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2013年12月31日

HPFhito35・道内温泉地99%で湯に浸かった林克弘氏

 林克弘氏のブログ上でのハンドルネーム(HN)は温泉マンである。本業の方は日研コンピュータ㈱の社長で建設業関係のコンサルティングを行っている。温泉マンを名乗るだけあって、北海道の温泉地(温泉宿ではない)は99%は制覇しているとのことである。
 仕事柄もあって、北海道の各地を車で回っていて、温泉地のみならず各地の見所、駅、店、地産品、イベントなどにも詳しい。特に出身地の妹背牛を中心にした空知地方は我が庭といった感じのようである。イベント仕掛け人でもあり、留萌本線の恵比島駅(明日萌駅)で2014年に鉄道イベントの提案を行うため林氏が沼田町に行く時、福本工業社長の福本義隆氏と一緒に同氏の車に乗せてもらう。
戦前に中国から連行され、沼田町に在った明治工業昭和鉱業所で働かされた故劉連仁氏は、同鉱業所を脱走し足掛け14年間北海道で生き延びている。その劉氏に福本氏が興味を抱き、沼田町で劉氏の痕跡でもないかを調べるのが沼田町行きの動機である。
 劉氏は最終的には石狩当別町で発見された。その生還記念碑があるので、それも見て行こうということになった。そこで林氏の出番で、めったに人の訪れることのないだろう記念碑の場所をネットで調べて、我々を連れて行ってくれた。
 記念碑の場所は地図では道道527号を宮本農園の付近で直角に折れ、東北方向に向かい、田淵農園の近くである。上記場所の説明通りには行かなかったけれど、田舎の田園の道を車で走って「劉連仁生還記念碑」の立て看板があるところに着く。
 記念碑は劉氏が冬季に篭った洞穴を思わせるような石で囲まれた空間に劉氏を象徴しているかのような球体が置かれている。制作者は彫刻家故丸山隆氏である。ここを訪れたのは11月の下旬で、辺りはもう冬景色である。
 小雨の中で林氏に立ってもらいパノラマ写真を撮る。林氏の立つ周辺は一方に山林、開けた方は雪で覆われた水田と鉄骨だけになったビニールハウスがある殺風景な景色である。生還碑があるということはこの付近の山に隠れていた劉氏が発見されたことなのだろう。パノラマ写真には同行の福本氏が熱心に碑文を読む姿が写っている。


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今日(12月31日)の一枚

窓外は 雪繭玉(まゆだま)の 大晦日

 昨日とは一変で、陽の差す天気となる。庭のヤマザクラの木の枝には雪の塊が貼りついている。正月に飾られる繭玉を大きくしたものが重なっているようにも見える。家の中の正月飾りは、窓際のクリスマス飾りに席を譲っている大晦日である。

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シリーズ999・パノラマ写真「ここはどこ」

 よくこれだけ散らかせるものだと感心します。さて、ここはどこ。


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シリーズ996・パノラマ写真「ここはどこ」

 肝心の動物は写っていませんが、ここはどこ。


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2013年12月30日

今日(12月30日)の一枚

雪手紙 雪かき勧め 人出なり 

 大雪の気配である。雪は天からの手紙で、運動不足解消には雪かきがよろしいのでは、と書かれている。この手紙は各家庭に届くみたいで、雪かきの人の姿がある。実際、一日に数回雪かきをしないと家の前が雪で埋もれてしまいそうである。

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HPFhito34・ホッキョクグマの双子を誕生させた円山動物園飼育員清水道晃氏

 円山動物園には中国からパンダを借りてくる話を持ち込んだことがある。政治的な動物であるパンダの実物が見られなくても、成都市にある「成都大熊猫(ジャイアントパンダ)繁育研究基地」からのライブ映像を円山動物園で見られるようにするのはどうか、という提案も行っている。
 このパンダプロジェクト実現のため、2005年頃、当時前記研究基地には設置されていなかったパンダ監視システムを、札幌のIT企業「ビー・ユー・ジー」社の協力も得て寄贈している。その見返りとして成都から札幌までのライブのパンダ映像伝送する覚書きを、研究基地の余建秋副主任と取交わしている。
 筆者が会長となり新しく立ち上げた「CSパンダの会」の副会長には余主任と、成都市で研究基地との間を取り持ってくれた日本語の堪能な会社経営者楊治敏さんになってもらった。楊さんは筆者の研究室に留学していた莫舸舸君の母親である。
パンダプロジェクトに関連して余主任を札幌まで招待したことがある。当然余主任と同道で円山動物園も見学している。円山動物園側の対応は記憶に残っていない。余主任を旭川の旭山動物園にも連れていっている。結果的には成都からのパンダのライブ映像が札幌に送られてくることはなかった。
 円山動物園はホッキョクグマの繁育研究基地の様相を帯びている。昨年(2012年)12月に母親ララが双子のポロロとマルルを出産し、二頭とも元気に育っている。この時キャンディというメスも出産したけれど、死産となった。このホッキョクグマの出産と飼育に携わっているのが飼育員の清水道晃氏である。
 清水氏は昨年ホッキョクグマ担当になる前は熱帯の動物エランドの担当であった。飼育員は担当する動物が固定しているのかと思うとそうでもなく、結構園内で担当する動物が変わっていく場合もある。清水氏は、今年は前記のキャンディが妊娠しているのかどうか、ホッキョクグマ館の近くのプレハブ内で、寝室内のキャンディのモニタ映像と睨めっこである。その様子は、かつて成都市で日本からの寄贈の監視カメラでパンダのライブ映像を職員が見ていた光景と二重写しになる。
 清水氏のパノラマ写真取材を行った12月下旬の時点で、キャンディが妊娠しているのかどうかは判断できない状況にある。キャンディは繁殖のため豊橋総合動植物公園から借りてきているので、今年の妊娠・出産を清水氏は祈るような気持ちで待っている。
 ホッキョクグマの出産のため、静かな環境を保つ目的で熊館の近くは見学中止である。動物園は、園内で人を集めるホッキョクグマの親子を見せることと、新しい出産の可能性につなげるための見学中止の板ばさみになっている。
 清水氏にホッキョクグマの看板のところに立ってもらいパノラマ写真撮影となる。広い園内に客はまばらであったけれど、天気次第では年末年始には来園者が増えるのだろう。



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シリーズ998・パノラマ写真「ここはどこ」

 展示内容があまり変わっていません。この建物もそのうち無くなるらしく、施設はどこに行くのでしょうか。さて、ここはどこ。


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2013年12月29日

今日(12月29日)の一枚

人口の 増えた居間から シメを撮り

 昨日から我が家の人口は3倍増である。今朝は天気が治まって庭の立木には野鳥が往来して、こちらも混み合っている。ヤマガラ、シジュウカラ、シメなどが目につく。シメはカラ類と比べると少し体が大きく、赤みを帯びた嘴に特徴がある。

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HPFhito33・来園者増に心を砕く円山動物園長見上雄一氏

 公共施設は設置目的があり、いくつかの目的の軽重は施設を運営する主体の性格で随分とイメージが変わってくる。札幌市内にある動物園と植物園を比べてみる。動物園は札幌市が管理・運営していて、市民が遊びに行く場所というイメージが強い。一方、植物園は北大に所属する研究施設であり、何か植物に関する研究が行われていると漠然と思われていて、事実そうである。
 動物園でも種の保存のために人工授精や飼育の研究の側面はある。しかし、国内初の何かの動物の人工飼育に成功したことがニュースになっても、それが論文で発表されることはないようである。動物園で働く飼育員は論文を書いて成果とする研究者からは遠い。動物園の経営という点からは、国内初の人工飼育がニュース報道され、来園者が増えることが主な関心事だろう。
 市の施設で動物園や青少年科学館は採算のとれない施設であることは傍目にもわかる。これは施設の目的が、教育やレクリエーションにあるので、そのために市の予算が投入されるので採算は二の次というところがある。そうは言っても、余りにも赤字が拡大する施設を維持するのは難しい。札幌市の職員から、何年か毎に送り込まれる円山動物園の園長は、この点に最優先の問題意識を持っているはずである。
 昨年(2012年)新しく就任した円山動物園長の見上雄一氏にとっては、来園者を増やし、動物園運営の経費の赤字が増えないようにするための方策を考え、実現することが最大の目標だろう。アジアゾーンの施設が新しく設けられたので、これを来園者増加の起爆剤にしたいところである。前部署が交通局で事務方であれば、利用客増への努力は習い性になっているのではなかろうか、と推測する。
 1984年に小樽商大の商学部商学科を卒業して札幌市役所に勤め、色々な部署の仕事をしてから動物園長となったので、来園者へのサービスにアイディアを出し、体当たり的に園長自ら実行することで園長職を果たそうとしている。しかし、動物の研究者でも動物園を経営してきた経験も長くはないので、多分アイディアは試行錯誤的なものなのであろう。
 パノラマ写真撮影を申し込んだら気軽に応じてくれて、園長室や園内で短時間の撮影である。歩きながらの取材で、園内でカラスに手に持った物を取られた客がいて、直ぐに寄っていって何か話していた。来園者への気配りを大切にしている様子が見て取れた。


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シリーズ994・パノラマ写真「ここはどこ」

 ステンドグラスが豪華な雰囲気を出しています。さて、ここはどこ。


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2013年12月28日

今日(12月28日)の一枚

民宿に 変わる日の朝 墨絵なり

 年末、自宅は民宿に早変わりである。低気圧が本道を通過中のようで、悪天候となる。民宿の番頭役になって、宿の前の狭い駐車スペースの雪かきをする。視界が悪く、写真を撮っても灰色の景色が写り、輪郭がぼやけた墨絵の世界が広がる。

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HPFhito32・建築中の新社屋前の莫舸舸君と鄒宏菁さん

 莫舸舸君は筆者の研究室で研究生活を続け、博士号を取得後本州の企業で修行して成都市に戻った。博士論文の研究は道路標識の認識に関するもので、昨今の自動車の自動走行にも関連する画像認識技術である。
 故郷の四川省成都市には、父親の莫景猷氏の経営する無線システムを製造する会社の「成都華日通訊技術有限公司」があり、そこでソフトウェアの別会社「有限会社華日東升公司」を経営した。取引先は日本で、莫君が日本語が出来る強みを生かして仕事を日本から受注していた。莫君の母親の楊治敏さんは慶応大学に留学した経験があり、成都市で企業を経営している。莫君の家族は企業家一家である。
 莫君が成都市で会社を経営するようになってから、成都市を訪れパンダの仔を抱いたことがきっかけで、筆者は「CSパンダの会」を立ち上げた。CSとは成都(Chengdu)と札幌(Sapporo)を意味している。ゆくゆくは成都市の「成都大熊猫(ジャイアントパンダ)繁育研究基地」からのライブ映像を札幌まで伝送できるようにと目論んだ。莫君の助けも借りて、成都のパンダ研究基地に監視カメラの寄贈なども行ったことがある。このプロジェクトはパンダ研究基地で生まれた仔パンダに「曄友(イエヨウ)」という名前をつけたぐらいの成果しか出せなかった。
 莫君の奥さん鄒宏菁さんも日本への留学経験があり、山梨大学から北大の大学院に進学している。莫君とは山梨大学で知り合ったと聞いている。鄒さんは北大の文系の博士課程に進学して、莫君が博士号取得後鄒さんは博士課程を退学して莫君と結婚して成都で一緒に会社の仕事を行っている。日本語の堪能な鄒さんには「爪句@思い出の都市秘境」(共同文化社、2010)に2句投稿してもらっている。
 今年(2013年)数年振りに成都市で会った莫君は父親の会社も引き継いで大きな会社の社長になっていた。主な取引先は中国国内で、日本とのビジネスでの関係は無くなっているようである。新社屋も建築中で11階建ての自社ビルは2014年の夏には完成予定で、このビルに社員数400人程度の華日通訊集団を入居させる計画と聞いている。
 北大博士課程在学中は家に引き篭もりがちの莫君が、若くして大きな企業を引っ張っていく会社経営者になるとは、時の流れを感じさせる。今度成都市を訪問する機会が得られれば、新社屋で仕事をしているところを見せてもらえるのだろうと、楽しみが残った。


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(建築中の自社ビル前での莫君(右)と鄒さん)

シリーズ988・パノラマ写真「ここはどこ」

 開拓史麦酒醸造縁の場所です。さて、ここはどこ。


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2013年12月27日

今日(12月27日)の一枚

ナナカマド 仕事納め日 撮りてみる 

 現役時代には仕事納めの日があって、年末年始の休みに入る実感があった。今は毎日が日曜日で、仕事納め日の感触を忘れている。宛先不明で戻って来た年賀状の住所を調べ直し書き直したものを、ポストに投函に行く途中で今日の1枚を撮る。

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HPFhito31・新会社「ウチダシステムズ」道支社長の山下司氏

 山下司氏は「ウチダシステムソリューション」の社長であった。今年(2013年)同社は分割され、環境システム事業部が内田洋行関連会社3社と統合し「ウチダシステムズ」となり、山下氏は新会社の北海道支社長となった。
 内田洋行の関連会社で構成するウチダグループは札幌でユビキタス協創広場U-calaを運営しており、ウチダグループの活動や製品紹介のみならず産学連携の場としても活用されている。無料ということもあり、大学の研究者が主催するイベントにも利用されている。筆者が主宰する月1回の勉強会「eシルクロード大学(eSRU)」も毎回ここが教室となる。この会場を紹介してくれたのが前記の山下氏である。
 勉強会eSRUは2006年に始まっている。第1回目は札幌コンベンションセンターで筆者が講師となって行われた。その後は地下鉄東札幌駅に近い札幌市産業センター内のセミナールームを会場にして、主にITの関連分野のキーパーソンが講師になり行われた。しかし、無料で使用させてもらっていたこのセミナールームが、同センターの指定管理者が変更されたことにより有料となり、別の場所を探さねばならなくなった。
 この時期、山下氏は北海道IT推進協会副会長を務めていて、同協会の新年会で教室探しの話が出て、当時内田洋行北海道支店にあったU-calaを利用させてもらうことになった。その後、この支店のビルの老朽化のため、支店は今年(2013年)サッポロファクトリー1条館に移転し、U-calaも新しくなった。
 eSRUの講義日に山下氏が顔を出したので教室の横のスペースでパノラマ写真撮影である。仕切りの向こう側がウチダグループのオフィスになっている。内田氏は勉強会に出席する意向を示してくれているが、忙しいらしくて実現されてはいない。毎回の世話役は内田洋行の渡辺裕司氏に行ってもらい、パノラマ写真に渡辺氏の後姿が写っている。


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シリーズ997・パノラマ写真「ここはどこ」

 園長のM氏に立ってもらいました。さて、ここはどこ。


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2013年12月26日

今日(12月26日)の一枚

武士道の シャツの棚下 爪句集

 用事を作って北大まで行く。総合博物館の売店に寄って自著の爪句集その他のパノラマ写真を撮る。「武士道」のロゴ入りTシャツが並べられている。新渡戸稲造の英語の原著から日本語訳になったのを昔読んだけれど内容はうろ覚えである。(パノラマ写真)


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シリーズ995・パノラマ写真「ここはどこ」

 肖像写真の人物がわかればこの建物に結びつきます。さて、ここはどこ。


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シリーズ990・パノラマ写真「ここはどこ」

 今年(2013年)新しくオープンしたギャラリーです。さて、ここはどこ。


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2013年12月25日

円山動物園内の見上園長



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今日(12月25日)の一枚

年の瀬は モニタ見つめて 熊仔待ち

 円山動物園に「パノラマ風土記-人物編」の取材に行く。園長の見上雄一氏と飼育員の清水道晃氏のパノラマ写真を撮る。清水氏は北極熊担当で、熊が妊娠してお産をするかしないかをプレハブ内のモニタで観察中で、暮正月もないようである。(パノラマ写真)


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HPFhito30・学芸員の資格を持つ中国画廊館長國岡睦史氏

 大通西21丁目に中国画廊の看板の出ている3階建ての建物がある。昔中国総領事館が札幌に開設された時、建物のオーナーが申し出て、中国総領事館がここに間借りしたことを知る人はほとんど居ないのではなかろうか。
 建物のオーナーは東京宅地㈱の國岡氏で、会長の茂夫氏と息子の睦史氏がこの会社を経営している。札幌にあるのに何で会社名に「東京宅地」がついているのか、聞いたような気もするけれどすっかり忘れている。総領事館が建物を建て移った後に「中国画廊」が開設された。
 画廊は中国人アーティストの作品を展示し、販売も行っている。これからの中国人アーティストを世に出すお手伝い、という性格の画廊である。講座「身近な都市秘境を歩いてみよう」の講座でも受講生と共に訪れたことがある。館長の國岡睦史氏が対応してくれた。文字通り都市の秘境の画廊という感じがする。
 この画廊には別件でお世話になったことがある。筆者は中国長春市でスケッチ展を開催したことがあり、共催した中国人画家馮長収氏が来札するのに力を貸した。大作の中国絵を運んできた馮氏と今度は札幌で二人展を行ったのだが、販売を目的とした馮氏の絵は売れなかった。そこで帰国するのに際して、大きな絵を1枚中国総領事館に寄贈することになり、その仲介を國岡睦史氏にお願いした。絵は無事総領事館に収まったけれど、その絵のその後の顛末については知らない。
 國岡睦史氏に画廊の絵をバックにして立ってもらいパノラマ写真を撮る。聞いてみると氏は玉川大学の通信教育で博物館学芸員の資格を取得されている。私設の小さな博物館や美術館で学芸員が居るのは珍しい。
 今年(2013年)に88歳になられる茂夫氏は、「日中佛教文化交流中心」に関係しておられ、任意団体の平等院大慈寺を組織して写経活動を行っている。寺の名前はあっても宗教法人ではなく、出家僧も居ない。在家の有志がやっている擬似寺である。宗教法人になって生活(経営か)が安定すると宗教は堕落する、という氏の言葉が耳に残った。


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(画廊に立つ國岡睦史氏)

シリーズ992・パノラマ写真「ここはどこ」

 質素な聖堂です。さて、ここはどこ(の教会)。


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2013年12月24日

今日(12月24日・番外)の一枚

自動車に 飛ぶ気配なく 木彫り鳥

 昨日雪降りの中で撮った木彫りのフクロウを、青空の下でパノラマ写真で撮ってみる。当然ながらパノラマ写真ではフクロウがどんな状況下にあるかわかる。しかし、普通の写真で、写っていない部分がどうなっているか想像する余地は消える。


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今日(12月24日)の一枚

クリスマス 余波の及んで 歯科医院

 歯のケアのため、月1回M歯科医院に行く。院内のコーナーにクリスマスの飾り付けがあり目につく。今日はクリスマスイブで、歯科医院にもその余波が及んでいる。市内の教会の本場のところではミサやクリスマスのイベントで賑うのだろう。

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HPFhito29・海が好きだったシステム・ケイ社長鳴海鼓大氏

 IT企業の社長という点では、鳴海鼓大(たかひろ)氏の経歴は少し変わっている。富山商船高等専門学校航海学科卒業後20~21歳に船に乗って国内、海外を巡る船上生活を送っている。海が好きだったようで、後年設立した会社の社屋の壁や応接室の壁に人魚や魚の絵が描かれている。
 航海生活から陸に上がって電力会社やソフトウェア会社に勤務する。会社勤めに満足せず、コンピュータ専門学校に通い、1991年にシステム・ケイを設立している。会社名にある「ケイ」は「K点」の意味である。スキージャンプ競技でK点を超えることが競技者の目標で、IT企業でもこの業界で評価を受けるK点超えを目指す、という意気込みが社名に表れている。
 かつてeシルクロード親善大使をお願いしていて、時たま勉強会で講義してもらうことがあった。講義で、ビジネス展開での自分の強みは、言葉が通じない外国人の誰とでも友達になれる点だ、との話が記憶に残っている。中国、台湾その他の海外でパートナーを得てビジネスを展開してきている。
 本業とは関係のなさそうな事にも手を出している。一時、液体の燻製というのをやっていたことがある。飲み物や液体調味料を燻製処理すると旨みが増す。そのための燻製装置を開発して、大学に燻製液体を持ち込んでテストしてもらう、といった話を記憶に留めている。
 現在のメインの事業はインターネットカメラである。動画配信や監視を小型のカメラとインターネットを利用して行うシステム開発やサービスを行っている。ロボット型ヘリにも着目していて、インターネットカメラと組み合わせると、上空からの動画を取り込んで各種のビジネスに生かすことができる。
 会社の応接室(社長室兼用か)でパノラマ写真撮影である。各種の表彰状と一緒になって、オードリー・ヘップバーンの写真が目に付き、鳴海氏は彼女のファンのようである。入口近くの壁に貼ってあるeシルクロード親善大使の顔写真入りのパンフレットは、制作したことがあるのですぐにわかった。Biz-Caféのカレンダーもあり、この組織の資金作りに協力している。
 北海道新聞夕刊(2013年12月7日)に鳴海氏の提言が掲載されていたのが目に留まる。ホワイトハッカーを札幌に結集して、「サイバー攻撃と戦う街に」しようとのアイディアは、実現性はともかく、面白いものであった。新聞の紙面と鳴海氏のパノラマ写真を重ねてみる。


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(新聞の提言記事とシステム・ケイ社応接室での鳴海鼓大氏)

2013年12月23日

今日(12月23日)の一枚

雪の中 何を狙うか ギョロ目鳥

 朝かなりの雪が降る。雪かきで最低限の運動はしたつもりであるけれど、追加の運動でカメラを持って近くを歩いてくる。フクロウの木彫りを飾る家がありその頭に雪が積もっている。フクロウの円い目が降雪中に獲物を狙っているようである。

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HPFhito28・円山動物園のカリスマ飼育員本田直也氏

 NHKの番組「つながる@北カフェ」のコーナー番組「札幌ハコモノ探検」のコメンテータを務めていたことがあった。番組の何回か目に札幌円山動物園が探検先となり、「は虫類・両生類館」を取材した。この時取材に応じてくれたのが飼育員の本田直也氏である。
 本田氏の受け持ちは爬虫類・両生類と猛禽類のフリーフライトである。特に爬虫類ではヨウスコウワニの繁殖に国内で初めて成功しており、動物園の発展に寄与した人に与えられる「高崎賞」を受賞している。ヤドクガエルのような珍しいカエルの繁殖なども手がけており、カリスマ飼育員とも呼ばれ、円山動物園の“人類”の顔である。
 一般的に爬虫類の好きな人は数が少なく、大方の人にとって蛇などは触れたくない存在である。しかし、本田氏は爬虫類が子供の頃から好きだったという。爬虫類館の中央にバックヤードがあって、来館者が外からこのバックヤードを覗き込める設計になっている。このバックヤードで毎日餌を作るのが本田氏の仕事であるけれど、そこで平気で蛇に触れている。
 動物園の秘境はこのバックヤードにある。蛇とかカエル、その他の生き物には生餌を与える必要がある。バックヤードの地下の階には餌さ用の大量のラットやコオロギが飼われている。動物園は小動物や虫の命で維持されている側面があり、ただ動物を眺めている時には気がつかない。それにしても、生餌の管理にも年中気を配らねばならない飼育員は、好きでなければ出来ない仕事であると思った。
 鷹匠の本田氏が鷹を飛ばせるところを見たかったのだが、冬場に北極熊のお産のため園内の環境を静かにせねばならず、鷹を飛ばす場所の除雪をブルトーザーで行うことができず中止しているとのことである。一度鷹匠の腕前を見てみたかった。


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(は虫類・両生類館バックヤードで仕事中の本田直也氏)

シリーズ989・パノラマ写真「ここはどこ」

 クリスマスです。さて、ここはどこ(の教会)。


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2013年12月22日

シリーズ983・パノラマ写真「ここはどこ」

この場所に 終の居所 見つけたり

 北大構内から移転・復元された学生寮で玄関のところに「恵迪寮」の看板が掲げられている。北大構内の原生林の中にあった時は南・中・北・新の4棟と玄関棟、厨房・風呂場等があり、この場所に移築されたのは玄関、新寮、南寮の一部である。


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今日(12月22日)の一枚

赤実見て 軽く雪かき 冬至朝

 冬至の朝は雪降りである。軽い雪かきのついでに家の傍のナナカマドの実を撮ってみる。これからが積雪本番を迎えることになり、雪かきも今朝のような軽い作業で済まなくなる。しかし、今日からは昼間の時間が少しずつ延びて春につながる。

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シリーズ985・パノラマ写真「ここはどこ」

 建屋の壁に海中と人魚の絵が描かれています。さて、ここはどこ。


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2013年12月21日

今日(12月21日)の一枚

飛び来る カード飾りて クリスマス

 現役の研究者として大学で働いていた頃、クリスマスが近づくと海外の研究者からクリスマスカードが届いたものである。退職後かなりの年数となるとそれもなくなり、1,2通のみが届く。届いたクリスマスカードを窓際に置いて写真を撮る。

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HPFhito27・高品質印刷への特化を目指すアイワード社長木野口功氏

 アイワードは印刷会社で、各種印刷を手がけていて、当然本作りも行っている。本作りといっても多様な作業があり、データの入力から編集・校正、印刷・製本を行って本が出来上がる。印刷・製本に着目すると、大型の印刷機や製本機を揃えて仕事をしてゆくので、装置産業ともいえる。しかし、データ入力やデザインは人手に頼るので、労働集約産業でもある。
 いずれにせよ、今や印刷業ではコンピュータ利用が不可欠である。しかし、以前の印刷業は、印刷機を相手に職人の技で仕事をしていた。印刷業のコンピュータ化はパソコンが広く普及してきてからである。そのパソコンの前段階のマイコンと呼ばれた技術が急速に広まり出した頃、会社名を「共同印刷」と名乗っていた同社に、筆者の手作りマイコン装置を持ち込んで社員に講義したことがある。
 今や印刷業はデータ入力と処理が仕事の根幹にあり、狭義の意味の印刷は最終工程のものでしかない。豆本「爪句集シリーズ」の印刷を頼んでいることもあって、時々顔を出す同社で木野口功社長にパノラマ写真撮影を申し込んだ。永山記念公園の近くに同社の社屋のビルがあり、ビルの地階にあるデータ入力作業室での写真撮影となる。木野口社長の周囲では、お揃いの制服姿で、全員パソコンを前にして、受け持ちの原稿の入力と手直し作業を行っている。
 ここで仕上がった原稿は石狩市にある同社の大きな印刷工場に送られ、印刷物となる。同工場にはドイツのハイデルベルグ社から導入した高速、高品質のカラー印刷機があり、これで印刷される原稿も多い。この高価な印刷機械導入は、競争の激しい印刷業界にあって、高品質印刷に特化して企業の生き残りを謀るための木野口社長の経営戦略の要である。
 北海道新聞社刊の「トップの決断 北の経営者たち」(2012年)に北海道を代表する経営者の一人として取り上げられ、優れた経営者としての評価も定まってきている木野口氏である。そして、次に控える課題は後継者へのバトンタッチであろう。技術革新の激しいこの業界にあって、次代を担う経営者を育てるのは、当初業績が芳しくなかった同社に外部から入って、現在の会社までした木野口氏が経験した事とは別の難しさがあるように思える。



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2013年12月20日

今日(12月20日)の一枚

実の生りて 朽ちるに歯止め ナナカマド

 穏やかで暖かな日である。家の近くを歩いて惹きつけられものの写真を撮る。幹が朽ちたナナカマドにかろうじて枝が残り赤い実をたわわにつけている。倒壊してしまいそうな幹と元気な枝の対比が印象的で、この状態はいつまで持つだろうか。

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HPFhito26・札幌勤務1年を迎えた日銀札幌支店長曽我野秀彦氏

 銀行内では原則カメラはご法度である。北海道銀行のカウンターの奥の方に北海道を代表する作家の共同制作によるレリーフがあるけれど、これをカメラに収めるのは条件付きの許可を取る必要がある。許可を得てこのレリーフのパノラマ写真を撮ったことがあるけれど、多分このレリーフのパノラマ写真撮影を敢行したのは、自称パノラマ写真家としての筆者しかいないのではなかろうか、と思っている。
 日本銀行は都市銀行よりさらに厳しい感じを受ける。ホテルの朝食会で知り合った日本銀行札幌支店長の曽我野秀彦氏に、支店内での氏のパノラマ写真撮影を申し込んだら、意外に簡単に承諾してくれる。最初は銀行内の様子が伝わってくるような場所を考えていただいたようだけれど、やはりそれは無理で、一般市民が出入り出来る展示室での撮影となる。
 この部屋は、以前道新文化センターの講座「身近な都市秘境を歩いてみよう」の受講者を連れて訪れたことがあるので、知っている場所である。展示物の内容は以前のものとほとんど変わっていない。この部屋で曽我野氏に立ってもらい撮影である。1万円札を大きくして、福沢諭吉の顔の部分に自分を顔を出して記念撮影を行う看板に、曽我野氏も顔を出してサービスに応じてくれる。
 写真撮影後の短時間の雑談で、曽我野氏は札幌支店長就任から1年経過したのを知る。北海道新聞の「けいざい寒風・温風」のコラムの執筆者で、つい先ごろの回では全国的にみて北海道の経済は好調と書いておられた。今回の景気回復のキーワードは「建設」、「消費」、「観光」で、北海道は三拍子そろった地方になるそうである。
 しかし、喜んでばかりもいられない。現在銀行は収益につながる投資先が少なく、余った資金で国債を買っている状況で、銀行は預金されても困るのではないかとの質問に、近い将来地方の銀行は預金集めに苦労する時代を迎える話をされた。遺産相続をする子供たちが大都会に住むようになり、高齢者の資産(お金)が大都会に移ってしまう。少子化は地方で顕著で、その点からも貯金に回るお金は見込めない。
 人気テレビ番組「半沢直樹」はどこまでリアリティがあるのか、といった筆者の質問に関する話もあったけれど、空き時間を利用しての撮影で、ほんの立ち話(座ってはいたけれど)程度であった。曽我野氏は来年(2014年)4月からは北大でも講義を持たれるとのことで、北大生に面白い話をされるのだろうと思った。


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シリーズ980・パノラマ写真「ここはどこ」

 ガラスケースの向こう側に不気味なフィギュアが置かれています。さて、ここはどこ。


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2013年12月19日

eシルクロード大学第8期第9講目で話中の北大情報科学研究科山本強教授

 eシルクロード大学第8期第9講目で話中の北大情報科学研究科山本強教授です。「タイ王国と私ー微笑の国との30年」と題した講義内容はeシルクロード大学ブログにあります。


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今日(12月19日・番外)の一枚

壁映写 サンタ驚く 新技術 

 勉強会「eシルクロード大学」でサッポロファクトリーの教室に行く。サンタクロースの大きな人形が煙突に飾り付けられた煙突広場で、丁度プロジェクションマッピングの上映が行われていたのでパノラマ写真撮影となる。なかなか面白い。(パノラマ写真)



今日(12月19日)の一枚

足音に 姿現す 餌付けリス 

 天気が良く円山動物園に動物ではなく人を撮りに行く。動物園につながる木製の桟道を歩いているとリスが現れる。餌付けがされているようで、人の足音がするとどこからともなく現れる。足元まで寄って来て、餌が無いと知ると逃げてしまう。

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HPFhito25・元北大留学生の西南交通大学准教授侯進さん

 筆者の研究室で博士号を取得した中国人留学生は20名近くになる。そのうち今でも連絡があるかつての学生は数名である。その数少ない元中国人留学生の一人に侯進さんがいる。現在は四川省成都市にある西南交通大学の准教授になっている。
 小柄な女性の侯さんは頑張り屋である。語学の才能もある。日本に留学して日本語が達者なのに、母校に戻ってからは英語で論文を書く方法とか発表する方法についてのテキストを作成して講義している。そのテキストを見せてもらって、意外なテーマを講義しているものだと驚いたことがある。
 侯さんの北大での博士論文研究は、インターネット空間で動き回り、コミュニケーションを行うアバタに関するものである。異なる国のアバタ同士がサイバー空間で遭遇したら、どのように相手の国籍を認識し、どんな言語で交信するか、等が研究テーマであった。アバタ(化身)が話す言語としての化身話(Avater Language)の筆者のコンセプトに添った研究成果を出しくれ、博士号を取得した。現在の侯さんの研究室でもその流れの研究がメインとなっている。
 侯さんは双子の母親でもある。大きくなった息子達を連れて札幌を再訪したこともある。侯さんは筆者を西南交通大学に招待してくれ、その渡航費、滞在費を研究費から出してくれている。昔の中国では考えられないことで、中国も金持ちになったものだと実感する。
 侯さんから西南交通大学での講演を頼まれ、2013年の10月の終わりから11月初めにかけて久しぶりの成都訪問である。大学のキャンパス内にある大学経営のホテルに投宿する。以前にも泊まったことがあるので勝手はわかっている。
 侯進さんの指導する学生を中心に、集まった聴衆を前に講演会となる。この大勢の学生を一人で指導しているというから、日本の研究室では考えられない。講演はパノラマ写真に関するもので、壁に映し出されたスライドは高橋はるみ北海道知事のパノラマ写真である。パノラマ写真撮影の実演を行い、撮った講演会の様子である。
 侯さんの横には一緒に講演を行ったオーストラリアに帰化した中国人の南クイーンズランド大学のJianming Yong(雍)先生が居る。ずーと以前、侯先生が発表を行ったハワイの学会でYong先生にお会いしていて、先方が筆者を覚えているとの話をされていたが、こちらはすっかり忘れていた。
 日本から同道のメディア・マジック社の里見英樹社長、北大情報科学研究科の青木直史助教の顔も見え、それぞれ講演を行った。大連で働いている里見氏のご子息の翼君の顔もパノラマ写真に写っている。


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シリーズ987・パノラマ写真「ここはどこ」

 この部屋の主はオードリー・ヘップバーンが好きらしい。さて、ここはどこ。


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2013年12月18日

今日(12月18日)の一枚

賀状旅 出発口を 選びたり

 年賀状を出しに近くの郵便局まで歩いて行く。年末年始の期間中、ポストの投函口は「年賀郵便」と「一般の郵便」の表示で分けられる。投函する年賀状の束をポストの上に乗せて、パノラマ写真を撮ってみる。代わり映えのしない風景である。(パノラマ写真)


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シリーズ986・パノラマ写真「ここはどこ」

 場所が看板にあるのでここはどこかは一目瞭然です。看板の福沢諭吉翁になっているのは誰、の方を設問に出したいところです。


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シリーズ982・パノラマ写真「ここはどこ」

 パノラマ写真を回転していくと場所がわかります。さて、ここはどこ。


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2013年12月17日

今日(12月17日)の一枚

実は生(な)れど 食えぬ豆なり マメ科木

 豆の鞘のようなものが枝からぶら下がっている。藤の実で、マメ科の特徴のある蝶花が咲いた後に豆が生る。インターネットで調べると、藤の豆は毒が有り食用には適さないとある。藤の豆の向こうに見えるナナカマドの実も食用にならない。

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シリーズ981・パノラマ写真「ここはどこ」

 重厚な建物です。さて、ここはどこ。


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HPFhito24・バンコクで息抜きをするメディア・マジック社長里見英樹氏

 メディア・マジック社はエヴァンゲリオンのキャラクターのライセンスを受けて、ケータイに利用するサービスで知られた会社である。最近はエヴァンゲリオン展を札幌で行って人気を博している。同社の里見英樹社長には「eシルクロード親善大使」をお願いしていることもあって、勉強会「eシルクロード大学」で何回か講義していただいた。
その講義で知ることになったのだが、氏はアマチュア無線が趣味で、アマチュア無線で培った知識を、本職のパソコンのソフト作りに応用した頃があった。ここまでなら技術系ではあり得る話である。しかし、聞くことが稀の話として、氏にはマダガスカルでアマチュア無線を広めた最初の外国人の経歴がある。
 マダガスカルは、ここでしか見られない珍しい動物を観察できる自然の残る国である。写真も趣味の里見氏は、これらの動物の写真を撮りにマダガスカルに渡航した。ちなみに氏の写真の趣味は、筆者の著作「札幌の秘境100選」(マップショップ、2006)に採用した旭山公園から撮影した札幌の夜景や、豊平川の「おいらん渕」の魚眼レンズを使った写真に結実している。
 マダガスカルに通うことが増え、マダガスカル通となった里見氏から同国を旅行するお誘いを受ける。バオバブの大樹のパノラマ写真が撮れる良いチャンスと、マダガスカル行きを決め航空券も入手した。出発直前に里見氏からの電話で、日本への戻りの飛行機がキャンセルになった事を告げられる。バンコク経由でマダガスカルの首都アンタナナリボ行きの予定であったので、急遽バンコクまで行きタイ見物に切り替える。
 里見氏の会社の社員旅行にはバンコクが選ばれたこともあるほど、氏はバンコクにも詳しい。バンコクの観光名所を一緒に見て歩き、パノラマ撮影三昧となる。暁の寺の「ワット・アルン」の高い仏塔の上からのパノラマ撮影には肝を冷やした。「ワット・ポー」の金無垢の巨大涅槃物を観光客に遮られながらのパノラマ撮影も行った。タイ王室の寺の「ワット・プラケオ」のパノラマ写真には、里見氏とマダガスカルに行き損ねた娘さんが並んで写っている。
 里見氏はバンコクでお隣の国カンボジアのアンコール・ワット旅行の手配を済ませる。タブレットを片手に、旅行先で次の旅行スケジュールを立ててゆく氏を見ていると、旅行代理店もやってゆけるのではないかと思われた。初めてのアンコール・ワットでも多くの遺跡のパノラマ写真を撮ることが出来、マダガスカルは遥か彼方であったけれど、収穫の多い旅行であった。
 2ヶ月後には、里見氏と今度は中国四川省成都市を旅行することになる。この時は氏の息子さんが勤め先の大連市から成都市までやって来ている。


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(ワット・プラケオで娘さんと一緒の里見英樹氏)

2013年12月16日

今日(12月16日)の一枚

朝焼けに 影絵が見せる 都市の顔

 朝焼けの最高の見ごろは1,2分で終わる。朝焼けを窓の外に見て、この1,2分を逃すまいと外に出る。東の空を写真に撮ろうとすると、都市の人工物が視界に入ってくる。朝焼けがバックなら、これらの影絵も絵になるかとシャッターを押す。

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シリーズ979・パノラマ写真「ここはどこ」

 夜になると昼間の景観から随分変わります。さて、ここはどこ。


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シリーズ978・パノラマ写真「ここはどこ」

 札幌のアンテナショップの役割を担っています。さて、ここはどこ。


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2013年12月15日

HPFhito23・「守・破・離」を説く北大情報科学研究科教授山本強先生

 TEDxSapporoという、2013年に札幌で行われた日本語版TEDのプレゼンテーション・ショウで山本先生が説いていたのは「守・破・離」である。これは元々芸事や禅の教えにあるもので、「守」は従来からの形や教えを受け入れること、受け入れたものに工夫を加えて「破」っていくこと、そして教えられたことや自分の工夫からも「離」れて、新しいものを創りだしていくこと、といった意味がある。
 山本先生は電子工学や情報工学の技術者としての才能を発揮し、大学院生だった1970年代半ば頃からマイクロコンピュータ(マイコン)の技術を自家薬籠中の物として、研究に応用し周囲にこの新しい技術の移転を行っていた。修士を修了して一度企業に就職後大学に戻り、超音波ホログラフィーのテーマで博士号を取得している。その研究にマイコン技術が生かされている。
 山本先生の研究をトレースすると「離・破・守」かも知れない。新しく世に現れたマイコンというコンピュータ技術を身につけるやり方は、従来の大型コンピュータの世界から「離」れていて、独学の世界である。そこで身につけた技術や知見で、従来のコンピュータ技術の枠を「破」って新しい応用の展開を試みている。
 マイコンからはCGの研究に移行し、日本では先駆的な研究者の一人でもある。CGの研究でも、最初は師に付いた訳でもなく従来の研究から「離」れて、試行錯誤でこの分野の研究常識の壁を「破」って来た。今や情報工学の応用分野での権威になっていて、「守」りに入った感がしないでもない。
 山本先生や後輩の学生達がマイコン技術を核としてベンチャー企業を興し、後年「サッポロバレー」と全国に喧伝された、札幌や北海道の情報産業育成に貢献したことで筆者は2013年に北海道功労賞を受賞した。その記念誌発行にあたり、筆者の功績を紹介する長文の原稿は山本先生にお願いした。山本先生は、今や札幌という地方都市のIT産業史として定まってきている、マイコン産業勃興当時を顧みて執筆できる数少ない書き手の一人である。
 執筆のお礼も兼ねて、山本先生を教授室に訪ねる。一昨年まで北大情報基盤センター長を、昨年からは産学連携本部副本部長を兼任していてかなり忙しそうである。短時間雑談で、電話のかかって来たのを潮にパノラマ写真を撮る。秘書の方も写り、色々なものが詰まった部屋の全部が写るパノラマ写真では、山本先生からクレームが届きそうである。クレームがあれば、もう少し舞台装置を整えたところでのパノラマ写真に差し替えるつもりである。


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今日(12月15日)の一枚

師走には 浮世つながり 賀状書き

 年賀状を出す時期が来た。年賀状も止める潮時かな、と思いながらやはり師走は年賀状に時間を使っている。ワードで原稿を作るのだが、毎回画像とキャプションをうまくハガキの枠内に揃えることができない。それでも何とか原稿完成である。

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シリーズ977・パノラマ写真「ここはどこ」

 よく通ってもこのコーナーで休むことはあまりないでしょう。さて、ここはどこ。


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2013年12月14日

HPFhito22・“りゅうさん”に魅せられた福本工業社長福本義隆氏

 福本工業社長の福本義隆氏が文章入力で“りゅうさん”とパソコンに打ち込むと「劉さん」か「硫酸」かのどちらかが変換の第一候補と第二候補で出てくるとのことである。この二つの単語はまったく無関係と思われるけれど、福本氏の頭の中ではつながっている。
 「劉さん」とは中国人劉連仁さんのことで、中国山東省から1944年に日本に強制連行され、沼田町にあった明治工業昭和鉱業所で働かされた。終戦間際の1945年7月にここを脱出し、1958年2月に発見されるまで足掛け14年間を北海道の野山で生きながらえた人物である。雪で埋まる期間は地中に穴を掘り、そこでじっと座ったままで冬を越したというから奇跡に近い逃亡生存者であった。
 一方、福本氏は今やブームの感がある節電に挑戦している。太陽電池のパネルを自宅に取り付け、これから供給される電力だけで生活ができるかどうかを、身をもって試している。節電の最も効果的方法は電力を消費する生活と縁を切ればよい。冬は暗い穴倉のようなところで生活すれば電気はいらない。しかし、これでは精神が持たないだろう。
 という状況で、福本氏は劉さんの歴史的事実を知ることになる。自分とは比べものにならない無電気生活で北海道の冬を生き延びた先達が居る。これを考えれば、乏しい電気の生活は大した苦でもない。ここは一つ劉さんが働かされていた炭鉱のあった沼田町に行って、何か過去を振り返る資料でも探し、昭和鉱業所の跡でも訪ねてみよう。そして、それを省電力耐乏生活の精神的拠りどころしよう、と沼田町町役場まで劉さんの記録を求めて行く。
 沼田町役場で対応してくれたのは、町興しに熱心な町職員の亀谷良宏氏である。しかし、この負の遺産を調べ直すのは町としては乗り気ではなさそうである。それでも保管されている劉さん関係の新聞資料や昭和鉱業所の過去の写真などを見せてくれる。
亀谷氏は昭和鉱業所の跡に続く林道まで案内してくれたけれど、林道は閉鎖されていて、鉱業所の廃屋の写真を撮ることはできなかった。なお、この沼田町行きはイベント仕掛け人林克弘氏が沼田町に鉄道イベントの提案を行う目的もあって、林氏の車で行った。
 話しは戻り、福本氏の太陽光発電だけで一応最低限の文化的生活を行うには、大容量の蓄電池が必要との結論に達した。市販で手に入る蓄電池は停電に対処して大電流を放電するのもであって、少量の電流を長時間流す電池には不向きである。それも、夏季に蓄電して冬季に使うなどといった長期間にわたって働かせる目的のための蓄電池が必要だ、と福本氏は自作の電池開発に乗り出す。鉛電極を希硫酸につける鉛電池の原理から始まって、大容量鉛電池の自作と実験である。ここで登場する単語が「硫酸」なのである。この電池はまだ実験段階で所期の目的にはほど遠い。
 「劉さん」と「硫酸」は福本氏の頭の中では化学反応を起こしている。しかし、その化学反応はエコ生活、節電生活、老後の生きがい、といった触媒が作用したものである。今は手を引いているみたいであるけれど、福本氏はパノラマ写真に凝った時期がある。その衣鉢を受け継いだのが筆者である。


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(沼田町町役場会議室で左から福本氏、林氏、亀谷氏)

今日(12月14日)の一枚

今年また この雪景色 古希を超え

 昨日からまとまった雪が降る。晴れた朝で、近くの高台で雪に覆われた景色のパノラマ写真撮影を行ってみる。三角山の上の方に太陽が輝いている。この山には今日も登る人がかなり居るのだろう。風が少しあり体が冷えるので早々に家に戻る。(パノラマ写真)


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2013年12月13日

HPFhito21・時の人のクリプトン・フューチャー・メディア社長伊藤博之氏

 合成音声でユーザの好みに合わせて歌わせことのできるボーカロイド技術から生まれたヴァーチャル歌手「初音ミク」がブレークしてから、初音ミクを生み出したクリプトン・フューチャー・メディア社の伊藤博之氏は時の人になって多忙の身である。
 伊藤氏の会社は効果音などを輸入して売ることも仕事にしていた。札幌市長が委嘱する「eシルクロード親善大使」制度を2005年に提案した時、10名ばかりの親善大使の一人として伊藤氏にも加わってもらった。その事もあり、2006年4月には伊藤氏と共に韓国・大田広域市にあるエマシス社(金豊民社長)やETRIでの講演や視察旅行を行っている。この時は、エマシス社が開発したケータイ用の3次元音源を、日本のケータイ・キャリア会社に売り込むため、伊藤氏の会社でその音源データを作るような話が進行していた。その時は「初音ミク」は未だ生まれてはいなかった。
 筆者はIT技術者向けの日本語会話のテキストを中国語、韓国語の対訳つきで作るプロジェクトも立ち上げ、日本語の読みはプロの司会者に発音してもらった。その録音と編集を伊藤氏の以前の会社のスタジオを使わせてもらい、テキストを出版したこともある。
こんな関係で伊藤氏にはお世話になっていて、勉強会「eシルクロード大学」で講師として何回か話してもらっている。そうこうして効果音、楽音や音声を商品化する過程で「初音ミク」が生まれる。これはCGM(Computer Generated Media)のコンセプトに基づいていて、メディアの受け手がメディアの作り手にもなれる技術であったこともあり、急速に世の中に受け入れられていく。札幌が発信元で全国に通用する、そして今はアジアで人気のヴァーチャル・アイドル歌手に成長してきている。アメリカやヨーロッパにも名前が知られるようになっている。
 北海道新聞文化賞に「初音ミク」を推薦して、初めてヴァーチャルな人物が実在の人物と伍して2012年の文化賞の特別賞を受賞している。その授賞式も伊藤氏は前からの約束の講演会か何かで出席できぬほどスケジュールが込んでいた。受賞式には等身大の「初音ミク」のパネルが置かれていた。
 最近、札幌駅近くの日本生命ビルの11階の1等地に会社を移転している。伊藤氏の時間の取れるところで短時間パノラマ写真撮影に出向く。社長室といってよいかどうか、狭い自分の部屋でパソコンを相手に仕事をしている。会社の机だけでは殺風景なので、前述の北海道新聞文化賞の佐藤忠良制作のブロンズ像を机の上に置いて撮影である。
 技術やサービスの革新よる企業の変化は目を見張るものがある。しかし、人の方はそんなに変われるはずもなく、相変わらずの伊藤氏がそこに立っていた。


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今日(12月13日)の一枚

柿顔が 雪帽子戴(の)せ 並びたり

 根雪になりそうな雪が降る。雪量としてはそれほどでもなく、雪かきは軽い運動となる。住宅の庭先にある柿の木の枝に実が鈴生りで残っている。雪帽子を被った実の顔が並んでいるようだ。柿の実はこのまま放っておかれるのか少し気になる。

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シリーズ973・パノラマ写真「ここはどこ」

 中国人観光客が大勢観光バスでやってきます。さて、ここはどこ。


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2013年12月12日

今日(12月12日)の一枚

初音ミク 実家に飾る 快挙歴 

 クリプトン・フューチャー・メディア社の伊藤博之社長の仕事をしている様子のパノラマ写真を撮りに行く。休息室があって、これまで初音ミクに関連して受賞した賞状や記念品が所狭しと並んでいる。ここ数年間の驚くばかりの快挙である。(パノラマ写真)


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HPFhito20・役員室廊下での北海道新聞社専務岡田実氏

 筆者は以前に北海道新聞の夕刊コラム「魚眼図」や朝刊に掲載される「朝の食卓」の執筆者であったことがある。さらに同社出版センター(以前は出版局)から都市秘境に関する本も出版しており、北海道新聞社はご縁のある新聞社である。同社の顔見知りは新聞記者や編集者といったところで、新聞社の上層部とは仕事の上で知り合いになる機会はなかった。
 札幌市内の都心部のホテルで月1回行われる朝食会のメンバーに北海道新聞社専務の岡田実氏がおられ、講師で新聞の将来に関するお話をされたことがあった。来年(2014年)春に予定されている消費税アップで、3千円台にかろうじて留まっている購読料が、消費税をそのまま上積みすると4千円台になってしまう。この値上げの心理的効果が大きく、販売部数減少に拍車がかかるのではないか、との心配を吐露されていた。
 その岡田氏にパノラマ写真の説明するため、役員応接室に出向く機会があった。前から役員室のフロアには彫刻や絵画の美術品があると漏れ聞いていたので、それを取材するのも訪問の目的に加えて出かけた。役員室のあるフロアに入るのは今回が初めてである。
 役員室につながる廊下部分は広く彫刻が並んでいる。応接室にも佐藤忠良や安田侃の作品が置かれてある。岡田氏や各部局の責任者が並んで座っているところでパソコンやスマホを使ってパノラマ写真の説明を行う。部屋に入ってすぐにパノラマ写真の説明に入ったので、彫刻や絵の取材をする余裕は無かった。
 新聞が技術革新で抱え込んでいる課題として、紙の新聞と電子新聞の棲み分けをどのように行っていくかがある。多分紙と電子のハイブリッド新聞が現れてきて、パノラマ写真などもそれを補強する技術の一つではなかろうか、等の説明を行った。説明のついでに筆者の人間三脚方式のパノラマ写真撮影の実演を行う。
 帰りがけに役員室がつながるフロアで岡田氏を入れたパノラマ写真を撮る。筆者の話を聞いてもらった小野秀司氏、佐藤淳治氏、山本潤氏らもパノラマ写真に写っている。今回はパノラマ写真に関する話で精一杯で、フロアに並んでいた彫刻や絵画の取材は出来ず仕舞いであった。次の機会があれば、これらの作品に近寄ってパノラマ写真撮影を行ってみたいものだと思った。


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(役員室前廊下での岡田実氏)

シリーズ975・パノラマ写真「ここはどこ」

 場所がわかる文字があるので、簡単な問題です。さて、ここはどこ。


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2013年12月11日

今日(12月11日・番外)の一枚

寄り道は 夕闇イベント 忘年会

 忘年会に出席するついでに大通公園のホワイトイルミネーションとミュンヘンクリスマス市の写真撮影である。天気予報では全道的に荒れ模様と報じられたけれど札幌は落ち着いていて、暗くなってから盛り上がるイベントに客が集まっている。(パノラマ写真)


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今日(12月11日・追加)の1枚

電飾塔 彼方父親 テレビ塔 

 大通公園のホワイトイルミネーションの中心は屋台に囲まれた電飾の大きな塔である。パノラマ写真でこの電飾塔を撮って下から見上げる構図の写真にすると、テレビ塔と並んだようになり、電飾されたテレビ塔と親子の塔のように見えてくる。


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今日(12月11日)の一枚

水玉の 花が光りて 荒れ日なり

 雨か霙か空から降ってくる。庭の木の枝に雨滴が付いて、朝日に光ると遠目には水玉の花が咲いたように見える。外に出るのは億劫で、ガラス窓越しの撮影である。昨夜からの荒れ模様の天気が日中も続きそうで、その後は寒気到来予報である。

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シリーズ974・パノラマ写真「ここはどこ」

 独特の形の建物です。さて、ここはどこ。


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2013年12月10日

今日(12月10日)の一枚

絵の蝉の 幻聴ありて 気温高 

 気温が上がる。林道に積もっていた雪も解けて湿った落ち葉道になっている。土の下で冬に備えている蝉の幼虫にもこの暖かさが伝わっているのだろうか。羽化した蝉の絵が案内板にある。絵の蝉達ももうすぐすると雪の下に埋もれてしまう。

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HPFhito19・炭の家を熱く語った札幌商工会議所特別顧問青木雅典氏

 青木雅典氏にはお世話になっている。日の目を見なかった「風景社印プロジェクト」を企画したことがあった。「風景印でめぐる札幌の秘境」(北海道新聞社、2009)を出版して、郵便局で捺印してもらう「風景印」の企業版を思いついた。企業に風景印に対応したものを新しく制作してもらい、その絵柄について都市秘境をからめて取材し、本の出版を考えた。
 このプロジェクトの参加募集に札幌商工会議所の機関誌「さっぽろ経済」に1ページの広告を載せたことがある。当時同会議所の副会頭であった青木氏に会議所の応接室でお会いして、この訳のわかり難いプロジェクトを説明したことを覚えている。青木氏の鶴の一声で広告は載せてもらえることになり、前書の宣伝も行っている。結局参加企業も少なく、このプロジェクトは頓挫した。現在、青木氏は長年の札幌商工会議所副会頭を退き、特別顧問になっておられる。
 青木氏の本業は「㈱ホーム企画センター」の社長で、筆者が講師役を務めている道新文化センターの講座「身近な都市秘境を歩いてみよう」の受講生と同社を見学したことがある。青木氏は北海道日中友好協会会長やニュージーランド名誉領事を務められ、社内にある名誉領事室で受講生と一緒に名誉領事としてお話を伺った。
 社業の「炭の家」という、始めは馴染みのない言葉の家造りについても説明していただいた。炭の持つ空気洗浄効果を生かして、屋根裏、床下、壁の内側に1トンもの炭を埋め込むことで、室内を空気汚染から護ろうとするコンセプトの家造りで業績を伸ばして来た。実際にビンに炭を入れ、作りだした臭気が消えていく実験も見せてもらった。
 中央で活躍する経済人やオピニオンリーダを招いての定期的な講演会の懇親会に出席していて、青木氏と顔を会わせる。商工会議所副会頭の時、革新系の上田文雄札幌市長と札幌経済界や自民党との交通整理を行ってきた話などが出る。丁度よい機会なので、懇親会場で青木氏のパノラマ写真を撮る。この時の講演会の講師は経済評論家の三橋貴明氏でテーマは「アベノミクスへの直言!三本の矢の真実」であった。


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(講演会懇親会での青木雅典氏)

シリーズ970・パノラマ写真「ここはどこ」

 有人駅です。さて、ここはどこ(の駅)。


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2013年12月09日

今日(12月9日)の一枚

長き首 トナカイ駆逐 クリスマス

 東京ドームホテルに講演会を聞きに行く。毎年師走になるとホテルのロビーにクリスマスの飾り付けが行われる。ツリーの横にはトナカイではなくキリンが登場する。キリンの長い首が、高い吹き抜けのあるロビーに合っているためなのだろう。


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シリーズ971・パノラマ写真「ここはどこ」

 サンタもお出ましで、いよいよクリスマスです。さて、ここはどこ。


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シリーズ969・パノラマ写真「ここはどこ」

 駅舎内にヒントが沢山あります。さて、ここはどこ(の駅)。


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2013年12月08日

シリーズ962・パノラマ写真「ここはどこ」

 記念碑が二つ、道路脇に並んでいます。さて、ここはどこ。


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今日(12月8日)の一枚

矮小の 赤実が幹に 雪の朝

 夜から朝にかけ雪が少し降る。浅く積もった雪道を散歩する。民家の庭にリンゴの木があり、実が収穫され枝ばかりが残っている。その木の幹の部分に赤い小さな実が房状にある。リンゴの実の矮小化したものかと思えるけれどはっきりしない。

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シリーズ964・パノラマ写真「ここはどこ」

 店内でパノラマ写真撮影ができないので、店の外での撮影です。さて、ここはどこ。


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2013年12月07日

シリーズ965・パノラマ写真「ここはどこ」

 この駅から下り方向で線路が分かれます。さて、ここはどこ(の駅)。


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今日(12月7日)の一枚

広々と 息するピッチ 根雪待ち 

 風があって少し寒く感じたが、天気が良く運動不足解消のため自宅から歩いて宮の沢の白い恋人パークのコンサドーレのサッカー練習場まで行く。ピッチには未だ雪が積もっておらず、背景の手稲山の稜線が青空をくっきりと切り取っている。(パノラマ写真)


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シリーズ963・パノラマ写真「ここはどこ」

 師走に入ればロビーにはクリスマスツリーです。さて、ここはどこ。


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2013年12月06日

シリーズ968・パノラマ写真「ここはどこ」

 これは超難問かもしれません。さて、ここはどこの駅。


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今日(12月6日)の一枚

目に留まる ほっとくつろぐ 珈琲(かふぇ)一杯

 用事がありチカホを抜けて行く。珈琲店の看板に「ほっとくつろぐ一杯」の惹句が目に留まる。師走の慌しさを感じさせる人の往来と珈琲店の店先のパノラマ写真を撮ってほっとくつろぎたいところであったけれど、店に入る余裕はなかった。(パノラマ写真)


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2013年12月05日

今日(12月5日・番外)の一枚

仮想から 受賞の現実 初音ミク

 急に思い付いてクリプトン・フューチャー・メディア社に寄ってみる。社長の伊藤博之氏が居られれば「パノラマ風土記・人編」用のパノラマ写真撮影を考えていたのだが、会議中で会えず。代わりに道新文化賞受賞者の初音ミクの写真を撮る。(パノラマ写真)


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今日(12月5日)の一枚

亀太郎 先後(さきあと)に居て 開拓史 

 朝刊に新しく開館した伊藤組歴史館の記事が出ている。昨日は見学者が大勢でパノラマ写真撮影には条件が良くなかったので再度訪問である。歴史館の入口のところにある座像が創業者の伊藤亀太郎である。ふと大友堀の大友亀太郎を思い出す。(パノラマ写真)


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シリーズ966・パノラマ写真「ここはどこ」

 住宅街にある企業の建物の1Fに看板の場所があります。さて、ここはどこ。


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2013年12月04日

今日(12月4日・番外)の一枚

チカホには ナウマン象か 北海道 

 チカホを歩いていると北海道の形を素材にした造形が展示されている。Ezotic TroupeによるEzotic Colorsと題された作品である。師走に入って忙しそうな人の流れがあるけれど、ナウマン象かと思われる作品の前に立ち止まって見る人はいない。(パノラマ写真)


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今日(12月4日)の一枚

伊藤組 老舗の歴史 輝けり

 伊藤組の創業120周年記念事業として「伊藤組歴史館」が新しくオープンした。館のお披露目の招待状が届いたので、伊藤ビル8階にある同館を見にゆく。まずはパノラマ写真をと撮影を試みたのだが、見学者が大勢で写真の出来は今一である。(パノラマ写真)


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HPFhito18・「北海道シマフクロウの会」設立総会での山本純郎氏

 シマフクロウは時々耳にしていたけれど、アイヌの神様にされている鳥で、山の奥にでもいるのだろう、程度の認識しかなかった。それがちょっとしたきっかけで「北海道シマフクロウの会」に加わることになって、この鳥が絶滅危惧種IAの、北海道だけに棲息する貴重な鳥であることを知った。
 前記の会は、北洋銀行会長の横内龍三氏がシマフクロウの保護の為に2013年9月に立ち上げたもので、会の会長は横内氏、副会長に村田正敏北海道新聞社社長、同じく横山清アークス社長が名前を連ねている。
 会費を払っている会員に設立総会の案内が来て出かけてみる。会場には経済人が多く、顔見知りの大西雅之阿寒グランドホテル社長の隣に座る。役員名簿を見ると、氏はこの会の理事の一人である。
 会の様子のパノラマ写真を撮っておくと後で何かの役に立つかと、会議の邪魔にならないように一番後の席のところで目立たないように身体を回転させながら撮影である。横の方に座っている人は会員なのだろうと思っていた。
 事務的な議題が終わり講演会となる。講師として、根室市でシマフクロウの保護と研究を行っている山本純郎氏が登壇する。どこかで見た顔だなと思って、先ほどパノラマ写真を撮った横にいた口ひげの眼鏡をかけた方であると気づく。偶然に講師がパノラマ写真に写っていた。
 山本氏は京都府宮津市生まれで、大阪でシマフクロウと出会ってからシマフクロウに入れ込み、この鳥のため1982年に根室市に移り住むまでになった。一時期は30個体を割るまでに激減していたシマフクロウは、氏の保護活動や環境省、農林水産省の保護増殖事業で140個体程に回復してきている。
 山本氏はシマフクロウの人工孵化にも成功している。怪我をしたシマフクロウを氏の家族全員で世話をした例も紹介されていた。シマフクロウが怪我や事故死に至るのは、自動車や電線によるものであるのを聞くと、人間の生活の利便性追及がシマフクロウの生存に脅威となっているのに気づかされる。
 山本氏と言葉を交わすことはなかったけれど、シマフクロウの保護や研究は大変であると同時にやり甲斐のある仕事である事が、講演から十分理解できた。


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シリーズ961・パノラマ写真「ここはどこ」

 雪の降った河原で撮っています。さて、ここはどこ(の川)。


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2013年12月03日

今日(12月3日)の一枚

飾り木に 歳末読みて 本の人    

 年末にかけての大仕事の年賀状制作を開始する。普段していない仕事になるとパソコンもプリンターもトラブルを起こす。そのトラブルでYカメラまで行きプリンターを新しく購入する。ついでに書店横で師走の様子をパノラマ写真に収める。(パノラマ写真)



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食欲の湧かない柳江古鎮の食堂

足元に 猫の寄り来て 餌ねだり

 柳江古鎮の昼食時、どこかのレストランで食事ということになり、案内役の侯進先生が店先に野菜の並んでいる食堂に入っていく。普通の日本人ならこういう感じの店では食欲がそそられることはない。足元に纏わりついた猫が印象に残る。


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シリーズ960・パノラマ写真「ここはどこ」

 各国からの贈り物が棚に陳列されています。さて、ここはどこ。


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2013年12月02日

今日(12月2日)の一枚

急流に 流される日々 師走なり

 師走に入ると庭も雪景色で収まってくる。遠くの三角山の稜線の木々がすっかり葉を落とし裸木になった様子が写真でもはっきりわかる。ついこの間には紅葉で色づいていた同じ山とも思えない。齢のせいか日々の流れが急流の如く感じられる。

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山紫水明が売りの柳江古鎮

曇りても 山紫水明 売り景観

 柳江古鎮は成都市の都心部から車で3時間ほどかかる。近年になり観光地として開発され知られるようになった。売りは村落を貫いて流れる川を中心にした山紫水明の景観である。山間部にあり、堰き止められた水面に山の影が映っている。


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シリーズ958・パノラマ写真「ここはどこ」

 安田侃氏の彫刻があります。さて、ここはどこ(の駅)。


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2013年12月01日

今日(12月1日)の一枚

林道(はやしみち) 雪の根付きて 師走入り

 今日から師走。雪のチラつく中、林道を歩いて来る。街の車道が根雪で覆われるのは師走の中旬から下旬で、今はアスファルトが出ている。林道の方は一足早く根雪の状態になっている。そのうち林道の根雪は深くなり、歩くのが難儀となる。

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HPFhito17・オンファロス寄贈除幕式の服部裕之氏

 札幌のIT産業史にサクセス・ストリーを刻んだ「ビー・ユー・ジー」社が札幌テクノパークに社屋を新築したのが1988年である。社長として同社を牽引したのが服部裕之氏で、30歳を超えてそこそこであった。
 この社屋に彫刻家イサム・ノグチ作の「オンファロス(omphalos)」の蹲(つくばい)が置かれ、常時水が流れていた。ここに世界的巨匠の作品があることに関しては一つの物語がある。服部氏は、社屋新築に関わった設計会社のパーティで知り合ったイサム・ノグチ氏と札幌市の間を仲介し、これが札幌市東区のごみ処分場利用したイサム・ノグチ設計のモエレ沼公園の誕生につながった。その過程で、巨匠が服部氏に蹲を贈り、これを新社屋の中心に設置した。
元々オンファロスとはアポロの神殿にある世界の中心を表す象徴的なモニュメントである。そこから採られた作品名は、札幌が情報産業で日本の中心、否世界の中心になる願いが込められている。テクノパークの開発やそこに地元IT企業が集積していったこの時期、札幌は全国から情報産業勃興の地として注目を集め、オンファロスの名前を名実ともに具現化する勢いがあった。
筆者は当時北海道新聞のコラム「魚眼図」の執筆陣に加わっており、1989年1月21日の夕刊に「オンファロス」と題した一文を寄稿している。この原稿は後に出版した「魚眼で覗いた微電脳(マイクロコンピュータ)世界」(共同文化社、1999年)にも採録している。
 イサム・ノグチ氏は1988年12月30日ニューヨークの病院で亡くなっており、基本設計を行ったモエレ沼公園の完成を目にすることはなかった。その後バブル崩壊やベンチャー企業育成を支援してきた北海道拓殖銀行の破綻で、札幌のIT企業は困難な道を歩むことになる。ビー・ユー・ジーも2013年には「ビー・ユー・ジー森精機」と社名が変わり、本州資本の子会社に変わった。創業した服部氏らは別の会社を興し、元の会社の経営からは退いた。
 服部氏所有だったオンファロスがモエレ沼公園の中核施設の「ガラスのピラのミッド」に寄贈されるとの新聞記事を目にして、寄贈序幕式に出かけてパノラマ写真を撮った。除幕前の撮影であったため、オンファロスには白布がかけられていた。蹲が置かれた場所は丁度ガラス張りのピラミッドの頂点の真下だそうである。オンファロスは名前の通り場所を得て収まった感じである。
 パノラマ写真に座って写っているのは桂信雄前札幌市長で、服部氏がイサム・ノグチと札幌市の仲介を行った時に市長であった。桂氏は札幌の情報産業育成に理解を示され、サッポロバレーと称された札幌情報産業の展開に対応した行政側の布陣を敷かれた。
 準備中の司会者として写っているのは林美香子氏で、北大農学部卒業後、札幌テレビ放送のアナウンサー・キャスターからフリーランスとして活動、2012年からは北大農学研究院の客員教授として就任されている。


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シリーズ957・パノラマ写真「ここはどこ」

 コンコースに彫刻が並んでいます。さて、ここはどこ。


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