が皆無でも作れる問題は?」という問題が作れそうである。

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2009年03月15日

白旗山スキー距離競技場-札幌清田南郵便局

 風景印の白旗山競技場に行ってみる。丁度第80回宮様スキー大会国際競技会のプログラムのうちの宮様スキーパレードの競技が行われるところを見学できた。全日本スキー連盟の伊藤義郎会長の挨拶と寛仁(ともひと)親王の挨拶とスタートの合図で、5km、10km、15kmの組に分かれて競技が開始された。好天に恵まれ、時間を競うというより、歩くスキーを楽しむといった雰囲気である。それでも、遅れてスタートした5km組みの上位の走者が、時間をあまりおかずに戻って来ていた。

白旗で 5キロ駆け抜く 小学生

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2009年03月14日

朝刊に ウクレレの笑顔 訃報なり

 朝刊を開くと今堀忠国さんのアロハルックでウクレレを持った写真が出ている。見出しを見ると「突然の訃報 惜しむ声」とある。少なからず驚いた。同氏はサッポロビール博物館の元館長で、ウクレレやトランペットを演奏する名物館長と呼ばれた方である。

 記事には亡くなってから一週間で、故人の遺志による家族葬で、新聞のおくやみ欄へ案内も出さなかったとあった。生前から自分の近親者のみの葬式の希望を家族に伝えていたのは、今堀さんらしい。当方も家族葬と意思を家族に伝えておこう。

 65歳であったので、当方より若い。退職直後同じ講演会にお互い講師で呼ばれていて、講演会終了後立ち話をしたのが、お顔をみた最後だったと思う。氏「これからどこかに飲みにゆきましょうか」、当方「いや、まっすぐ帰ります」、氏「今日の講演会は薄謝で飲み代に足りませんか」といった意味の会話をしたのがぼんやりした記憶で残っている。

 同氏は道新夕刊のコラム「プラネタリウム」の執筆者で、当方が同じく夕刊の「魚眼図」の執筆者であった関係もあり、現役の頃から袖振り合う程度の知り合いであった。

 同氏からは生前に「ビールとウクレレが仕事かよ」という非売品の本を頂いている。奥様の冷子さんが挿絵を描いている洒落た本である。この本を改めて手にとってみると、装丁がジョッキのビールとその泡になっているのに改めて気がつく。収められている文章も拾い読み程度であった。本日は朝から雨で、この本をじっくり読んでみようと思っている。

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五稜星のある札幌時計台-札幌中央郵便局

 札幌中央郵便局は中央区にはなくて東区にある。東区にあっても風景印は札幌のシンボルの時計台、テレビ塔、ライラックである。このうち時計台は1878年に札幌農学校二代目の教頭W.ホイラー博士の構想を基に農学校の演武場として建てられている。同校の初代の教頭はいわずと知れたW.S.クラーク博士である。この時計台には開拓使のマークの赤い五稜星がデザインされてある。札幌に残る開拓使縁の建築物にはこの五稜星が残されているが、その数は少なくなってしまった。

開拓の 縁の建屋 五稜星

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2009年03月13日

平和の滝

 平和の滝の風景印に関して投稿したけれど、札幌の秘境本のver2の位置付けのものを出版準備中で、平和の滝も取材対象に選んでいる。写真は平和の滝と星置の滝の校正刷り部分である。

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 滝に関しては、有明と滝野の滝巡りもテーマに取り上げている。精進川の滝も入れている。

 これから、取材場所の地図作成となるのだが、これは出版社の仕事に割り振っていて、さてどんなものが出来てくるのだろうか。ともかく、5月頃にこの本が日の目を見るようになれば、と思っている。

平和の滝-札幌平和一条郵便局

 西区西野で、琴似発寒川に沿って南西方向の山岳部方向に行くと、通称二股と呼ばれるところで道が二手に分かれる。右に行く道路は手稲右股道路となり、左側が手稲左股道路となり、左股道路は福井地区の新しい五天山公園につながる。右股道路が琴似発寒川を越えるところから平和地区に入り、道路の先に琴似発寒川の平和の滝がある。三段の落差が十mほどの滝で、風景印にも三段の滝で描かれている。この滝の近くに大平和寺があり、寺の横から手稲山への登山道が伸びている。

三段で 下る滝水 涼味増し

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2009年03月12日

東区のマスコットキャラクター・タッピー-札幌東郵便局

 東区では1992年に区民の応募でマスコットキャラクターが選定され、翌年名前もタッピーと決まった。東区の農産物のタマネギの精の想定で、名前の方は「タマネギ」と「ハッピー」を組み合わせている。風景印ではこのタッピーがビール造りに欠かせないホップを持っている。背景の建物はかつてのビール造りのための精麦工場で、現在はビール博物館の建物である。タッピーは東区では置物にもなっている。人形劇場のやまびこ座の建物の受付のところにもタッピーの人形があった。

幸福の タマネギの精 タッピー君

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2009年03月11日

吹雪き模様の三角山の日

 標高が311mあるので、数字合わせで3月11日が三角山の日になっている。この山の日に、三角山頂上から札幌の街並みを写真に収めようと考えていた。しかし、当日は吹雪模様である。それでも山行きは決行で、雪の山道を登って行く。前を歩いている人も入れて登山道の途中で写真を撮る。登山口から30分ほど歩くと頂上に着く。降る雪で頂上からの見通しはきかない。これといった写真の被写体もないので、標高の311.07mの文字も書かれた三角山の標識を撮ってから下山した。

先を行く 人影見えて 七の坂

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山頂は 山の日なれど 吹雪きなり

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百合が原公園-札幌北五十条郵便局

 札幌の北の条数は北五十一条で終わる。南は南三十九条が条数の最南端である。北五十条郵便局は条数では札幌市最北端の郵便局となる。この郵便局の近くに百合が原公園があって、風景印はユリの花と園内を走る観覧列車とその駅舎である。この公園は24haの広さで、1986年の「さっぽろ花と緑の博覧会」に合わせて整備されている。世界のユリの花を100種類ほど見ることができ、公園名となっている。園内を走る有料の遊覧列車にはリリートレインの名前がつけられている。

公園の 売りは百合なり 百合列車

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2009年03月10日

北海道新聞掲載の「爪句と豆本」論考記事

 北海道新聞(3月9日 夕刊)に「デジタル文芸としての「爪句」」の論考記事が掲載されましたので転載です。紙面を一回でスキャンすると文字が小さくなるので、縦に分割して取り込んでいますので、2枚の画像を上下に行ったり来たりして読まねばならない部分があります。

 これまで出版した爪句集豆本も写真で掲載されているので、本を売る立場では、よい宣伝になったと思って道新文化部(デスクN氏)に感謝です。

 身分(肩書き)は「都市秘境作家」としており、これも造語の職業名(?)です。都市秘境作家第1号だと悦に入っています。

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2009年03月09日

サッポロさとらんど-札幌伏古十一条郵便局

 一時はやったテーマパークとしてみると、この公園は都市と農業の共存をテーマにしている。東区の雁来(かりき)新川でモエレ沼公園と接して、74haの広大な敷地にモデル農場があり、風景印に描かれている牛舎やサイロもある。乳製品を作る工場もあり、ここで作られた製品や農産物を買い求めることができる。ここからはモエレ沼公園にある東区唯一の山であるモエレ山が見える。初夏には、園内のラベンダーの紫の絨毯が、芝生の緑をバックにして映える景観も楽しめる。

さとらんど 都市農業の 展示場

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利用客二位の手稲駅

 手稲駅は、札幌駅に次いで道内では二位の利用客数を誇る駅であるのはちょっと意外である。でも、新札幌とか琴似は地下鉄の駅もあるので、地下鉄が伸びていない手稲駅はJRを使うより他なく、考えてみるとこれは妥当な数字であろう。この数字の乗降客が利用するだけあって、広い構内を線路が延びている。手稲駅は手稲本町側の南口と前田側の北口があり、両乗降口をつなぐ愛称「あいくる」の自由通路がある。この通路には國松明日香作「雪だるまをつくる人」の彫刻がある。

雪の中 延びる鉄路の 先を追い

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雪だるま 作る人いて 手稲駅

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2009年03月08日

デジタル文芸としての「爪句」

 「デジタル文芸」なる言葉があるのかないのか、文芸評論家ではないのでわからりません。造語の域を出ない言葉かもしれません。この言葉を用いた標題の論評みたいなものを書き、明日、月曜日(9日)の北海道新聞夕刊に掲載と、担当デスク氏から連絡を受けています。

 主旨は「爪句」はデジタル文芸の一ジャンルであり、デジタル機器を駆使して文芸作品を作って、発表していく最近の「デジタル文芸」の一つの支流になり得る可能性について、少しばかり述べています。ブログについての引用もあります。

 ひとくくりに、文芸の世界と呼んでしまうと、この世界は保守的です。極論してしまうと、俳句・川柳は5・7・5の定型を保ち続けてきています。だから、俳句・川柳として文芸の大支流として残ってきているともいえます。ここで、芭蕉の有名な「不易流行」の考え方、変わらぬもの(不易)にはマンネリが同居するから、常に変わっていくもの(流行)を追い求める必要がある、と簡単に理解すると、俳句という型の不易に最近のデジタル処理による「流行」を加えてものが「爪句」なり、といった考察もできます。

 新聞にこんなあやふやな話はチト書けないし、また書くスペースもないので、紙面では「爪句」の説明と出版豆本紹介程度となっています。

2009年03月07日

三角山の風景印

 少しばかり趣向を凝らして三角山の風景印をgetしてきました。これは合成画像ではありません。この画像、現在進行中の事にうまい具合に利用できればよいとは思っているのですが・・・

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新川通の力士若勇碑-札幌北二十八条郵便局

 琴似川を挟んで、両岸に土手道のような新川通があった。JR学園都市線がこの道路と交差し、列車が通るたびに遮断機が降り、車がつながった。そのうち線路は高架になり、新川通りは整備され、片側三車線の幹線道路に変わった。新川通を都心部に向かって高架の下を通過したところに風景印の力士若勇碑がある。ただ、交通量の多い新川通を渡って、琴似川の岸の緑地帯に渡らねば碑の傍に行けないので、見逃してしまう碑である。新川桜並木も新しく植栽され大きくなってきている。

若勇 素人力士 名を残し

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2009年03月06日

張碓駅のあった秘境の浜の入り口-恵比須島

 銭函の駅の次は朝里駅となる。その中間にかつては張碓駅があったけれど、廃駅となってしまった。張碓駅は張碓海岸に海水浴に行く客が利用していた。駅が無くなれば駅のあった辺りの海岸は秘境の海岸となる。平坦な銭函の海岸から張碓の町に入ると、海岸は切り立つ崖の下になる。崖が海に取り残されたような恵比須島が見えてくる。島の周囲を利用して船揚場が設けられていて、漁師の家が並んでいる。列車が通るたびに信号機が鳴り、恵比須島が窓外に現れ、消えていく。

恵比須島 ここは張碓 秘境浜

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踏み切りの 警笛鳴りて 船揚場

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札幌秘境本校正

 札幌の都市秘境をテーマにした本(未だ書名が決まっていない)の校正作業の2校目の段階に入っていて、その作業に時間を使っています。
 2校目の段階でも手直しをしいところもあって、最小限のところでの手直しです。添付の地図の形も見えてこないので、「あとがき」も後回しです。
 既刊の「札幌秘境100選」にならった訳ではないのですが、この本も「秘境の茶室」から始めています。

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2009年03月05日

閉園中の植物園-札幌植物園前郵便局

 温室を除けば、植物園は11月の初めから翌年の4月の終わりまで閉園である。閉園の大部分の期間は、立木以外の植物は雪の下にあって、長い眠りに入っている。風景印を押してもらった時は丁度植物園の閉館期間中で、閉まった正門と管理棟を写真に収めただけである。毎年5月上旬のみどりの日は園内が無料で開放され、春のエフェメラルと呼ばれる花が園内に咲き乱れる。園内の池の水芭蕉も見ごろで、カメラを手にしたり、絵筆を握ったりした市民で園内は賑やかになる。

門閉ざし 草木も眠るか 植物園

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 風景印にある建物は管理棟と博物館の建物である。閉園中の植物園には入園できなかったので、以前植物園内の建物に五稜星のマークを探すテーマで取材したことがあり、出版予定の本で植物園の博物館について書いた部分の校正刷りを載せておく。

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雪の朝里駅

 朝里の海岸に接するようにある無人駅である。毎年12月に札幌、小樽間で観光用にSLのクリスマス号が走り、その写真を撮るために出向いている。この駅から乗車する客はほとんど居ないようで、この時は客が一人雪の降るホームに立っていて、雪の中電車を待っていた。小樽に向かうSLはこのホームを通過していくのでカメラを手に待機していると、警笛を鳴らしてSLが通り過ぎ、写真を撮ることができた。その写真は「小樽・石狩秘境100選」(2007)に載せてある。

海近き 人無き駅舎 雪降りて

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電車待つ 客一人居て 朝里駅

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2009年03月04日

物々しい自衛隊施設の門-札幌南二十七条郵便局

 門が描かれていて、右側の「陸上自衛隊札幌駐屯地」の表札はかろうじて読み取ることができる。左側のものは、全部は判読できない。郵便局の近くにある風景印に描かれた施設の門のところまで行って表札を確認する。「北部方面総監部」とあるけれど、どんな仕事をしている部署なのかは分からない。正門の写真を撮っていると、守衛室から女性の自衛官が現れて、職務質問のようなことになる。一瞬、自分はスパイではないことをどのように証明しようか、との考えが駆け巡った。

総監部 物々しきの 施設なり

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観覧車の見える小樽築港駅

 小樽築港駅者は複合商業施設ウィングベイ小樽と渡り廊下でつながっていて、造りは立派である。しかし、マイカル小樽が倒産してウィングベイになった経緯もあり、鉄道を利用して訪れる客数が低迷しているようである。商業施設の集客に一役買うはずの観覧車には人影が見えない。止まっているのかと、動く車窓からみると、ゆっくりとではあるけれど回転している。回転はしていても、築港駅の構内に停車していた雪かき用列車のように、出番がなくて待機しているのと同じである。

窓外は 動きの鈍き 観覧車

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待機する 雪かき列車と 観覧車

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2009年03月03日

狸小路-札幌南二条郵便局

 大都市のデパートは安売り量販店やコンビニ店を相手に苦戦を強いられている。地方都市でも郊外に立地する大型店に客を奪われて、駅前の商店街が寂れている。この状況で、市街地の商店街は工夫を凝らす必要に迫られている。札幌の狸小路商店街でも、雨や雪に妨げられないでショッピングを、とアーケードが設けられている。それが風景印に描かれている。客集めのイベントの「狸まつり」は、札幌の夏の風物詩にも定着していて、祭り時のアーケードには鳥居も吊り下げられる。

アーケード 鳥居下がりて 狸祭(たぬきさい)

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路面電車-札幌南十一条郵便局

 かつて札幌市民の足として活躍していた路面電車は、地下鉄が開通していくにつれて徐々に姿を消して行き、現在では西4丁目からすすきの停留所を長方形の一路線で結ぶ8.5kmが残されるだけになっている。混雑する市街地の道路を利用することを、自動車と路面電車が争っていて、路面電車の存続や拡張計画に際して、それぞれの立場での意見が戦わされている。路面電車の車体の色は緑色が主体なのだが、時々赤色のものや、車体に広告が描かれたものが走っているのを見かける。

モノクロの 都心街路に 色を添え

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2009年03月02日

紀伊国屋書店

 出版された爪句豆本「爪句@北大の四季」が書店に並んでいるのを確かめにゆきました。紀伊国屋書店の札幌本店の1F通路の展示机の上に爪句集が平積みで並んでいました。秘境本も一緒でした。爪句集のテーマから、北大生協の書籍部での販売数が伸びるのではないかと期待しているのですが、期待通りになるかどうかといったところです。

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虹の橋-北海道白石南郷北郵便局

 この橋は旧国鉄千歳線跡を利用して造られた自転車・人専用道路で、厚別川を跨いで架けられている。1981年(昭和56年)に完成し、橋名は公募で「虹の橋」になった。空に架かる虹の形の連想でこの名前が選ばれたのかと思っていると、橋の欄干の飾りが自転車の車輪をデザインしていて、それが七色に塗られているので、この名が採用されたのかもしれない。雪の季節、厚別川も入れた橋の写真を撮ると、モノクロの世界が広がっていて、虹色のかけらがあるかないかである。

この季節 色の消えたり 虹の橋

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2009年03月01日

ブログの紹介

 二月の終わりに出版した爪句集豆本「爪句@北大の四季」を紹介してくれているブログがあるので画面をコピーして使わせてもらう。

 ブログのタイトルは「81歳の日常生活 老いに向かって」で、コピーした画面のものには次の句も載っている。
 「さむ空に 立ち向かえない 昨日今日(きのうきょう)
 実感が出ている句である。

 お付き合いで当方の爪句
 「老いの身の ブログに綴る 5・7・5
 老いの身は、当然私も含まれている。

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銀世界の中の銀山駅

 かつて北海道には多くの炭鉱と金属鉱山があった。函館本線の小沢駅と然別駅の間にある銀山駅も、銀鉱石が採掘された歴史が駅名として残っている。銀鉱石が採掘されていた頃は、銀山の名前から連想されるように、鉱山を中心にしてそれなりに羽振りの良い地域だったのだろう予想する。駅の方は1905年(明治38年)に設置されているので、古い駅であるけれど、今は無人の駅舎があるだけで、乗降客も目につかない。銀世界の中に銀山の駅舎があって、雪の中を線路が延びている。

銀山と 羽振り良き名も 無人駅

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銀山は 鉄路囲みて 銀世界

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